お迎え
ある日、お昼になっても、教室に石くんが来なかった。
いつもは石くんが迎えに来てくれて、一緒にご飯を食べるのに。
律儀な石くんが、まだ罰ゲーム期間中なのに、サボるとは思えない。
僕は、石くんのクラスを訪ねてみる決意をした。
なぜ、決意、なんて大仰な言葉を使うかというと、石くんのクラスはF組だからだ。
F組は、いわゆる不良と呼ばれるような人ばかりが集まったクラスで、他のクラスからもちょっと離れた位置にある。僕のようなびびりからすると、モンスターの跋扈する魔王城のようなものなのだ。
しかし、行ってみると結構ふつうだった。あ、でも、頭染めてる人、多いなあ。怖い。
僕は勇気を振り絞って、近くにいた人に声をかけた。
「あの、すいません。石くん、いますか?」
「みっちゃん?みっちゃんならねぇ、いま保健室にいってるよ」
モヒカンのその人は、僕をじろじろ見ながら答えてくれた。僕はこんなに立派なモヒカンを見るのは初めてなので、特に側頭部の地肌が見えるほどの坊主頭に見惚れていたが、言われた内容でびっくりした。
保健室なんて。昨日の帰りは、元気そうだったのに。
「保健室、って、石くん、体調悪いんですか?」
「んー、てかあんた誰?みっちゃんのナニ?」
「僕は、えっと…」
なんだか、モヒカンさんが、僕を疑うような目つきで見ている。警戒されている、ってかんじだ。
でも僕は、いよいよ怪しいことに、答えに窮してしまった。
僕と石くんの関係は、期間限定の偽の恋人、だ。しかし、それはモヒカンさんに言ってもよいものなのだろうか。僕は仲の良い友達には言ってあるけど(すごくすごく心配されたけど)、石くんがどうかはわからないのだ。
何も言えずにいると、ああ!とモヒカンさんが言った。
「そっか、アンタ、ハニーか!」
「え?」
ハニー?
「そっかーなるほどだわ!うん、癒し系癒し系!やすらか!」
「安らか?」
「だから心配してたのね、大丈夫だよ、みっちゃん寝不足で寝てるだけだから。行ってみれば?」
「あ、はい、わかりました。ありがとうございます」
なんだかわからないが、モヒカンさんは、さっきとは一転した優しい眼差しで、僕を見送ってくれた。やすらかとかハニーとか、なんなんだろう。
保健室には、先生はいなかった。
どうしようか迷いつつ、唯一カーテンの閉まったベッドに近づいてみる。きっと、この中だ。
でも、寝ているなら起こすのは悪いかもしれない、と考えていると、
「――やべっ!、」
中から声が聞こえ、次いで、カーテンが素早くシャッと開いた。
そこには、慌てた様子の石くん。
僕はびっくりして、お弁当箱をかき抱いて立ち尽くしてしまった。石くんは、一瞬だけ目を見開いたあと、
「なんで、ここに」
と呆然とした声で呟いた。
こんな様子の石くんを見るのははじめてだ。
そういえば、普段一緒にいてもあんまり会話が無いから、どんな様子の石くんも、そんなに見たことはないのだなと気付く。
「あのね、お昼になっても石くん来なかったから…石くんのクラスの人に聞いたら、ここにいるって教えてくれて」
「…悪りィ、寝過ごした。いま目ェ覚めて、時間見てビビった」
ふうと息をつく石くん。どこも体調は悪くなさそう。本当に眠かっただけなんだ。
僕はほっとして、石くんに微笑みかけた。
「まだ、始まったばかりだから、大丈夫だよ。ご飯食べよう」
手を差し出す。
石くんは僕の手をとり、ベッドから降りた。ちゃいろい髪の毛の後ろがぺたんとなっているのを、片手でささっと直してしまったので、すごいなあと感心した。
そういうところを見るにつけても、僕は石くんのこと、あんまり知らないんだ、と改めて感じた。
ご飯を食べているとき、不意に石くんが、あぶねーからF組には来るな、と言った。僕がモヒカンさんに親切にしてもらったことを伝えると、石くんは、すごく苦いものを食べたときのような顔になって、僕はこの顔も初めて見たなあ、と思った。




