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『王太子妃候補のお嬢様方を、四人まとめて預かっております』  作者: 秋月 もみじ


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第9話 北方のお客様を、四人でお迎えいたします


茶会の朝、東棟の小茶会の会場には、銀木犀の枝が、四つの卓のすべてに、ひとつずつ置かれていた。


枝を置いたのは、フェリツァだった。前の夜のうちに、東棟の北側の植え込みから、自分の手で四本の枝を選んで、葉の数まで揃えていた。


「葉が、五枚と、五枚と、五枚と、五枚です」


「数を、揃えたのですか」


「北方のお客様の国では、五という数が、家族の数なのだそうです」


そんなことを知っていたのは、教場の四人のうち、フェリツァだけだった。私も知らなかった。私の語学の本にも、礼法の教本にも、書いていなかった。フェリツァが、自分の小さな道具箱のどこかの紙片に、ひとりで書きためていた知識だった。

 

 

 

 

◇◇◇


ティルダは、卓の席次表を、三度、書き直していた。


「お客様のうちのお一人が、北方フェルナ語のなかでも、辺境の方言をお使いの方だと、ヘルガから聞きました」


「それで」


「その方の隣に、ヘルガを座らせます」


「ヘルガさんを」


「ヘルガが、辺境のお家のご出身で、その方言の単語を、ご存じだからです」


ティルダの席次表は、家格の順番ではなかった。家格の順番ではなく、その日その時、誰の隣に誰がいたら、誰の声がいちばん救われるか、という順番で、書かれていた。


「これは、私が王宮で習った席次のやり方ではありません」


「ティルダさん」


「先生に、叱られましょうか」


「叱るどころか」


私は、席次表の右上の角を、自分の指で、無意識に三角に折ろうとして、その手を、自分でゆっくりと引き戻した。


「この席次は、私の一年の候補席の知識のどれよりも、正しいです」


ティルダの磁器の人形のような頬が、半段、低くなった。低くなった頬の上で、湯気のようなものが、ふっと立ち上った。

 

 

 

 

◇◇◇


ヘルガの献立表には、料理の名の隣に、北方フェルナ語の単語が、ひとつずつ書き添えられていた。


書き添える時に、ヘルガは、声に出して練習していた。練習する時の口の形が、教場の最初の日とは、もう違うかたちになっていた。


「先生、この『冬の麦』というのは、ノ・ウェル・カの遠縁の植物の名前です」


「あなたが、ご自分で見つけたのですか」


「フェリツァが、教えてくれました」


「フェリツァさんが」


「私が献立を書いていた机の隣に、毎日、座っていてくれたのです。葉のかたちと、料理のかたちが、似ているところを、ずっと、教えてくれました」


ミンナは、その隣で、帳簿の数字を、最後の一行まで、合わせていた。


「先生、予算が、十二銅貨だけ、余りました」


「十二銅貨」


「フェリツァの花の枝の調達費を、もう少し増やしたいのですが」


「お任せします」


「ありがとう、ございます」


ミンナの言葉の重ね方には、もう、紙片を机の下に隠す時の、隠し方の癖は、なかった。

 

 

 

 

◇◇◇


茶会が始まった。


北方諸国の三人の大使と、その方々の通訳の方と、王太后陛下と、王太子殿下が、東棟の小茶会の卓のそれぞれに、席についた。


私は、卓の外の壁際に、立っていた。立っていたのは、教育係というよりは、見届ける人の場所だった。見届ける、というのは、私がいちばん長く、この一年で習い直したかった動作だった。


ティルダが、お辞儀をした。お辞儀の角度が、定規ではなく、客人の身体の高さに、微妙に合わせて、変わっていた。


ヘルガが、北方フェルナ語の辺境の方言で、お客様のひとりに、「お久しぶりでございます、お客様の故郷の風は、いかがでございましたか」と言った。お客様の白いひげが、ふっと、震えた。


ミンナが、湯呑みの底の、小さな北方の文様を、お客様にひとつずつ示した。示し方が、商いの口上ではなく、家の歴史を伝える時の口上だった。


そして、フェリツァが、卓の中央の銀木犀の枝に、ノ・ウェル・カの葉を、一枚だけ、添えた。添える時の指の動きが、雨の薬草園で、私の腕のなかに倒れてきた時の指の動きと、同じ動きだった。


北方の三人の大使のうちのお一人が、その葉を見て、ふいに、立ち上がった。


「これは、私の故郷の山にしか、生えていない葉です」


通訳の方が、慌てて、その言葉を訳した。訳す前に、私は、その意味を、自分の身体で、もう知っていた。


「どなたが、この葉を、ご存じだったのですか」


教場の四人のうち、フェリツァが、卓の縁から、半歩、前に出た。


「ハシェル侯爵領の、薬師の家系の、母から、教わりました」


私は、壁際で、自分の襟元の銀木犀の刺繍を、指で一度なぞった。母の針目の、少しだけ斜めの一か所が、その時、私の指の腹に、いちばん深く、当たった。

 

 

 

 

◇◇◇


茶会が終わったあと、王太后陛下が、私のところに、歩み寄ってこられた。


「ヴァトの娘」


「はい、陛下」


「四人のうちの、誰かを、次の妃候補筆頭として推せ」


「陛下」


「お前の、半年の判断に、私はお前の言葉だけを、聞きたい」


私は、陛下の眼を、まっすぐに見た。見た時、私の声は、自分でも初めて、一拍も遅れずに、出た。


「四人のうちの、誰も、推しません」


陛下の眉が、ほんの少しだけ、動いた。


「四人それぞれが、それぞれの場所で、必要とされる人になります。妃の席は、ひとつしかありません。けれど、必要とされる席は、王宮の中だけでも、四つよりずっとたくさんあります」


陛下は、答えなかった。答えなかった代わりに、私の返事の続きを、待ってくださった。


「席次のティルダさんを、宮廷儀礼官に。

献立のヘルガさんを、外務文書房の翻訳補佐に。

段取りのミンナさんを、宮廷会計室に。

花のフェリツァさんを、王立薬草園の見習いに。

それぞれ、お薦めいたします」


陛下の白髪の縁の金色のふちが、その時、ほんの少しだけ、明るくなった気がした。


「お前は」


陛下が、最後にそう問うた。


「お前自身は、どこに行きたい」


私は、その問いに、答える前に、卓のほうを見た。卓のそばで、王太子殿下が、まだ、こちらを見ていた。見ていた殿下の喉仏の手前の皮膚が、強張りと、やわらかさの、両方の動きを、同時にしていた。


「私は」


私の答えは、明日の朝に持ち越しになる。


私は、その持ち越しを、自分で、初めて、悪いことではないと思った。

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