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4.担当の者が一日不在にしておりまして。

気持ち的にはもう1週間早く投稿したかったな…





 「…………ふむ。過労と寝不足で元々弱られていたところに、リル殿の悪ふざけによるショックと、角を触られた刺激でストレスの限界にお達しになり、気を失われたと。そんなところでしょうネェ」


 不幸な事故が起きてから暫くのこと、部屋の中には、床でのびている被害者のヒルデと、正座して反省の意を表している加害者のシュウとリル、そして、これまでの経緯を加害者の二人から聴き、被害者を診察する白衣の骸骨の姿があった。


 「……あの、ラヒムさん?ヒルデさんの具合はどうですか…?」


 骸骨の彼の名は『ラヒム』。ヒルデとリルの会話の中で何回か出てきた、『栄養ポーション』を作った人物で、リルによれば優秀な医者との事だ。


 「ーーーシュウ殿、でしたナァ。ご心配には及びませんトモ。怪我などもなく、今は体力を回復するために眠っておいでですので、安静にしていれば1日ほどで回復するでしょうネェ」


 ラヒムの見立てを聞いてシュウはひとまず胸を撫で下ろした。


 というのも、





 『ーーーヒルデさんっ!大丈夫ですかっ!ヒルデさんっ!……駄目だ、意識がない……え、まさか、死んでない、よな…?」


 『うわぁ〜〜〜っ!どうしよ〜〜〜っ!ヒルデちゃんが〜〜〜っ!』


 『え、えーと、救急車…119番……って、あるわけないだろ!…え、じゃあ、どうすれば……?」


 『うわぁ〜〜〜っ!ヒルデちゃ〜〜〜んっ!しなないでぇ〜〜〜っ!』


 『……いや、待て待て。息は、してるな、これ。……てことは、気絶してる、だけ?……いや、でも怪我とかはしてるかもしれないし……』


 『うわぁ〜〜〜っ!ヒルデちゃんが生きてた〜〜〜っ!』


 『…………えっと、リル。医者とかはここにいないのかな?」


 『うわぁ〜〜〜っ!イシャ〜〜〜っ!…ハ!イシャって、お医者さんのこと?』





 と、そこでリルが『ラヒム、早く来てっ!』と叫んですぐのこと。部屋の床に魔法陣が浮かび上がり、その中から白衣を着た骸骨の医者、ラヒムが現れた。そして、彼にこれまでの状況の説明を行った上で、ようやく大事に至っていないことを確認できたのだ。


 始め、ヒルデが気絶していることに気づいた時は当たり所が悪くて首の骨でも折ってしまったのかと肝を冷やしたものだ。

 その後すぐ、呼吸していることに気がつき、最悪の事態にはなっていないと少し気持ちは落ち着いたが、素人目では分からない何かがあっても困る。医者のラヒムからお墨付きがもらえるなら、これで一息つけるというものだ。


 「いやぁ〜〜〜、よかったね〜。ヒルデちゃんがなんともなくて〜」


 リルも同じく心配していたので、無事と聞いて安堵しているようだ。

 ただ、ラヒムは首を横に振ると、


 「リル殿。お話を聞いた限りでは、今回の一件は9割方リル殿のせいで起こっていることなのでもう少々反省すべきカト」


 やんわりとではあるが、今回の一件を引き起こしたリルを窘めた。

 確かにリルが魔法でヒルデの真上にシュウを浮かばせなければこんな事にはならなかったと思うが、それを言ってしまえば魔法を使われた時に何か声でも上げれば、事前にシュウの存在を知らせることが出来ただろうし、そもそもリルが部屋に入る前に声を掛けていれば、リルが悪戯をする事もなかったはずだ。

 だから、責任で言えばリルとシュウとで、半々。下手をすると、シュウの方が過失割合は大きいかもしれない。


 「う〜〜。……リルだってちょっとは悪かったって思ってるよ〜」


 ただ、そこまでの事情を知らないリルは、悪びれながら、気まずそうに顔を横に向けて反省している様子だ。ーーーリルには後で謝っておくとしよう。


 と、リルに申し訳なさを募らせていると、『おっと、いけない』と何か思い出した様子のラヒムが後ろに向き直る。


 「こんな所でいつまでもヒルデ様を寝かせて置くわけにはいきませんネェ」


 床で寝ているヒルデのことを案じると、右手を彼女の方に向けた。


 すると、先程ラヒムがこの部屋に現れた時と同じような魔法陣が2つ、ヒルデの近くに浮かび上がり、青白い肌をしたナース服の女性が二人現れた。


 「ヒルデ様を医務室にお連れし、ベッドに寝かせて差し上げなさイ。くれぐれも丁重ニ」


 ラヒムがナース服の二人に命じると、彼女たちは無言で頷きを返し、どこからともなく取り出した担架に手際よくヒルデを乗せて早々に部屋を後にした。


 しかし、これにはリルが『あれ?』と小首を傾げる。


 「なんでヒルデちゃんの部屋に戻してあげないの〜?ヒルデちゃんの部屋のベッド、おっきくてふかふかなのに〜」


 リルは自室で寝かせないことを不思議に思ってラヒムに訊ねた。しかし、これにはラヒムも肩を竦めて、


 「ヒルデ様の事ですから、自室ですと目を覚ました途端に仕事を再開しかねないのですヨ。しっかり休んでいただくためにも私と手の者でしっかり診ておかなくてハ」


 どうやらヒルデのワーカホリックぶりはかなり重症らしい。リルも『う…ヒルデちゃんならやりかねない…』と頭を抱えてしまっている。


 リルはともかくとして、こんな骨だけの人に健康を心配されるヒルデはどうなんだ。


 というか、ラヒムの振る舞いが自然過ぎて今さらだが、骸骨が目の前で動いたり話したりしているのを当たり前に受け止めている自分に驚く。


 ヒルデやアダンは角や耳が特異なだけでほとんど人間と同じ姿をしているし、リルも普通の人間と比べたら身体が異様に小さくて背中から羽も生えているがそれらを除いた見た目は人間と同じといえる。


 しかし、ラヒムの見た目は骸骨そのものであり、生者ですらない。一応、人型ではあるので人間的要素が皆無というわけではないが、今まで出会った三人と比べても一線を画しているとは思う。


 それなのに、こうして骸骨が動いていることを自分の中で受け入れてしまっているのは、ファンタジー世界で骸骨の魔物が『スケルトン』や『リッチ』などと呼ばれて慣れ親しまれているのと、シュウの感覚が徐々に異世界召喚の現実に消化されていっていることの表れなのかもしれない。


 ーーーこれが、慣れ、なのか。


 新しい世界で生活していく上で順応していくことはとても大切なことだが、あまりにそれが進み過ぎると新鮮味が失われて味気のないものになってしまう。

 だから、あまり惰性で無感動になるのではなく、その時々を大事に生きていくべきだ。


 召喚された新しい世界との向き合い方を決めたシュウに、『ところで、シュウ殿』と、何も無い真っ暗な眼窩を向けたラヒムが訊ねてきた。

 

 「あなた様は異世界からの召喚者、ということで間違いないですカナ?」


 「……よく分からないけど、たぶんそれで間違いないと思います」


 正直、自分が彼の言う『異世界からの召喚者』かどうかは分からない。

 だが、少なくとも、自分がこれまでいた世界とは、異なる理の世界にいることだけはハッキリしている。

 それならば、突然異世界に飛ばされたシュウと、彼らが言うところの『異世界からの召喚者』が同一であるという推論は、恐らく正しい。


 そう考えてラヒムの問いに頷きを返して肯定したが、彼はその答えに、『……ふむ』と顎に手を当て思案げにしている。表情は、ないので分からないが、どことなく困っているような雰囲気を漂わせている気がする。


 「……で、あるならば、これは少々困った事になりましたナァ」


 案の定、ラヒムは何かに思い悩んでいるようだ。シュウが異世界からの召喚者であることに関係しているとは思うが、それに何か不都合な問題があるのだろうか。


 「え?シュウが異世界の召喚者っていうのの、何がダメなの〜?」


 シュウと同じく分かっていない様子のリルがその理由について訊ねると、ラヒムは『シュウ殿だからダメ、という話ではないのですヨ』と前置きした上で答える。


 「リル殿はお忘れですカナァ?ヒルデ様が現在、召喚の儀を執り行っていることについて、それを知る者は限られている故、他言は無用ト」


 召喚の儀、というのはシュウをこちらの世界に召喚した魔法のことを指しているのだろう。

 そして、その召喚の儀はヒルデが秘密裏に行っていた、と。


 ラヒムの言いたいことがシュウには何となく分かってきた。


 「内緒なのは知ってるよ〜?だから知ってるラヒムを呼んだんだし、このまま内緒にしてればいいじゃん」


 『リルだってちゃ〜んと考えてるんだから〜、えっへん!』と鼻高々にしているリルの言うことも間違ってはいない。


 だが、ラヒムが問題にしていることは恐らく別にあって、


 「リル殿、召喚の儀で召喚者を喚び出した後のことについて、ヒルデ様から何か聞いておりますカナ?」


 「え?そんなの聞いてないよ〜?だってそれはヒルデちゃんが全部対応するって……あっ」


 リルは怪訝そうな顔でラヒムの質問に答えるが、答えているうちに何かに気がついた顔をした。


 自分の言いたいことがリルに伝わったのを確認してラヒムは頷く。


 「ヒルデ様が召喚者をどのように扱うか、それを知る者はヒルデ様ご本人のみ。ーーーつまり、シュウ殿の処遇をどうするか、我々には決めかねるわけですナァ」


 召喚者、つまりシュウを召喚した後、どうするかはヒルデしか知らない。ヒルデは異世界召喚のほとんど全てを取り仕切っている。ーーー本人が気絶して寝ている現在においてもだ。


 要は異世界召喚に纏わる全てをヒルデが一人で担当していたせいで、担当が休んだ途端、担当外の者が何をしたらいいか分からなくなってしまうという、現代の労働社会でもよくありがちな問題が起きている、という事だ。


 ーーー担当……あ、そういえば、


 思い返せばここに来る切っ掛けになったあの『魔王求人』。ーーーその下の方に書かれていた担当の『日留出』とは、『ヒルデ』のことだったのだ。


 珍しい名字だと思って気にはなっていたが、まさか名前をそのまま漢字であてているとは思わなかった。安直とも言えるような、でも全く存在しないこともなさそうな字面とも言えるような、絶妙なラインだ。


 この名前の漢字やあの求人の文面はヒルデが考えたのだろうか。


 短い時間ではあるが、シュウが抱くヒルデの印象は、冷静沈着で理知的なキャリアウーマン、なのだが、あの文章には一見して普通を装いながらもおかしな所を隠し切れていない間の抜けた感じがあって、若干イメージが異なる。

 もしかすると、有能そうに見えるヒルデにも意外と抜けている一面があるのかもしれない。

 普段はクールに仕事をこなしていそうな眼鏡美女にドジっ娘属性が付与されるというのは、それはそれで結構需要がありそうなものだ。


 「でもでも〜!ヒルデちゃんが起きたらどうすればいいか聞けばいいんじゃない?」


 「それは勿論ですトモ。ヒルデ様がお目覚めになったらすぐにお伺いを立てる必要がありますネェ。ただ、先程も申し上げたように、私の見立てではヒルデ様の回復には1日程度要しますガ、その間今晩起こった出来事の隠蔽を図らなければなりますマイ」


 「ヒルデちゃんは明日まで寝ちゃってるから、それまでいんぺいしなきゃだねっ!……いんぺいってなに?」


 シュウがくだらない脱線をしている間もリルとラヒムの議論は続いている。


 召喚の儀が秘密裏に行われている以上、今回起こった出来事はなかったことにする必要がある。


 となると、一番邪魔になるのは、


 「…………あ、俺か」


 そもそもシュウの存在が疑われた時点で、この隠蔽計画は瓦解してしまう。


 そして、異世界召喚の事実をなかったことにするのに一番簡単な方法は…


 「ーーーねぇ、ラヒム?シュウが青くなってプルプルしてるけど、どうかしたのかな〜?」


 「おや?シュウ殿、どうかなされ……なぜ後ろに下がるのでしょうカ?」





 その後、心配して近づこうとするリルとラヒム、そして常に一定の距離を保とうとするシュウとの間で追いかけっこが始まった。


 それから小一時間が経ち、妖精と骸骨が人の子の誤解を解くことに成功した頃には、三者ともが床に膝をついて息を荒らげていた。


 「……ハァ……ハァ……つ、つまり、俺を殺す計画を立ててるわけではない、と…?」


 「……ハァ……ハァ……だから、さっきからそう言ってるじゃんか〜っ!」


 「……ハァ……ハァ……ようやく、分かっていただけたようですネェ。……あ、私は骨だから息は上がらないんでしタ」


 異世界召喚の事実を隠すために排除されてしまうのかと怖くなってしまったが、よくよく考えてみれば、二人よりも立場が上らしいヒルデの許可も得ずヒルデ自身が喚び出した召喚者を消すなんてことはありえないはずだ。


 疲れた気がしているだけだったラヒムが何もなかったように立ち上がって「コホン」と咳払いをする。


 「とにかく、我々がシュウ殿に危害を加えることはありませんし、むしろヒルデ様にご意向を伺うまで、何としてでもシュウ殿の身を守り抜き、周囲を欺き続ける必要があります」


 誤解が解けたところで改めて、ラヒムがシュウに危害を加えない約束とシュウの存在を隠し通す必要性を確認した。


 「……わかりました。とりあえず俺はどこかに隠れてればいいんですよね?ヒルデさんの調子が戻るまで」


 「おっしゃる通り、シュウ殿には身を潜めていただく必要があるのですガ…」


 シュウの確認に一度肯定を返したラヒムだが、何かしら思い当たることがあるようで、その先の言葉を続けようとしない。


 「ラヒムさん、何か問題があるんですか?」


 押し黙るラヒムに堪らず声を掛けると、ラヒムは「…ええ」と少し重たげに口を開いた。


 「身を隠しておくのに適当な場所がないか考えていたのですが、中々思い当たる場所がなくてですネェ。さらに言えば、あまり出歩いてしまいますと同僚や歩哨に目撃される危険もあり、どうしたものかと空っぽの頭で考えているのですヨ」


 コツ、コツと乾いた音が2つ、額を軽く小突いた音が部屋の中に響く。


 「……あの、出歩くのがダメなら、この部屋から出ずにずっと居るだけではダメなんですか?」


 「それも難しいですネェ。今はまだ大丈夫ですが、夜更けには部屋の施錠確認もありますし、それをやり過ごしたとしても、明日の朝にはヒルデ様が医務室で寝ている事が発覚するでしょうから、この部屋を検められる危険性も上がりますナァ。そうなると、この部屋の中で身を隠せそうな場所はヒルデ様の書斎机の下くらいしか見当たらないので簡単に見つかってしまうでしょうトモ」


 駄目元で確認してみたが、やはり難しいようだ。どこかに移動するにせよ、ここに留まるにせよ、やり過ごせる可能性が無いわけではないのだろうが、ラヒムが求めているのは恐らく確実性だ。

 

 明日ヒルデが目覚めるまでの間、シュウの存在を隠し通す確実な方法。ーーーそんな方法、本当にあるのか?


 どんな選択をとったとしても、シュウが物理的に存在している以上、完全に痕跡を隠すことなど出来るはずもない。それこそ奇跡や魔法でもなければ……あっ!


 ーーーこの世界には魔法があるんだった。なら、きっと隠れる魔法みたいなものもあるんじゃないか?


 魔法の存在に希望の光を見たシュウは、ラヒムに期待の眼差しを向ける。


 しかし、ラヒムはシュウの考えをすぐに察して、首を横に振る。


 「残念ながら魔法による解決も難しいカト。身を隠す魔法の存在自体はありますが、自ら行使する必要があるので、シュウ殿には不可能ですネェ。また、私が使える魔法の中にも対象を隠したり、見えなくするといったものは…」


 魔法ならなんでも出来るかと思ったが、そう上手くはいかないものだ。異世界召喚が出来るくらいだから、魔法で人一人いなかったことにするくらい…


 「ーーー転移…!転移魔法はないんですか!?どこか別の場所、絶対にバレないような場所に魔法でぴょんって移動できないんですか?」


 『異世界召喚』という単語から発想が飛んで、ファンタジー世界でお馴染みの転移魔法やワープの存在に思い至った。

 それに、シュウはこの世界における転移魔法のようなものを既に二度、目撃している。


 一つ目は、シュウ自身が経験した異世界召喚だ。

 ある世界から別の世界に魔法で移動するという点で言えば、異世界召喚もある種の転移魔法と言えるのではないか。

 世界と世界の間を転移できる魔法があるなら、同じ世界の中で空間を行き来する魔法があっても何ら不思議ではない。


 二つ目は、先程ラヒムが青白い肌のナース達を喚び出した魔法だ。

 あれも、別の場所にいたナース達をシュウたちのいる部屋に移動させていると思うので、これは正しく転移魔法ではないだろうか。


 立て続けに思いつきを語るシュウに、ラヒムは『ほう。シュウ殿の発想力に少し驚かされましたナァ』と感心するように頷く。


 「確かに『転移』を行う魔法やそれに準ずるものは存在しますトモ」


 ラヒムがこの世界にある転移魔法について教えてくれた。


 それによると、まず転移魔法は『空間転移』という魔法で呼ばれており、非常に難しい魔法だそうだ。そのため、使い手が非常に限られており、『私は一介の医者に過ぎませんノデ』と謙遜するラヒムには使えないという。


 ただ、使い手が限られる『空間転移』の代替手段として、転移魔法陣による転移という方法があるそうだ。

 これは転移術式を施した魔法陣を各地に設置する事で遠隔移動を実現するという方法で、簡単な魔法操作ができる者なら誰でも利用できるので、ラヒムを始めとして多くの人がこの転移魔法陣による転移を利用しているらしい。

 だが、残念なことにこの部屋の中や近くに転移魔法陣がないのでこの方法は使えそうにない。


 一方で、先ほどラヒムが使った魔法だが、あれは厳密には死霊術の応用、という事らしく、条件や効果範囲もかなり限定的との事だ。

 一定の範囲内にいるラヒムと従属契約を交わした者を、彼の目の届く範囲の位置に転移させる事ができる、というもので、しかも、ラヒムと従属契約を交わすための条件は『死者』である事が絶対らしく、当然まだまだ死にたくないシュウとしては完全に無しの選択肢だ。


 あとは、ラヒムの魔法の中に対象を亜空間に転移させて外界から完全に隔絶できる『封印魔法』という一見してこの状況にぴったりの魔法があるそうだが、やはりこれにも問題があり、ラヒム曰く『一度生ける者を閉じ込めてしまうと、死者になるまで出られないのですヨ』との事だ。

 とんでもなく大問題の代物だ。死ぬまで閉じ込められるのは絶対に御免なので、この選択肢も完全に無しだ。ーーーラヒムって本当に医者なのか…?


 「……つまり、『空間転移』は今使える人がいないから無理。転移魔法陣もここに無い。ラヒムさんの魔法は俺が死なないと意味ないから絶対無理と、それで合ってますか?」


 「はい。通常の転移方法は現状不可能ですし、かと言って私の魔法を使うためにシュウ殿を亡き者にしてしまうのは本末転倒ですネェ。また追いかけっこを始めるわけにはいきませんトモ」


 転移自体はいいアイディアだと思ったが、実現できる手段がなかったのは残念だ。


 ちなみに、異世界召喚については身を隠すという今回の目的には合致しないので簡単な知識だけを教えてもらった。

 異世界召喚は魔法の体系としては『空間転移』と近しいものとされているそうだが、その術理の複雑さ・規模・難易度は桁違いで、他の魔法の追随を許さない伝説級の超大魔法との事だ。

 発動のためには膨大な魔力量と精緻な魔力操作技術、魔法術理に対する深い理解が必須で、単独で行使できるのは唯一、ヒルデだけらしい。ーーーヒルデ、スゴすぎる…!


 見た目や雰囲気からして凄く有能そうな感じはしていたので、異世界召喚について知る中で分かったヒルデの優秀さは、ある意味ではシュウのイメージ通りではある。


 だが、その後に聞かされた内容にはさすがに仰天させられた。


 「ーーーおや、ご存知なかったですカナ?ヒルデ様は『魔王代理』として、ここ魔族の国ーーーシガルディア魔王領を治めておられますトモ」


 なんと、ヒルデは魔族の国の頂点に君臨する為政者だった。


 それを聞いた瞬間、シュウは頭を抱えたくなってしまった。ーーーよりによって、一番偉い人を昏倒させてしまうとは…


 今までに出会った他の3人よりも立場が上だというのは見ていて何となくは分かっていたが、まさか一番上だとは予想だにしていなかった。


 アダンが怯えていたのはミスをして怒られているからだと思ったし、ラヒムも今にして思えばヒルデの事だけ尊称を付けて呼んでいたものの、他者に対する口調が等しく丁寧なので、違いが分かりづらかった。

 リルに至ってはほとんど友達みたいなやり取りだったので、上司と部下の会話には全く見えなかった。


 話題がヒルデの立場に移ったところで、先ほどから疲れてへたり込んでいたリルがようやく息を吹き返し、『ヒルデちゃんがいっちばん、エラいんだよ〜っ!』と胸を反らせて自慢げにしているが、その一番偉い人をちゃん付けで呼んでいるのは不敬に当たりそうだし、異世界人を上から落として気絶させたのは普通に考えて処刑案件じゃなかろうか…。


 そう考えてラヒムを見ると、『リル殿には困ったものですナァ』と嘆息して、


 「ヒルデ様は厳格な方ではありますが、身内には甘いところもあるのですヨ。リル殿のお戯れはいつもの事なので、ヒルデ様は今回のことについても大事(おおごと)にはしないでしょうトモ」


 『ですので、シュウ殿もその点はご安心を』とラヒムはシュウの不安を読み取って答えた。ラヒムがそう言ってくれるならそこは安心してもいいのかもしれない。


 「リルとヒルデちゃんはいっちばんの仲良しだからね〜。きっと許してくれるよ〜」


 当のリルはお気楽な様子でラヒムの言葉に補足を加えるが、これにはラヒムが『コホン』と咳払いをして、


 「大事(おおごと)にはしなくても多少の『おしおき』はあるかもしれませんゾ。リル殿、今回ばかりはお覚悟ヲ」


 「なんでそんなこわくなるようなこと言うの〜っ!?ラヒムのいじわるぅ〜っ!」


 ラヒムに釘を刺されたリルは一転して、『おしおき、やだぁ〜〜〜っ!』と喚きながら飛び回り始めた。


 「でも、魔法でも難しいってなると、やっぱりこの部屋で隠れ続けるか、多少危なくてももっと隠れやすい場所に移動するしかないですよね?」


 『おしおき』を受けることになりそうなリルに合掌しつつ、話を戻して現実的な方法の模索を始めることにする。

 ないものねだりをしていてもしょうがないので、できることの中からマシな方法を探すしかない。


 ラヒムも少し考えた後で『そうする他ありませんナァ』と重々しく頷いた。


 「せめてラヒムさんの封印魔法が、生きてる人が自由に出入りできる安全な空間になってたらよかったんですけどね」


 少し空気が重たく感じるので、冗談めかしてラヒムの魔法に愚痴をこぼした。

 ラヒムもその意図に気づいてカラカラと笑う。


 「それは言いっこなしですよ、シュウ殿。私はアンデッドなのでどうしてもそう言った方向の魔法ばかりになってしまうのですカラ。…ただ、確かに自由に出入りできさえすれば、封印魔法は外部と隔絶できる最も安全な空間と言えますネェ」


 多少は軽くなった気もするが、まだ二人の間には諦めムードみたいな空気が流れ続けている。

 だが、そんな中で、


 「自由に出入り……出たり入ったりできて。外部と隔絶……外とつながってなくて。安全な空間……シュウが、死なない場所」


 リルは一人、ラヒムが話した言葉を反芻しながら、時間をかけて自分が分かる言葉に置き換えていた。


 やがて、


 「…………あっ!あ〜〜〜っ!!ねぇねぇねぇっ!ラヒムっ!『アレ』だよっ!出たり入ったりできて、外とつながってなくて、シュウが死なない場所〜っ!」


 突然、リルが大声を出して、ラヒムに早口で捲し立てる。


 「リ、リル殿落ち着いてくださレ。『アレ』…ではなんの事だか分からなぃ……」


 リルに気圧されるラヒムは困惑した様子でリルを宥めようとするが、その口の動きが次第に弱まる。


 そして、


 「……いや、そうか、その手がありましたナァ!」


 リルの言いたいことを理解したラヒムもまた、強く拳を握り締めて快哉を上げた。


 「へっへ〜んっ!天才リルちゃんにお任せあれっ!」




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