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2.お掛けになっている番号は現在使われておりません。





 新卒初日で仕事を辞め、その帰り道で立ち寄った公園。



 ベンチに腰掛け、街灯の明かりを頼りにコンビニで手に入れた求人誌を読み進めていると、そこにはとんでもない求人が掲載されていた。



  【急募】期間限定で魔王になれる方を募集しています



 タイトル自体もとんでもなかったが、その中身も常軌を逸しているとしか思えなかった。



 でも、面白かった。



 内容がぶっ飛んでるからこそ、痛快だった。



 その痛快さが、今日起きた嫌な出来事を、生活のために仕事を探さなければいけないという義務感を、こんな自分でもこの先まともに生きていけるのかという将来の不安を、短くともあれ忘れさせてくれた。



 そして、その役割は内容を一通り読み終えたことで終わったはずだった。



 そのために、この魔王求人から目を離して、他の場所に目を向ける。



 しかし、たったの、それだけの事ができないのだ。



 目が全く動かないわけではない。



 左右に動かそうとするとすぐに止まってしまうが、上下は、タイトルから一番下の行までは動かせる。



 つまりは魔王求人のみを注視するよう、視界が制限されているのだ。



 なぜ魔王求人以外を見ることができないのか。



 分かっている。



 書いてあった。



 『最後まで読んでいただきましたら、下記連絡先へ連絡していただきます。』って。



 妙な言葉遣いだと思っていたが、まさか言葉通りの強制力があったとは。



 すると、今度は右手が勝手に動き出して、ポケットからスマホを取り出した。



 取り出したスマホの画面に現在時刻が表示されている。



 18時38分。



 そろそろ夕飯の時間だ。



 早く帰らないと。



 早く帰らないと両親やじいちゃんに心配を掛けてしまう。



 しかし、意志とは裏腹に、画面ロックは顔認証であっさり解除され、そして、親指が電話アプリをタップし、流れるような動作で数字をどんどん入力していく。



 019-002-4146



 やがて、画面には予想通りの10桁の数字が表示された。



 一見して明らかに怪しく、恐らく存在しないであろう連絡先。



 まさかとは思うが、この番号に掛けるのか。



 やめておけ。



 こんな番号、繋がるわけがない。



 だが、親指は意思に反して発信をタップする。



 それから徐に腰を上げてベンチから立ち上がる。



 スマホを持った右手が耳に宛てがわれ、ひんやりとした感触を耳が感じると同時に、



 ーーーーープルルルルル、プルルルルル、



 信じられないことに、発信音が鼓膜を震わせている。



 存在しないはずの連絡先に発信を続けている。



 ありえないことが起こっている。



 いや、どこからがありえないのか。



 今日起こった出来事の中で、どこから異常が始まったのか。



 あるいは、今日よりもっと以前から……



 やめよう。



 考えても分からない。



 それに発信音はまだ鳴り続けている。



 ーーーーープルルルルル、プルルルルル、プルルルルル、『ブツッ』



 『何か』と繋がった音がした。





☆☆☆☆☆





 7コール目だった。


 電話が繋がった時特有の機械音が聞こえた瞬間、視界が突然暗く閉ざされた。


 なぜ突然暗くなったのか。


 それは反射的に瞼を閉じたからだ。


 なぜ反射的に瞼を閉じたのか。


 怖かったからだ。


 だが、どうか笑わないでほしい。


 直前に自らの身に起こっていた異常。


 身体の自由が利かなくなり、意思に反して怪しげな連絡先に掛け、あろうことかその連絡先に繋がってしまったのだ。


 そんな事が起こったら誰だって恐怖を感じるだろう。


 今もまだ全身が緊張で固まったかのようで、固く閉ざした瞼を開く勇気が出ない。


 耳に当てたスマホから流れてくるだろう声を、音を、ただ拾うことに全神経を集中させることしかできないでいた。


 しかし、どうだろう。


 一向に音声が聞こえてこない。


 いや、『音』は耳に届いている。


 紙を捲る音、ペンか何かで書いている音、僅かに木材の軋む音、衣が擦れる音、恐らく女性と思しき人物のため息や呟き。


 それらの音はスマホを通した機械音声ではなく、直接耳に届いた環境音であり、肉声だったのだ。


 気づけば周囲の空気も変わっている。


 肌を撫ぜる風や、土や草の匂いがなくなった代わりに、少々鼻につく薬のような匂いと、こもった空気が辺りを占めていた。


 恐らくここは室内だ。


 公園に居たはずなのに、どこか建物の中にある一室に移動してしまったのだ。


 目を閉じている間に移動したのか。


 たぶん違う。


 いくら目を閉じていると言っても他の感覚が遮断されているわけじゃない。


 目を閉じている間、自ら移動したり、あるいは身体を動かされたりといった感覚は一切なかった。


 だとすれば、この移動は自覚が困難な程の瞬間的な出来事。


 そして、それは恐らく電話が繋がる音がした『あの』瞬間に訪れていた。


 先程からある一つの馬鹿馬鹿しい憶測が頭の中に思い浮かんでいる。


 その事象が起こることを周は物語の中の世界でのみ知っていた。


 ーーーそう。これは、





 「…………ん」


 ゆっくりと瞼を開く。


 朝、眠りから目覚め、目を開いた時のようなぼやけた視界は、徐々に焦点が結ばれていき、やがて眼前の光景を鮮明に捉える。


 そこには女性がいた。


 女性は椅子に腰掛け、机に置いてある書類に向かって筆を走らせている。


 薄紫の長い髪に、髪の間から覗く2本の黒い角と先が尖った少し長い耳。桜色の唇はぷっくりと丸みを帯び、艶めいている。掛けている眼鏡も相まって理知的な印象の横顔。スラリとした細身に出るところはしっかり出ている女性的な魅力に富んだ肢体。


 美しい女性だ。


 二重の意味で現実に存在しているのが疑わしく思えるような容貌の持ち主だった。


 しかし、その美貌には苦悶の歪みが度々訪れていた。


 「……う……ま、まだこんなに………」


 彼女の机の上には書類が大量に、これでもかという程積み上がっていた。

 積み上げられた書類の束は彼女の両側にそれぞれ数束置かれていて、作業の流れを見る限りは、彼女の左手側、左側で立っている周から見て手前側が完了した書類、彼女の右手側、周から見て奥側が未完了の書類だと考えられる。

 見たところ、奥側の未完了の書類の量よりも手前側の完了した書類の量の方が多そうなので半分以上は終わっているようだが、それでも彼女の顔の辺りまで積み上がった書類の束がまだ2つ程あるので彼女が嘆く気持ちもわかろう。


 「……ん?……ここ、間違ってる。ということは、こっちも…………。『ーーーアダン、こちらへ』」


 何か気がついたらしい彼女は書類に目を落としたまま、『アダン』という、恐らくは人物の名を呼んだ。


 ーーーそんな小さい声では聞こえないんじゃ…


 と思ったが、どういう原理なのか、それ程経たない内に部屋の外から慌ただしい足音が聞こえて、ドアがノックされた。


 「どうぞ」


 書類に目を落としたままの彼女は訪問者に入室の許可を与える。


 「し、失礼いたします!お、お呼びでしょうか、ヒルデ様」


 黒角に紫髪の眼鏡美女の名はヒルデと言うらしい。


 どこかで聞いたような名前だが、周に外国人の知り合いはいないので、たぶんテレビなどで見かけた外国人の有名人の名前か、役名やキャラクター名か何かだと思う。


 そして美女の名を教えてくれたのは、今部屋に入ってきた気弱そうな感じの青年、アダンだった。


 仕立ての良い服が包む身体はひょろっと細く、モノクルの位置を頻りに気にしておどおどしている様子が如何にも気弱な文官といった様子だ。


 長く伸ばした金髪に、青い瞳、それに横に長い耳。ーーーもしかして、エルフなのか?


 そんな気弱な文官エルフのもとに2,3枚の書類がふよふよと空中を浮遊して届けられた。


 ーーー今のって、もしかして……


 ヒルデの手元に置いてあった書類がまるで自らの意識を持ったかのようにひとりでに浮かび上がって、アダンのもとに飛んでいった。

 当然だがここは室内で無風、アダンのもとに届くまで誰も何も書類に触れていなかった。


 明らかに物理法則を無視した事象。ーーーこれは、たぶん魔法だ。


 角が生えた美女に、エルフ、それに、魔法。……魔法、か。


 先程からずっと頭の中に思い浮かんでいることがある。


 それは、荒唐無稽でおよそ現実世界では起こるはずのない現象だった。


 しかし、ヒルデやアダンの外見、明らかに現代日本とは異なる文化レベルの家具や内装、公園に居たはずなのに一瞬でこの部屋の中に移動した事実、そして、今まさに目撃した魔法と思しき現象。


 起こるはずのない出来事が現実に起こってしまっているという事実が、荒唐無稽と一笑に付されるべき現象を反証するという皮肉。


 それならもう、こう考えるしかない。

 

 断言しよう。





 ーーー俺は、異世界に召喚されたんだ。




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