おしまいの日
あっという間の一ヶ月だった。
今日で、あの日、石くんから声をかけられてから、ちょうど30日目だ。
というのは、僕自身はまるで意識していなかったのだけれど、僕の友達が指折り数えていたようなのだ。
今朝、今日で終わりだね、よかったね、と頭を撫でられてわかったのだった。
よかったね、と言われると、はっきりと違和感を感じる。
なぜなら、別に石くんと過ごした時間は、終わりを待ち遠しく感じるような嫌なものでは、決してなかったから。
むしろ、楽しい時間だったと思う。
以前の僕は、石くんのことを不良だと思っていて、怖い人なんだと思っていた。でも、いまや僕は、石くんについて、いろいろなことを知っている。
石くんは、ゲームが好き。
猫と犬なら、犬派。
お兄さんがいる。
ハンバーグが好き。
好きな科目は数学。
笑うとき、少しタレ目になる。
一緒にいると、穏やかな気持ちになれる。
優しい、すてきな人。
でも、今日で、偽の恋人関係は終わりだ。
明日からは、ご飯も一緒に食べられないし、一緒にも帰らない。そうしたらきっと、あまり会えなくなってしまうのだろう。
付き合い出す前の僕らが、一度も接したことがなかったように。
僕はそれが寂しくて、今日は一日上の空で過ごしてしまった。
そうして、放課後がやってくる。
隣には、僕とは正反対の、派手な見た目をした石くん。だけれど雰囲気は柔らかくて、ここ一ヶ月間で、しっくりと僕に馴染んだ空気感が漂う。
随分と暗くなった道を、ゆっくり歩く。
今日一日、上の空で過ごしつつ、この帰り道でなにを話すべきだろうと、僕は考えていた。
楽しかった。
寂しい。
また話せたら。
そんな言葉が頭の中に浮かんでは消えていくのだけれど、結局、いまに至るまでうまくまとまらなかった。情けない。
けれどなんとか、どうかこの関係が終わっても縁を繋いでおきたいと、僕は懸命に頭を働かせていた。
しかし時間は無情に過ぎてしまう。やがて、僕のアパートの前に着いてしまった。
いつもなら、また明日、と僕が言う。でも、今日からはもう、また明日、は来ない。
なんて言ったらいいのか、情けない僕の頭は、まだうまい言葉を導かない。
すると、石くんが、何も言わずに腕を回して、僕を抱きしめた。
毎日きちんと果たされた、罰ゲームの指示だ。少しの間、強くもなく弱くもない力で、抱きしめるということ。
これも、これで、最後なんだ。
…と思ったが、石くんは、なかなか腕を離さなかった。
僕は僕で、名残惜しいのもあり、離すようにと急かすことはしない。ただ、抱きしめられている。石くんも名残惜しく感じてくれているのだと思うと、うれしいし、なんだか恥ずかしい。
「…離せとか、言わねーの」
1分、2分。もっとかもしれない、少し経ってから、口を開いたのは石くんだった。
当たり前だけど、抱きしめられているから、すごく近いところから声が聞こえる。僕はそれに、妙にドキドキした。
「…うん、なんか、寂しくて」
結局、散々考えた末に出てきたのは、実に女々しい言葉だった。石くんに、情けないとか、思われないといいな。
「ふふ、ごめんね。せっかく仲良くなれたのに、今日で終わりかぁ、って今日一日考えてたんだ」
「何がごめんなんだ」
「だって、女々しいじゃん」
「…じゃあ俺は、もっと女々しいかもしれない」
「え?」
石くんの腕に力がこもる。僕は、ドキドキが一層大きくなるのを感じた。
「…今日で終わりなんて嫌だ。明日からも、毎日、こうしていたい。…安島、好きだ。今日からマジで、俺と付き合って」
瞬間、――すとん。と、その言葉は、僕の心にぴったりと収まった。
ああ、そうか、そうだ、僕は。
僕も。
「うん」
僕は初めて、石くんの背に手を回した。
高鳴る心音はふたつ。
明日からの毎日も、ふたつだ。
僕は石くんの広い背中の中ほどを、ぎゅっとにぎった。
おしまい




