たがための情け
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ああ、こーちゃん。そちらの仕事はもう終わったのかい? それとも、一息つくところかな?
こちらはさあ、明日のテストのための勉強中。それもことわざクイズだってさ。
いや~、なんだかお遊び半分に思えるかもだけど、うちの担任は慣用句と同じくらいことわざのテストを出すのが好きなんだよ。これからの社会で役に立つからって。
まあ、いろいろ文章読んでいると、これらの言葉を知っている前提で出してくること多いよね。長々と説明しなくても、こいつらを提示するだけで文字数の節約になる。とあるイメージを伝えるのも早くなりやすい。
そいつを正しく受け取り、円滑なコミュをするためにも国語の勉強はしておくべき……てのが先生の言い分なんだろう。
けれどもたとえ同じ言葉であろうとも、同じような意味できっちり使われているかどうかは分からない。その人の行動で判断するしかないんだよねえ。
ちょっと前の友達の話なのだけど、聞いてみない?
情けは人のためならず。よく聞くことわざで、意味が分かれることが多い。
情けをかけると、その人のためにならないよという意味合い。情けをかけるのは人のためじゃなく、めぐりめぐって自分を救うことになるよ、という意味合い。
確か新渡戸稲造が、後者の意味合いで使ったあと「人に行った良いことは忘れてしまってもいいが、人からしてもらった恩は忘れてはならない」ということも付け足したと思う。
ややもすれば自分が進むことばかり考え、受けた恩というのはないがしろにしがちになってしまうこと、あるんじゃないかな?
恩を返したいときに相手がいてくれればいいけれど、相手が待ってくれるとは限らないからなあ。あまりに恩知らずか、そうと誤解されることをしていて、向こうの絶対許さないラインを越えてしまったら悲劇の始まりだろう。
――言うは易く、行うは難しだろ? て?
確かに難しいことさ。でも難しいことをやることも、考えることもやめて簡単なことばかりこなすようになったら……どうなっちゃうんだろうね?
とまあ、それはさておき。
僕の友達に「助け」が趣味だという人がいた。
誰かに助けを求められることがあれば、たいていの場合は飛んでいくのだけど、すぐにとはいかないときもある。
矛盾しているかもしれないが、彼は人を優先順位の上に置いたりしない。北に汚れた便器があれば、行ってその掃除を行い。南に葉から落ちかける虫あらば、行って葉の上へ乗せ直してやる……といったところかな。
彼が感知できる範囲で、困っている、迷惑していると判断したものを助ける、というのが重要らしかった。
そりゃあまわりからは変な奴だと思われていたねえ。助けられた直後は少々感謝しても、影では彼をいぶかしく思うような悪口を言う人も少なくなかった。
話す当人たちは気持ちいいかもしれないけど、そばで聞いている身としてはちょっとという感じだったし、自然僕は彼らと距離を取るようになっていた。
その彼の救助の中で、いっとうへんてこなものに出会ったことがある。
いつもは早く帰ってしまう彼が、その日は最後まで教室に残っていた。僕も少し仕事を残していて、やはりドベを争う遅さだったから彼の動向は把握している。
教室が僕と彼だけになってしまうと、彼はだしぬけに教室のカーテンを閉め始めたんだ。
季節は冬で、放課後にはもうあたりに暗さが立ち込めるころあい。ここでカーテンも閉めてしまうと、明かりをつけない部屋の中は廊下からの明かりをのぞいて、ほぼ真っ暗になってしまうのだけれど。
彼はカーテンを完全には閉め切らなかった。窓一枚分だけ開けておいたかと思うと、自分の通学カバンの中から、やや大きめのきんちゃく袋を取り出す。
あらかじめ、塗料を塗っていたのだろう。暗闇の中でも袋の表面はきらきらと瑠璃色に光っている。彼はその口を開くと、窓の前で何度も何度も虫取り網を振り回すように窓の前で左右へ振ってみせた。
不思議なのが右へ左へと袋が横断するたびに、その瑠璃色の光に変化がみられる。
最初は青色を基調とした輝きが中心だったのが、じょじょに赤みを帯びていった。袋の往復は続き、いよいよその輝きが真紅に染まりきったときに、友達ははたと動きを止める。
「――ん、これでよし。助けることができた」
友達はそうひとりごちて、カーテンを開け始める。
いったい、今度は何を助けたのか。普段から口を聞く仲ではあったから尋ねてみたけれど、彼はこのとき話してはくれなかった。
ただ、「おのずと分かるよ」とだけ言って。
その日の晩。僕の学区で交通事故があった。
青信号を渡る子供たちの列へ、車が突っ込んだらしい。ちょうど僕たちのクラスの子たちも混じっていて、彼が例のカーテンを閉めてきんちゃくを振り回し出したあたりだった。
普通なら大惨事だったろうけれど、偶然にもけが人はいなかった。猛然と列を横切った車だけれど、まわりのみんなの反応が良かったのか、接触する人がいない切れ目のところを通ったからだ。
直後、ハンドル操作を誤った車体は大きくカーブしながらガードレールに衝突しちゃったのだけど、具体的な被害は大きな音だけ。
車もドライバーの人もガードレールそのものも。わずかな怪我さえすることなく終わったんだと聞いたよ。
彼は誰をその情けで助けたんだろうね?




