秩序が刃を生む
王城の庭園は、灰とスミレの匂いがした。
ユレルダでは「何ひとつ本当に死ぬものはない」と言われている。だが、実際には美しさでさえ、この国では半減期を持っている。花弁はどこか不自然な光の下でしおれ、北方から取り寄せた土と、季節を再現するための錬金薬で無理やり咲かされていた。風はほとんど動かず、花々は「決められたとおり」にだけ咲き誇る。
石のアーチの下に、セドリック王が座っていた。背には黄金の翼が折りたたまれている。まるで炎で形作られた双剣のようなそれは、飾りではない。血筋そのものが生んだ肉の印――幅広く、血管のような筋が走り、異世界めいた光沢を帯びて瞬いていた。関節のあたりには、黄金の中にごくかすかな翠色が滲んでいる。捕食者のような優美な曲線を描きながら、静かに畳まれていた。
彼の手は、必要のない杖の上に置かれている。それは支えではなく「権威」を示すための象徴だ。翠金色の筋がシャフト全体に走り、まるで王の呼吸に合わせるように淡く脈動している。瞳は、かつて王都の誰もが羨んだ純粋な金色。混じり気のない、疑われることのない「支配者の色」だ。
その向かい側で、ひとりの少女が花々のあいだに立っていた。
王女エリリアは、紫の木々の間に身を置き、指先で脆くなった花弁をそっとなぞる。銀の髪が、人工の陽光を浴びて柔らかく揺れた。父娘の間に流れる沈黙は、険悪ではない。ただ慎重に整えられている。王族と敵同士だけが上手く扱える類の沈黙だった。
「心ここにあらずだな」
セドリックが口を開く。
「考えごとですわ」
エリリアは短く答えた。
彼はしばらく娘を見つめる。「王立図書館での一件のことか?」
「違います」
セドリックは首をかしげる。「では、何についてだ?」
彼女は振り向かないまま言った。
「ひとりの少年のことです」
短い――だが、庭の空気が確かに変わるだけの沈黙が生まれた。
「少年だと?」セドリックが繰り返す。
エリリアはゆっくりとうなずき、一本の花に視線を落とした。「黒い髪で……着ていたマントは少し擦り切れていました。音を立てない動き方をする人でした」
一拍置いてから続ける。「でも、彼の目が――」
セドリックが、わずかに頭を傾ける。「瞳がどうした?」
「片方は黒でした」と彼女は囁くように言った。「けれど、もう片方は……緑色だったのです」
その瞬間、セドリックの指が止まった。杖を握る手に力がこもり、金の瞳に見たことのない揺らぎが宿る。
エリリアはようやく振り向く。声は落ち着いていたが、どこか遠くを見ているようでもあった。「とても不安になりました。あのような瞳が存在するとは知りませんでした。それに、あの人の視線が……」
「どこで見た?」セドリックの声は低く沈んだ。
エリリアは一切迷わず答えた。「ロウアー・クレセントです。古い倉庫のあたりで」
セドリックは立ち上がった。
翼がゆっくりと広がる。意図的な動きで、薔薇の上に大きな影が落ちる。空気がぴたりと止まった。
彼はガラスのドームの天井を見上げた。陽光がユレルダの尖塔を刃のように照らしている。
「その少年のことは、これ以上気にする必要はない」
一拍。
エリリアの息が止まり、肩がわずかに強張る。父の言葉の意味が分からない。ただ、問い返すこともできない。それでも、胸の奥ではすでに好奇心の火がくすぶり始めていた。
「……かしこまりました、お父様」
彼女は軽く頭を下げ、顔を上げたときには、表情から感情が消えていた。完璧に整った、王族の顔。
エリリアが庭園を去ると、セドリックはしばし動かなかった。少女の足音が完全に消え、最後の花びらの震えが静まるのを待つ。
やがて、杖の先で石畳を二度、コツリと叩いた。
薄い揺らぎが庭全体を走る。ほどなくして、最も遠い木立の陰から、フードをかぶった影が一人現れた。
セドリックはそちらを見ようともしない。
「一人、顔を覚えておくべき者がいる」と静かに言う。
影が、わずかに首をかしげた。
セドリックの声音は冷たくなる。「ロウアー・クレセントの古い倉庫近くで目撃された。片方は貴族の色、もう片方は奴隷の色――誰かが本当にその瞳を目にしたら、この序列は一気にひび割れる。……消せ」
影は一度だけ深く頭を垂れた。
次の瞬間には、もう姿を消していた。
セドリックはしばし立ち尽くす。手の中の杖がきしむほどに握りしめられ、金の瞳には、まだ拭えない動揺が揺れていた。庭園は静まり返り、彼の命令だけが、重く空中に残される。
そしてずっと下――雨水がひび割れた石畳にこびりつく場所では、嵐の後のクレセント特有の臭いが広がっていた。
水たまりがデコボコの石のあいだに溜まり、ゴミと灰を一つの濁った泥へと変えていく。靴を買う余裕のない者たちの足元には、蝿が集まる。屋台から立ち上る蒸気と下水の蒸気が混ざり合い、空腹の匂いなのか病の匂いなのか、もはや区別がつかない。
だがカズオは気にしていなかった。
ここは、誰も他人の顔をまじまじとは見ない――瞳の色にも、深入りしない――そんなユレルダの一角だったからだ。
隣を歩くレイは、串に刺さった焼き玉ねぎをかじりながら上機嫌だ。支払いは明らかに金ではなく、軽口と愛想だけで済ませてきた顔をしている。
「妙に静かじゃないか、お前」と、口いっぱいに食べ物を詰め込んだまま言う。「……女の子関係か?」
カズオは答えない。人混ちはいつもどおりうるさく、張り詰めている。だが、その奥で何かが変わっていた。街全体が、自分自身をいつも以上に見張っているような――そんな違和感がある。
誰かに見られている感覚。
二人は染物市場のそばへと続く裏道に入った。錆びたバルコニーの間に、乾かし中の色とりどりの布が舌のように垂れ下がっている。そこで、それは起きた。
十歳にも満たない子どもが、果物屋の屋台から飛び出してきたのだ。布に包まれた何かを胸に抱き、全力で駆けてくる。その後ろで、ずんぐりした店主が怒鳴りながら追いかけていた。
「泥棒だ! あのクソガキが盗みやがった!」
別の店主は慌てて店先の布を下ろし、女は子どもの手を引いて道の端に退く。クレセントの人間は、もう「見ない」ということを学んでいた。
少年は、真正面からカズオに向かって走り込んでくる。
一瞬だけ、目が合った。恐怖ではなく――謝罪の色を帯びた視線。
カズオが身をずらした、その瞬間。
遅かった。
群衆の中から、もうひとりの男が飛び出した。服装はこの地区のものではない。仕立ては軍服のように整っており、汚れ一つない。動きには鍛え上げられた者の癖があった。
少年がカズオの脇腹にぶつかるのと同時に、その男は刃を抜く。
レイは舌打ちしながら飛び退いた。だがすぐさまカズオの横に回り込み、短剣に手をかける。「二秒やる。そのあいだに、喧嘩売る相手を考え直せよ」
カズオの身体は、考えるより先に動いていた。腰の剣が一息に抜かれ、男の一撃を受け止める。金属がぶつかり合い、火花が石畳の上に散った。カズオは体を捻り、相手の勢いを後ろへ流す。
少年はその隙に人混みの中へ消えた。
男は素早く体勢を立て直す。刃はまだ手の中にあり、その切っ先はランプの光を受けて、磨き抜かれたガラスのように淡く輝く。
カズオは目を細めた。
そして見つける――柄に刻まれた紋章を。
三日月を貫く一本の剣。
息が止まる。
王家の印だった。
男が剣を構え直す。
カズオは待たなかった。
彼は、自分が最もよく知る属性に、心の内側から静かに呼びかけた。
――水よ。




