開けぬ雨の夜
悲恋ダーク物語です。
土砂降りの雨が夜の深さをさらに黒く重たく何処までも引きずり込んでいた。
教会の硬く閉じられた扉に縋り付き、跪いた体勢で、この国の唯一の王子である彼は扉を強く叩き続ける。
「カロリーナ、おねがいだ、ここを開けてくれ……、君に、君に会いたいんだ、どうかここを開けて僕を入れてくれ」
王子の端正な、繊細な顔は狂おしい程の恋心に掻き乱されて、ずたずたに汚れていた。
王子は泣く。
教会の扉は開かない。
「カロリーナ、僕のカロリーナ、どうして……!」
王子の美声が悲痛に歪む。
雨は夜を黒く塗りたくる。
王子は、それでも、扉から離れない。
「……ぼくは……、ぼくは、君のために……君と結ばれるためなら、ぼくは……、なんだってする……だから……」
ここを開けてくれ、王子は夜と雨に黒ぐろと殴られながら、慟哭をし始めた。
その美声から出る狂気の恋情は、もう言語として誰も聞き取れはしない様なものになっていた。
☆★☆
扉の向こうで、娘はひとり、震えながらタリスマンを握り締めていた。
彼女は王子を心から愛していた。
否、愛……、だけでは、決してなかった。
長いこと恋い焦がれ彼の全てを静かに見つめ続けていた。
教会の扉に背中をつける彼女は、目を閉じ祈り続けていた。
「……、……、かみさま……王子様を助けてください、お赦しを平に……、どうか、どうか……」
小さい小さい祈りの声が娘の口から出てしまった。
その瞬間。
「あ、あはは、ははは! カロリーナ、君の声だ、君の声が聴こえた! あぁ、愛らしい響きだ、カロリーナ、ぼくの、ぼくだけのカロリーナ……!」
夜の雨に殴られている王子は、彼女のことなら何一つ聞き逃さない。見逃さない。離さない。
王子は扉に頬ずりをした。
「……っ!」
カロリーナは王子の声を聞き、扉から離れ狭い教会の中央まで逃げた。
「……」
娘は膝をついて、神に祈った。
祭壇と教会の扉のちょうど真ん中で、彼女は祈りを神に捧げる。
(お赦しください、お赦しをどうかください、神さま、どうか……!)
この夜がどう明けるのか、雨はやむことがあるのか、神にさえ判断がつかない、というような空気が扉の内と外にベッタリと貼り付けられている。
「……カロリーナ……もう一度、もう一度その声を聞かせて……お願いだよ、ここを……開けて……」
ーー開けるんだ、カロリーナぁあぁ!!!
王子の叫びは、娘の祈りは、いったい何処に届けば終わるのだろう。
二人共に愛し合い恋合わせている。
ただ、その想いは遂げられてはいけない筈だった。
娘に扉を開くことは出来なかった。
王子は恋を諦めることが出来なかった。
「……きみが、ぼくの世界に現れてくれたから……きみのために……、ぼくは、ぼくは……」
ーーころしたのに。婚約者だった隣国の王女を。
「王子様!!」
カロリーナは遂に叫んだ。
王子には婚約者があった。
小さな隣国の可憐な第三王女、セリーナ。
そもそも王女と王子は幼馴染で、小さい時に微笑ましく皆に見守られながら婚約を交わしていたのだった。
仄かな恋心が、この婚約にも確かに通っていた。
王女は万人に愛されるような、ふわりとやわらかい笑顔が美しい、王子と同い年のすこし赤い髪の乙女だった。
「「どうして」」
扉の内と外で同じ言葉が重なった。
王子はこの声に奇跡的な運命を感じ喜び笑う。
娘は重なってしまった発音を罪深いと後悔する。
いったい、どうして、こうなってしまったのか……。
夜も雨も明けずやまない。
興奮と呵責、相反して、2人は夜に閉じ込められていた。
朝がどう2人を裁くのか。
まだ、まだ闇は濡れている。




