スタートはお約束から。
ドンという衝撃に、あれ、と暢気なことを思えたのは、一瞬だった。
全身を貫く激痛。
ガンガンと割れるようにいたい頭。
体のどこもかしこが痛いのに、どこかに切り離されていくような、遠い感触。
あ、やべえ、死ぬかもと思った。
俺、跳ねられた。
ふいに、激痛がすぅっと引いていく。
かわりに、寒さが襲ってきた。
全身ががたがた震えるんじゃないかってぐらいの、寒さ。
頭の芯ががしびれて、あ、これ本当にやばいと、まるでひとごとのように思った。
誰かがなにか騒いでる。
そんな声を遠くに聞きながら、俺の意識は消えていった。
意識が戻るというのは、目が覚める瞬間に似ている。
ふわふわとした感覚がだんだん冴えていって、身体が自分の指示にしたがうようになっていく。
ってことは助かったんだなと思って開いた目に映るはずなのは、病院の白い天井……な、はずだった。
はずなのに、ない。
というか、なにもない。
辺り一面、灰色一色だった。
っていうか灰色って不景気な色だな。
なんだこれ。
可能性1。死んだからここは死後の世界。
可能性2。起きたつもりでまだ寝て夢を見ている。
可能性3。俺は選ばれたなんちゃらで神様から指令をだされちゃったりする身である。
「……なんてばかばかしい」
そんなご都合主義あってたまるか。
大昔に読んでいた漫画ではそんなことがあるかもしれないが、現実にあったら怖いし、そういうことが現実にあるものだと思っている人がいれば、目を覚ませと肩をたたいてやりたい。
人間、そんな夢物語の中で生きていられるほど人生楽じゃない。
「目覚めましたか」
「うん、夢だ。寝よう」
もうちょっと寝たら目が覚める。
「急なことで戸惑っているかもしれませんが、あなたは……」
今日は大事な会議があって、遅刻できないんだ。
なにしろお茶当番だからな。
お茶を煎れるためだけに人を雇うなんてとんでもないとかいいつつ、おいしいお茶を煎れられるかは社会人としての基本だとかなんとかいって、煎茶の家元とやらに講習会まで受けさせられた初任者研修。
しかもテストするように会議のたびに持ち回りでお茶を煎れさせられるのだ。
「……なので、あなたには生まれ変わっていただき、再び人生を送っていただきます」
「おやすみなさい」
「こちらとしてもお願いするのですから、あなたの願いをなんでも一つかなえて差し上げましょう」
「おいしいお茶が煎れられますように」
「おいしいお茶を煎れる能力ですね?わかりました」
さあ、さっさと夢から醒めて会社にいくか。
「それだけでは申し訳ありませんね……少しだけ付け足しをしておきましょう」
目を閉じて、寝やすいようにくるりと丸くなる。
「ではお気をつけて。頼みましたよ」
おれの意識は、ゆっくりと闇に沈んでいった。