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ひと月の恋人  作者: たま
6/7

その後 秋の話




「安島。明日から飯食う場所、変えよう」



ある日の帰り道、俺は安島にそう切り出した。

あたりは薄暗く、山の端にわずかに夕日の色を残した空が、紺とオレンジの美しいコントラストを見せている。それを二人、無言で眺めているときであった。


改めて正式に付き合うようになった俺たちだが、特にこれまでと変化はない。

毎日、一緒に飯を食い、一緒に帰る。

それだけだ。

まあ、前より少しだけ、物理的に距離が近くなったといえばそうかもしれないが、それにしたっていちゃいちゃしているわけではない。

ただ一緒にいられるだけでいい、なんて、鳥肌の立つようなことを、真剣に考えてしまっている今日この頃だ。


変化は、俺たちにでなく、俺たちを取り巻く気候のほうに訪れた。寒くなってきたのだ。

今日、昼飯を食っているときに安島が身震いしたのを見たときから、俺はずっと、明日から飯の場所を変えようと決意していた。



「そっか、寒くなってきたもんね」



一寸目を丸めた後安島がそう言って、俺は頷く。

どこにしようねぇ、と小首を傾げる安島。

考え事をするときのくせなのか、顎にやった小さな拳がかわいい。殴り合いには向かなそうな手だ。守ってやろう、とふと考える。



「じゃあ、これまでは石くんが迎えに来てくれてたから、今度からは僕が石くんのクラスに行くよ」



微笑む安島に、俺は黙る。

安島が、F組に来る。あの、佐藤みてえな奴らしかいない、授業を半分くらいフケてたりする、掃き溜めみたいなクラスに。



「ダメだ」



安島が教室に足を踏み入れるところまで想像した時点で、俺はその意見を却下した。

絶対にダメである。想像さえしたくない。安島の人生上、あそこに関わるのは、良くないに違いない。

そう?と不思議そうにする安島に、俺は深く頷いた。



「それなら、俺が行く。安島のクラスで食おう」

「あ、うーん。僕のクラスかぁ…」



今度は安島が渋る。

しばし沈黙したまま、二人のんびりと歩く帰り道に、夕暮れの風が冷たく吹く。


さっき安島も言ったように、昼飯のときは、いつも俺が安島のクラスまで迎えに行っている。

俺は悪い意味で目立ってるらしく、最初は、随分ぎょっとした顔のクラスメートたちにむかえられた。だが、今ではちょっと怯えられる程度だ。

安島がそれについて何か言ったことはなかった。だから、気にしていないのだろうと思っていたのだが。

実は、クラスの奴らに俺と一緒にいるところを見られるのは、嫌だったのだろうか。



「あ、石くん。違うからね、石くんが教室に入るのが嫌なんじゃなくて」



安島の慌てたような声に、俺はハッとした。無意識に眉間に寄せていたシワを解く。つい苛立った顔を見せてしまった。安島の前では、怖がらせないよう、あまりそういった態度は出さないように気をつけていたというのに。

安島に怖がられたら、たぶん俺はかなりヘコむ。

そっと横目で隣の安島を見ると、安島は困ったようにだが、微笑んでいた。

安堵する。セーフだったらしい。



「あのね、石くんには言ったことなかったんだけど…」



安島の話したのは、こうだった。

クラスメートはともかく、安島のダチは、俺と安島が付き合っているのをよく思っていないらしい(僕がふわふわしてるから騙されてパシリにされてるんじゃ、なんて言うんだよ、と安島は笑うが、俺は笑えなかった)。まあ、それはそうだろう。

安島は、合意の上での付き合いだと何度も伝えているのだが、疑いの眼差しは変わらないのだという。

教室で食べるということは、そいつらとも短くない時間顔を合わせることになる、ということだ。そしたら、



「石くんが嫌な思いするんじゃないかな、と思って…。悪い人たちではないんだけど」



うーん、と唸る安島。追い出すわけにもいかないし、でもなあ、と、俯き加減にぶつぶつ唇を動かしている。

手のひら一枚分ほど俺より低い安島の背丈。そのくるりと渦巻いた旋毛をつくづくと見やり、俺は、感動していた。


安島は、いつもはふわふわとしている。話すことも、空がきれいだとかこれが美味いだとかばかりで、本当に高校生男子なのかと思うときもある。

だが、たまにこんな風に、内に秘めた芯の強さというか、度量の広さを垣間見せる。

俺がこんなな所為で余計な面倒ごとが増えているというのに、安島は俺のためにダチを説得して、俺の心配をして、こんなに悩んでくれていたのか。



「安島」

「うん?なに?」

「安島のクラスで食おう」



俺は決意した。

安島のダチに、ちゃんと挨拶する。俺はクソみてえな不良だが、俺なりにちゃんと安島を大切に思って付き合っているんだということを、安島のダチにわかってもらおうと思った。普段は教師にすらなかなか使わない敬語だって、本気を出して使ってやる。


そうでなければ、この優しくて心の広い安島に釣り合わないじゃないか。



「え、でも、嫌なこととか、言われるかもしれないから…」

「へでもねーよ」

「…」

「んな不安そうな顔、すんな。認めてもらえるように、ちゃんとやる」

「へ?」

「安島と、おつきあいさせていただいてます、って」



やるときはやる。男の甲斐性だ。


また冷たい風が吹き抜けた。

安島の返事が無いな、と思い見やると、反対方向へ顔を向けて、ふるふると肩を震わせていた。珍しく、やわらかく微笑む感じではなく、笑っているらしい。

おかしいことを言ったか、と不安に駆られる。俺は仲間内では賢い方だが、バカなのだ。

安島がこっちを向いた。いつもの愛嬌のある笑顔だ。余程笑ったらしく、顔の赤いのが暗がりの中でもわかる。



「うん、そう言ってくれたら、もう大丈夫だと思うよ」



ふふ、と笑い声を漏らしながら安島がそう言うので、細かいことはともかく、俺は満たされた気分になった。


それから安島の家の前で別れるまで、安島はなぜだか何気に上機嫌だった。

僕も石くんの友達にご挨拶に行きたいな、とか言ったが、俺はダメだと答えた。そもそも奴らは大いに安島を気に入っているから挨拶など必要ないし、とにかく、ダメなのだ。

俺は安島につられて良い気分になりつつ、翌日のことを考えて気を引き締めたのだった。



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