ラッキーマンの全盛期
修学旅行って、行きのバスが一番楽しいかもしれないですよね。そんな話です、多分。
ぺりっと気持ちいい音と、ぱきっとした快感のある触感で穴をあける。これで42という数字がなくなった。……だが、これでダブルリーチである。ここまで来て、未だビンゴは出ない。
現在、俺たち三年B組は修学旅行の序の口、行きのバスを楽しんでいる。学校の一大イベントである修学旅行に思いを馳せていた俺たちは今、旅そっちのけでビンゴに夢中になっていた。みながみな、限りある景品のお菓子を獲ろうと必死だった。しかし、俺たちにできるのは祈ることだけだった。
俺は運のある方だと思っていた。だが、穴のあいた箇所に一切の規則性はなく、俺を置いてクラスメイトが続々とビンゴしていく。次こそはと願う無力な俺たちと、高みの見物でお菓子をほおばる当選者。正直、これはただのお遊戯だと思っていた。しかし、今となってはもはや血で血を洗うような椅子取りゲームと化していた。
とはいえ、俺には一つの希望がある。俺のダブルリーチは34を中心とした十字になっている。つまり、34を引けば一気にダブルビンゴになり、ただビンゴになるより低い確率を引いたラッキーマンになれる。――物凄く確率が低いが。
「お菓子、残り一つでーす」
学級委員が声を上げた。お菓子を得られるチャンスがあるのは、次ビンゴになった人だけ……。ならば尚更引き当てなければ。59、72、16……と数字が読み上げられ、俺はひたすら34を念じた。窓の外には美しい光景が広がっているだろうが、少しも興味はそそられなかった。そして――。
「34」
ついに、その数字が出た。その時あけた穴の感覚は、俺のビンゴ史上一番心地良かった。がむしゃらに手を挙げ、「俺ダブルビンゴ! 一気にビンゴ二つ取ったんだぜー!」とガキみたいに自慢したかったが、これは一人隠して「俺だけが知っている奇跡」みたいな優越感に浸る方が有意義なのでは……と、これまたガキみたいな発想をした。とはいえお菓子は欲しいので、普通にビンゴを取ったように装い手を挙げた。
「俺も、俺もビンゴ!」
だが、俺のほかにも二、三人ビンゴになった人がいるらしい。せっかくダブルビンゴを当てたのに、お菓子ゲットは一筋縄ではいかないらしい。
「じゃあ、じゃんけんで誰がもらうか決めましょう」
学級委員が大勝負を提案した。だが、大丈夫だ。なんせ俺は今人生で一番運が良いのだから。このじゃんけんも負けるわけがない。立ち上がり、ともにビンゴを引き当てたクラスメイトの顔を見る。全員真剣な眼差しだった。
「それではいきますよ。じゃーんけーん……」
学級委員の掛け声に合わせ、俺たちは手を振る。これが最後の祈りだ。神よ。俺に勝利を与えてくれたまえ――。
……結果。
俺は負けた。おそらく、ダブルビンゴで運を使い果たし、じゃんけんで芳しくない戦果になったのだろう。無念だ。窓の外に移る美しい山々が俺の心を癒した。
「惜しかったなー、さっきの」
隣の座席に座っていたクラスメイトの原田が俺に話しかけた。ちなみに、原田は一番最初にビンゴを引き当てた奴だ。
「……俺、一個の数字で二つもビンゴを当てたんだぜ」
「え、マジで? すご」
原田は道端で四葉のクローバーを見つけたみたいなテンションで呟いた。ダブルビンゴで得られた物は何もなかったが、心の中にある小さな喜びが景品だと思うことにした。