表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『王太子妃候補のお嬢様方を、四人まとめて預かっております』  作者: 秋月 もみじ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/10

第8話 四つの席に、四つの役を


王太后陛下との対話と、廊下の窓辺の名前と、そのふたつを胸の内側のどこかにひとまず預けて、私は教場に戻った。


戻ると、教場の四人の少女が、それぞれ、別のことをしていた。


ティルダは、自分の靴をきちんと揃えて、机の脚のそばに置いて、靴下のままで、舞踏の教本のあの一頁を、何度も読み直していた。読み直す時の口の動きが、磁器の人形ではなくなっていた。


ヘルガは、ノ・ウェル・カの葉を、机の上に並べて、その葉の一枚一枚に、なにか北方フェルナ語の単語を当てはめていた。当てはめながら、声に出さずに、口だけで動かしていた。


ミンナは、机の下に隠していた紙片を、今日は、机の上に出していた。出していた紙片は、商家の帳簿の写しだった。スコゲン家の、ミンナが背負っているものの、本物のかたちだった。


フェリツァは、教場の窓辺で、自分の小さな道具箱の中身を、ひとつずつ、布の上に並べていた。並べたものは、すべて、植物の標本だった。


「先生、お帰りなさい」


最初に気づいたのは、ミンナだった。ミンナは、机の上の帳簿を、隠さなかった。隠さないことを、自分で選んだ。


「皆さん」


私は、教場の前の机の角に、また、軽く腰をかけた。


「来月の二十日に、北方諸国の大使を迎える、東棟の小茶会があります」


四人の視線が、ぴたり、と私のほうに向いた。


「陛下が、私たちの教場に、その茶会のすべてを、任せてくださいました」


「すべて、というのは」


「席次、献立、卓上の花の本数、湯呑みの底の文様、お見送りの順序、そのすべてです」


ティルダの背筋が、半段、まっすぐになった。けれど今度の背筋の伸ばし方は、磁器の人形のではなく、別の何かに変わっていた。


「先生、それを、私たちに」


「あなた方に、です」


「四人で」


「四人で」


教場の中の、四つの呼吸が、それぞれ、別のテンポで、整い直した。


「ただし、あなた方四人が、それぞれ、別の役を引き受けてくれるのが、私の願いです」


「別の、役」


「同じ役を四人で分担するのではなく、四つの違う役を、四人で受け持つこと、です」

 

 

 

 

◇◇◇


「ティルダさん」


「はい」


「あなたは、席次と、お見送りの順序を、お引き受けください。お母様にお誂え直しのお靴を頼まれた時の、あの気の使い方を、席次にも、使ってください」


ティルダの目が、半秒、じっと私を見た。それから、静かに頷いた。


「ヘルガさん」


「はい」


「あなたは、献立を、お引き受けください。北方フェルナ語の名を、料理の名前の隣に、ひとつずつ書き添えてください。大使たちは、その小さな書き添えに、いちばん心を動かされます」


ヘルガの両手が、机の上で、握りしめられなかった。握りしめない指の置き方を、ヘルガは、はじめて自分で選んだ。


「ミンナさん」


「はい」


「あなたは、茶会の予算と、調達と、段取りの全体を、お引き受けください。あなたの帳簿の眼を、私は、信用しています」


ミンナが、口の角を、左にだけ、動かした。動かしたあとで、声が、少しだけ濡れていた。


「ありがとう、ございます。先生」


「フェリツァさん」


教場の窓辺の最年少の子は、私の声に、葉から目を離して、こちらを向いた。


「あなたは、卓上の花の本数と、その花の選定を、お引き受けください。北方諸国の方々のうちには、植物の名で、自分の母を思い出す方が、たくさんいらっしゃいます」


「私が」


「あなたが」


フェリツァは、答える前に、自分の小さな道具箱の標本を、ひとつ、私のほうに差し出した。差し出した標本は、ノ・ウェル・カの、いちばん大きな葉だった。


「これを、卓上に、よろしいですか」


「もちろん」


「あの、私は、お妃様には、なれません。けれど、お妃様の代わりに、葉を選ぶことは、できます」


私は、頷いた。頷くタイミングが、今日の私の、いちばん正確なタイミングだった。

 

 

 

 

◇◇◇


午後のレッスンの代わりに、私は、四人を、東棟の小茶会の会場に連れていった。


会場の窓のひとつから、王宮の中庭が見えた。中庭の樫の木の下で、誰か若い男が、剣を磨いていた。剣の柄を、布で、ゆっくりとぬぐっていた。


「先生、あちら、殿下では」


ミンナだった。ミンナは、いつのまにか、私の隣にいた。


「そうですね」


「殿下、今日は、ずっとあの中庭にいらっしゃるのでしょうか」


「私は、知りません」


「先生、嘘」


ミンナの口の角が、いつものほうの斜めに戻っていた。その斜めには、もう、自分を守るためだけの斜めはなかった。


「ミンナさん」


「はい」


「茶会の予算の件で、ひとつ相談があります」


「はい、なんなりと」


「殿下のことは、後で、話しましょう」


ミンナは、声を立てずに笑った。


笑ったあとで、ミンナは、私の手の甲に、自分の指を、ほんの一瞬だけ重ねた。重ねたのは、ミンナの母が、ミンナの幼い頃に、何かの帳簿の数字を教えながら、ミンナの手の甲にしていた仕草と、よく似ていた。


私の親指の付け根に、また、力が入った。力の入り方が、昨日とも、その前の日とも、もう、別の入り方になっていた。


中庭の樫の木の下で、剣を磨く若い男の肩が、こちらを、ほんの一瞬、向いた。向いたあとで、すぐに、剣のほうへ、戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ