生きる方法を、それしか知らない
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夏の64日。養殖場を大きくしてもらった。土を大量に持っていってもらったと思ったんだがな。全然足りないらしい。まあ、さもありなん。堤防とはそういうものでないといけないからな。堤防の規模が小さいと、結局は洪水対策にならないんだよ。ある程度は大きくしないといけない。それに、こっち側は河川のかさ上げをしているからな。堤防は結構大きく作って貰わないといけないんだよ。
それで、色々と調整しつつ、内政に励んでいるんだけど、問題が起きないのが問題なのかな? 何というか、村人同士で何かしらの揉め事が起きるだろうと思っていたんだけど、今まで起きていないんだよな。それが不自然というか、何というか。疑問なんだよ。普通はよそ者が来たら、警戒するだろうし、よそ者だからって何かと強く当たったりするものなんじゃないのかな? それらの話を全く聞かないのは、ちょっと不気味なんだよな。
「だからさ、問題が起きていないのはいいんだけど、問題って起きるものじゃないですか。なのに、全く聞かないんですよね。当人同士で解決できることであれば、多少の喧嘩くらいはいいんですけど、それも聞かないですし、普通は何かありません? なんか異常に感じてしまうんですけど」
「あのなあ、ちっこいの。普通は問題なんて起こす訳がねえのよ。だってそうだろう? 問題を起こしたら、衛兵に殺されるのが日常の奴らだぞ? そんな場所で息をひそめて生きてきたんだ。今更そんな事で喧嘩なんてするか。死ねって言いたいのか?」
「いや、死ねとは言いませんよ? 追放はしますし、問題が大きくなれば、始末もしますけど、それは最後の手段ですしね。というか、スラムって問題を起こしたら、衛兵に殺されるんですか? ちょっと殺伐とし過ぎじゃないですか?」
「それがスラムってもんなんだよ。だから、問題なんて基本起こさねえ。起こした奴は既に始末されてんだよ。する気もない奴か、する気力もなくなった奴らが、長年住んでんのがスラムなんだ。少々の事で、腹を立てたりはしないんだよ。皆真面目に働くだろう? それが不思議か? サボる奴が出るんじゃないか。それが普通だってか? 普通の奴は、スラムでは生きていけん。とっくに死んでるんだよ。だから、ここにきた奴らは、基本的には解っている。自分たちがどうなるのかな。それでも、今の生活よりも、多少はマシになるんだったらって事で、こっちに来ている訳なんだよ。問題が起きないのがおかしい? おかしいんだよ。こっちに来ている奴らはな。普通の奴らは皆死んじまった後だ。腑抜けしかいない? 当然だろ? 腑抜けじゃねえと生きていけないんだからよ。だから、心配すんな。問題なんて起きやしねえよ」
「スラムって過酷過ぎでしょ。反骨心を見せたら終わりって、どういう状況なんです? 普通の人が生きていけない場所って、ちょっとおかしいですよね?」
「まあ、150年も前は、俺らもそっちの仲間にいた訳だがな? そんじょそこらの奴とは違うのよ。生きることに必死だったんだ。大人しくしていないと、死ぬことが確定しているんだよ。盗みをやったら死刑、揉め事を起こしたら死刑。衛兵の機嫌が悪くて私刑。そんな事は当たり前の世界だ。仕事があって、食っていける。それだけでも、スラムから抜け出してきて良かったと思える人材たちだ。そもそもまともな神経なんてしてないのよ。良いか? ここに集まってきている奴らは、頭のおかしい奴らばかりなんだ。まともな奴は死んでる。そういう世界で生きてきた奴らだ。だから、揉め事なんて起こさねえし、不平不満なんて言わねえ。それはすなわち死を意味するからな。だから覚悟があるのかって聞いた事があっただろ? 覚悟もねえのに移民を扱うんじゃねえってな。必要だと思っただろう? そういう覚悟が。良いか? そういう奴らの中からは、まともな奴が生まれてこねえ。根っこから腐ってやがるんだ。良いか? 仲良しこよしでやっているんじゃねえ。表面でも仲良くできなかったら死ぬんだよ」
酷い話もあったものだ。……それに加えて魔族差別があるんだろう? どうせそんな感じなんだろうさ。魔族だからって理由で殺される人もいたんだろうな。目障りだから殺されるって人もいたんだろうな。……そんな所で生活していたら、精神がおかしくなって当然だろう。揉め事を起こさなくて当然だろう。揉め事を起こしたら死ぬしかないって、どう言う事なんだって話でさ。辛いとか、そういうものでもないんだろうな。それが当たり前だったから。……つくづく、社会主義が合うよな。そういう人たちだからこそ、社会主義が似合うってものなんだよ。ある意味生きることに絶望している人たちが、社会主義って生活に慣れるんだよな。人と違う事はしない。揉め事を起こさない。そもそもそういう気がない。自分に降りかかる火の粉は、自分を死なせるものだから。ちょっとした火種でも死んでしまう。そんな環境に長らくいたんだから、感覚が狂ってもおかしくないんだろうな。
「いいか? 何度でもいうぞ。移民を使うって事は、そう言う事だ。そいつらの死に様まで、こっちが握っているって思わねえといけねえ。今までのやり方しか知らない連中だ。死ぬまで他のやり方は解らねえ筈だ。そんな奴らを、なんとか率いて村を大きくしていかにゃならねえんだ。その覚悟があるのかって事なんだよ。活かすも殺すも自由だ。そんな連中なのよ。そんな連中を、上手く使ってやれんのかって事なんだ。何度でも問うてやる。ちっこいのに、それが出来るのか?」
「出来るかどうかじゃなくて、やるかどうかだな。やるしかないんだ。そんな状況にあるのは解った。けど、死んでないなら使ってやるさ。それだけの仕事があるからな。死なない程度に使ってやるさ。まあ、根っこは腐っているのかもしれないが、新しい根っこが生えてくるかもしれないだろう? そっちはしっかりと活かしてやるさ。そうだろ? 鍛冶屋のおっちゃんも、その口だろ? 出来るかどうかじゃない。やるしかないんだ。やるからには全力だ。使って欲しいなら使ってやるさ。有無を言わさずに使ってやろうじゃないか」
「よく言った。それでこそだ。貴族ってものは、そうじゃねえといけねえ。使えるもんは死んでも使え。何でもありだ。移民たちの根っこを叩き直せとは言わねえ。叩き切っちまえ。腐った部分は使い物にならねえんだからよ。いいか? 住民に情けをかけるな。そもそもこっちもそんな事は望んでねえのよ。貴族らしくしていろ。こっちを使いたい時に使え。解るまで教えろ。それが出来なきゃ、そもそも生活が出来ねえのよ」
貴族らしくか。まあ、難しい事ではあるんだよな。ある意味、支配されることに慣れ切った人たちなんだよな。だから、命令には絶対だし、揉め事なんて起こさない。つくづく社会主義にぴったりな人たちだな。その人たちを使い倒せばいいんだろう? 難しい事じゃない。
命令しろって事だわな。やることに指示をくれって事でもあるんだ。全員が全員、指示待ち人間なんだよな。そんな連中を束ねて何が出来るのか。普通に自由主義をしていたら、単純に失敗するだけじゃないか? 社会主義だからこそ、自分が何をしなければならないか、はっきりしている。だから生きる方針が固まっているんじゃないのか?
頭が痛くなってくるな。これだけ責任が重くのしかかってくると、非情に面倒だ。死ぬまで面倒を見ないといけないのかって気になってくるが、仕方がないよな。生きる方法を、それしか知らないんだから。




