成長
突然の別れから
奏多は響から離れたのではなく、響を置いて旅に出た。新しい場所で新たな出会いや経験を重ねていたが、その心の中にはいつも彼女のことばかりが浮かんでいた。どれだけ距離が離れても、どれだけ時間が経っても、響の存在は彼の心を離れなかった。
一方、響は奏多のいない日常に慣れようとしていたが、ふとした瞬間に彼のことを思い出してしまう。すれ違う風景、聞こえてくる音楽、夕暮れの色彩――すべてが奏多と過ごした日々を呼び起こす。
二人の心は遠く離れているはずなのに、思いは交差し続けていた。
ある日、奏多は旅先で手紙を書くことを決意した。言葉にできなかった気持ちを綴ることで、自分の想いを整理しようとしたのだ。
"元気にしているか?こちらは相変わらず、新しい景色の中にいるよ。でも、不思議とどこへ行ってもお前のことを考えてしまう。"
そう書いたものの、彼は手紙を投函することができなかった。
響もまた、奏多のいない空白の日々に答えを探していた。彼の不在が寂しさなのか、それとも単なる習慣の喪失なのかを。答えは見つからないまま、季節は静かに巡っていった。
そんなある日、響は偶然にも奏多が旅先で撮った写真を見つけた。風の強い丘の上、夕暮れの海辺、異国の街角――彼が見た景色がそこには映されていた。その写真の隅に、小さく彼の字で
"ここでもお前を思い出している"
と書かれていた。
胸が締め付けられるような気持ちになった響は、その写真を手に、しばらく動けなかった。奏多が自分のことを忘れていなかったことに、ほっとする気持ちと、どうしても届かない距離にいる現実が入り混じる。
「会いたいな……」
響が小さくつぶやいた言葉は、静かな部屋にそっと溶けていった。
その夜、響は久しぶりに奏多の夢を見た。柔らかな陽射しの下で、彼がいつものように微笑んでいた。
"会いたいなら、探しに来てよ"
夢の中で奏多はそう言った気がした。目覚めた響の胸に、ほんの少しの勇気が芽生えていた。
翌朝、響は決意を固めた。彼女は手元に残った写真をバッグにしまい、深く息を吸い込んだ。
「行こう」
響は旅支度を整え、かつて奏多が去って行ったのと同じように、新しい景色の中へと歩き出した。今度は自らの意思で、彼を探しに行くために。
旅の途中、響は奏多が残した足跡を辿るように彼の訪れた場所を巡った。見知らぬ街、穏やかな海辺、風が吹き抜ける丘の上――そこに立つたび、彼が見た景色を感じた。
そしてついに、彼女はある町の小さなカフェで奏多を見つけた。
彼は窓際の席に座り、静かにコーヒーを飲んでいた。響がゆっくりと近づくと、奏多は驚いたように目を見開いた。
「……響?」
「会いに来たよ」
響は微笑みながら答えた。
その瞬間、二人の距離は過去の時間を超えて、一瞬で縮まった。
奏多はゆっくりと微笑み、そっと彼女の名前を呼んだ。
「おかえり」
響は小さく頷き、彼の向かいの席に腰を下ろした。
しばらく沈黙が流れた後、奏多がぽつりとつぶやく。
「……好きだよ」
響は驚いたように目を瞬かせた。
「ずっとお前のことばかり考えていた。一緒に暮らそう」
その言葉に、響の瞳が潤んだ。彼女はそっと微笑み、静かに頷いた。
「うん……」
その瞬間、二人の旅は新たな始まりへと変わった。
必然それとも偶然