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結婚式に夫の本妻が現れました。では、夫婦まとめて訴えます。

作者: よみなぎ
掲載日:2026/11/07

「その結婚、お待ちなさい! 私はその男の妻です!」


結婚式の最中、見知らぬ女性が礼拝堂に飛び込んできた。


純白の花で飾られた祭壇。祝福に集まった貴族や商人たち。そして、私の隣で真っ青になっている新郎。


「……妻?」


私は隣の男性を見上げた。


「ギルバート様。あなた、独身でしたわよね?」


「もちろんだ! ヴィオラ、あんな女の言うことを信じるな!」


「では、あの方は?」


「知らない女だ!」


ずいぶん即答だった。


ところが女性は、婚姻証書を掲げて祭壇へ駆け寄ってきた。


「嘘をつかないで! 私たちは三年前に結婚したでしょう!」


受け取った書類には、王都中央神殿の印章が押されていた。


夫、ギルバート・クロフォード子爵。


妻、ロザリー・クロフォード。


婚姻成立日は三年前。


「まあ。本当に奥様がいらっしゃったのですね」


「ヴィオラ! 違うんだ!」


「何が違うのです?」


「もう夫婦関係は破綻している!」


「離縁は成立していますか?」


「……まだだ」


なるほど。現在進行形で既婚者だったらしい。


私は深呼吸した。


今日のために仕立てたウェディングドレスも、髪飾りも花束も、とても気に入っている。


朝から何時間もかけて準備したというのに。


「ギルバート様。私の結婚式を台無しにした責任は、きちんと取っていただきますからね」


彼は何度も頷いた。


どうやら意味を理解していないらしい。


◇


「あなたには申し訳ないことをしました。ですが、どうか結婚だけはおやめください」


礼拝堂に隣接する控室。


ロザリー夫人は私に深々と頭を下げた。


父と神官長、両家の関係者も同席している。


「ロザリー! 余計なことを言うな!」


「あなたこそ、いつまで嘘をつくつもりなの!」


夫婦喧嘩が始まったので、私は紅茶を飲んだ。


結婚式のために朝食を控えていたから、少しお腹が空いている。


「お二人とも、順番にお話しいただけますか?」


夫人は涙を拭い、事情を語り始めた。


彼女の実家は、かつて王都で手広く商売をしていた商家だった。


三年前、ギルバートと婚姻した際には相当な資産があったという。


しかし結婚後、夫は屋敷の修繕、領地開発、新事業への投資と、次々に資金を要求した。


どの事業も利益を生まず、今では実家の店を畳む寸前らしい。


「そこで夫が、新しい方法を考えたのです」


「どんな方法です?」


「裕福な令嬢と結婚して、持参金を受け取ると……」


父が低い声で尋ねた。


「我が娘の持参金を狙っていたのか?」


「……はい」


「あなたも知っていたのか?」


長い沈黙のあと、夫人は頷いた。


「はい」


なるほど。予想以上に面白い話になってきた。


「ロザリー様。ご主人が私に求婚したことも、独身だと偽っていたことも、ご存じだったのですね?」


「……はい」


「私の持参金を、あなたの実家の借金返済に使う計画も?」


「はい」


私は紅茶を置いた。


「つまり、あなたも結婚詐欺の共犯だったのですね」


「違います! 私は夫に逆らえなくて!」


「では、なぜ今日になって結婚式を止めたのです?」


夫人は口を閉じた。


「私の財産を奪う計画には賛成していたのに?」


「もういいだろう! ロザリーは混乱しているんだ!」


ギルバートが立ち上がったが、父の一言で座り直した。


「お前には聞いていない」


夫人は震える手で一通の手紙を取り出した。


「……夫が、私を捨てるつもりだったからです」


「捨てる?」


「あなたの持参金を受け取ったら私と離縁して、別の女性と結婚すると……」


「まあ。三人目ですか」


神官長が額を押さえ、父は天井を見上げた。


「それで、ご自分が裏切られたと?」


「そうです! 私は夫を信じていたのに!」


「なるほど。私を騙して財産を奪うのは構わない。でも、ご自分が捨てられるのは許せない、と」


夫人の顔が真っ赤になった。


「そんな言い方をしなくても!」


「事実を確認しているだけですわ」


私は微笑んだ。


「おかげで、よくわかりました」


◇


「さて、ギルバート様。私の持参金について確認しましょう」


「……何だ?」


「金貨三万枚。結婚後、子爵家の管理下に置く予定でしたね?」


「ああ」


「さらに父の商会から、子爵家の事業に金貨二万枚を融資する予定でした」


合計、金貨五万枚。


地方の小さな貴族家なら、何十年も暮らせる金額だ。


「ですが、婚姻が成立しなければ持参金は渡せません。融資も中止です」


ギルバートの顔が引きつった。


「ま、待て! それでは困る!」


「どうしてです?」


「もう使ってしまったんだ!」


控室が静まり返った。


「……まだ受け取っていないお金を?」


父が立ち上がった。


「クロフォード子爵。詳しく聞かせてもらおうか」


話を聞けば、実に呆れた事情だった。


ギルバートは私との婚姻を確実だと思い込み、将来受け取る持参金を返済原資に、借金を重ねていた。


屋敷の改装、高価な馬車、宝石、そして第三の女性への贈り物。


「金貨一万二千枚……」


借用書の写しを見た父が呟いた。


「これほどの借金を、娘の持参金で返すつもりだったのか」


「結婚すれば問題なかった!」


「既婚者だと判明した方と、どうやって結婚するのです?」


「ロザリーと離縁すればいい!」


私は夫人を見た。


「奥様。ご主人が離縁したいそうですよ」


「ふざけないで! 私の実家を救う約束はどうなるの!」


「そんなことを言っている場合か!」


また夫婦喧嘩が始まった。


私は神官長に尋ねた。


「本日の婚姻は、成立しておりませんね?」


「はい。誓約の途中でしたので、未成立です」


「ありがとうございます」


私は父に向き直った。


「持参金の移転と融資を中止してください。それから、婚姻契約の違約金も請求しましょう」


「もちろんだ」


「違約金だと!?」


私は契約書を開いた。


「婚姻に重大な虚偽申告があった場合、責任を負う側は金貨五千枚を支払う、と」


「そんなもの、聞いていない!」


「署名なさっています」


「細かいところまで読んでいなかった!」


「それは私の責任ではありません」


ギルバートは椅子に崩れ落ちた。


◇


「ヴィオラ様。お願いがあります」


ロザリー夫人が恐る恐る声をかけてきた。


「私の実家だけは、助けていただけませんか?」


「なぜです?」


「父も母も借金で苦しんでおります。店の従業員も……」


「それはお気の毒ですね。ですが、私が援助する理由にはなりません」


「でも、あなたは裕福なのでしょう!?」


「はい。だからこそ、お金の使い道は慎重に選んでおります」


夫人の唇が震えた。


「私は結婚式を止めました!」


「ご自分が捨てられると知ったからでしょう? 私を救うためではありませんね」


夫人は何も答えなかった。


「最初から正直に教えてくださっていれば、私は結婚式を挙げずに済みました」


礼拝堂の装飾費、招待客の宿泊費、衣装代。


何より、今日のために費やした時間。


「あなたは私が騙されると知りながら黙っていた。そのうえ、ご自分の実家を助けろと?」


私は父に尋ねた。


「ロザリー様にも損害賠償を請求できますか?」


「共謀の証拠が揃えば、当然できる」


「まあ、それはよかった」


夫人が悲鳴を上げた。


「そんな! 私にはお金なんてありません!」


「でしたら、裁判所で事情を説明なさってください」


「実家が破産してしまいます!」


「そうかもしれませんね」


「お願いです! 見逃してください!」


私は静かに首を振った。


「あなたは、私を見逃してくださらなかったでしょう?」


夫人の目から涙がこぼれた。


けれど、私は同情しなかった。


彼女は被害者であると同時に、加害者でもある。


自分が裏切られるまで、私を騙すことに何の疑問も持たなかったのだから。


◇


結婚式から一週間後。


父とともに王都の裁判所を訪れると、思わぬ事実が判明した。


「……借用書が偽物?」


「はい。ロザリー夫人の実家が負っている借金の一部は、クロフォード子爵が偽造したものです」


夫人の実家は確かに経営難だった。


しかし、ギルバートは借金を水増しし、夫人を追い詰めていたのだ。


私を騙す計画に協力させるために。


「ひどい男ですわね」


「だが、これで詐欺計画はさらに明確になった」


父が頷いた。


ギルバートは夫人の実家を救うと偽り、私の財産を狙った。


実際には、自分の借金返済と第三の女性との新生活に使うつもりだったのだ。


「ロザリー夫人の責任は、どうなるのでしょう?」


私の質問に、裁判官は答えた。


「虚偽の借金を信じていたことは考慮されます。しかし、あなたを騙す計画に参加した事実は変わりません」


「では、予定どおり進めてください」


◇


一か月後、判決が下された。


ギルバートは重婚を企てたこと、婚姻を利用した詐欺未遂、借用書の偽造などを認定され、爵位を剥奪された。


子爵家の財産は差し押さえられ、債権者への返済と損害賠償に充てられる。


豪華な屋敷も、高価な馬車も、宝石も、すべて失った。


今では王都の荷運び人足として働き、日々の食事代を稼いでいるという。


かつて高価な馬車に乗っていた男が、今ではその馬車の荷物を運ぶ側になったわけだ。


ロザリー夫人も詐欺計画への関与を認定され、私への損害賠償を命じられた。


実家は偽造された借金を支払う必要こそなくなったが、本来の借金と夫人自身の賠償義務は残った。


結局、店を売却し、残った財産で返済するのが精一杯だったという。


夫人は離縁して実家へ戻った。


第三の女性は、ギルバートが財産を失った途端、結婚の約束などなかったと言い出したらしい。


彼女が受け取った宝石の一部も、債権者から返還を求められているそうだ。


結局、誰一人として思い描いた未来を手に入れられなかった。


「まったく、欲張りすぎですわね」


私は報告書を閉じた。


◇


「ヴィオラ。そろそろ新しい縁談を考えてみないか?」


父がそう言い出したのは、事件から三か月後だった。


「お父様。もう結婚はこりごりです」


「そうか。では、しばらく休むといい」


ありがたいことに、我が家は娘を無理に嫁がせる必要がない。


むしろ今回の事件をきっかけに、私は商会の経営に参加するようになった。


婚姻契約の確認や融資先の調査で、慎重さを評価されたらしい。


「それでね、お父様。以前から興味があった事業があるのです」


「ほう?」


「王都に、新しい商業施設を建てたいと思っています」


私は机に地図を広げた。


王都の中心部。交通の便がよく、商業施設には理想的な土地だ。


父は地図を覗き込み、眉を上げた。


「ここは……クロフォード子爵家の屋敷があった場所ではないか?」


「ええ。差し押さえられた土地が競売に出ておりましたので」


「まさか、買ったのか?」


「はい。とてもお買い得でした」


父はしばらく黙り、やがて大笑いした。


「ははは! あの男の屋敷が、お前の商売の土地になるとは!」


「立地だけは素晴らしいですから」


私は窓の外を眺めた。


あの日、純白のドレスを着て祭壇に立っていた私は、幸せな結婚生活が始まると信じていた。


けれど、今は違う。


結婚しなくても、私の人生には楽しいことがたくさんある。


仕事も、家族も、友人も。


そして、これから出会う人たちも。


「ところで、ヴィオラ。新しい商業施設には、どんな名前をつけるつもりだ?」


私は少し考え、答えた。


「『幸福の門』なんて、いかがでしょう?」


「いい名前だ」


かつて私を騙そうとした男の屋敷があった場所。


そこに、たくさんの人が集まる商業施設を建てる。


誰かを騙して奪うのではなく、誰かが喜んでお金を使う場所にする。


なんて素敵な計画だろう。


「さあ、お父様。忙しくなりますわよ!」


私は地図を抱えて立ち上がった。


私の新しい人生は、まだ始まったばかりなのだから。

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