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語られなかった七日間 第二日

 ランスロットはまだ眠っていた。出窓の日差しにくるまって。

 煙草を刻み終えた若店主は捲りあげていた袖を戻す。戻そうとして手を止めた。指に触れた衣の布。愛する人の織りし布。袖をまくり、また戻す動作など日常のありふれたことであったのだが、なぜかきょうはその手を止めた。

 糸の如き細い月夜ではなかったが、時には緩やかに刻が遡る。



 公女は機を織る。

 縦糸は村人より買い求めし古き糸、横糸は自らの燻る暗赤色の結ばれし無限の髪の糸。

 かたりと織り上がる布からは織り切れない想いが溢れ出してゆく。

 足もとには編まれた籠。積まれた糸玉は七日分をはるかに越えると見え、その上にサレクには見えざる嬰児がおれば、公女は折々その手を差し伸べ、嬰児は小さき掌にて公女の手指を握る。

 魔術師ならぬサレクは糸玉をなぞる公女の手指を見つめていたやも知れぬ。

 そして公女はまた機を織る。

 一日(いちじつ)地を照らした太陽の沈みゆく刻に至り、世界のすべてが燻る暗赤の同じ色に染まりかけると、公女は夕餉の支度をと立ちかける。

 「そなたは機織を続ければよい。水を汲んできたら灯りをつけるゆえ、そなたはそこに…」

 そういいかけて、サレクは両の腕にて公女を抱き締める。

 「おかしな方…どうなされたの?ここにおりますれば…」

 抱き合っておれば見えざる互いの瞳。

 「短すぎる…そなたはまだ…」

 緩やかにサレクの唇を己が唇で塞ぎし公女は離すとも触れるともつかぬまま

 「遠くにおりましてもここに…この腕の中に」 

 と。或いはすぐにも戻って参りますやも知れませぬ…と。

 残照と見紛う燻る暗赤色の髪持つ公女の宿命は再びその姿を見せる太陽のものであったか。しかしながらいまだ公女の在りし姿を求めて止まぬサレクには、沈みそして上り来るそれは別離の日を近づけるだけのものに思えたであろう。

 「大丈夫…ここにおりますれば…。お水を汲んでいらっしゃいませ。そして灯りを」

 と、いう公女をサレクはいまだ抱き締めている。ただの一日会えずにいることが寂しいと思える恋人のごとく、いまはほんの数分が一日であるサレクであれば。

 いまだ日が昇りし時が一日の始まりであった時の物語であれば、夜は尚更であった。サレクは公女が眠るまで、そして眠ったのちも寝台の傍らで座して過ごした。その手指に触れ、額の髪をなぞり、時にはくちづけをして。公女は静かに眠り、そして時折、目を開けた。目を開けた折、公女は決まって

 「何をなさっておられました?」

 と、いい、まっすぐにサレクを見つめ、微笑んで、瞬きをした。

 「そなたは静かに眠るのだな…。ただ寝顔を見ていたのだ」

 と、サレク。まっすぐに見つめる公女の瞳。公女が両の手を伸ばせば抱き締め、そのまま眠るときはまた寝顔を見つめる。そうすることが…限られた時をわずかにも伸ばすただひとつの方法であるかのように。

 或いはともに眠りし方が長い時を過ごせたやも知れぬのだが。

 永遠の七日間はこのようにして過ごされた。



 かつてのサレクであった若い店主は立ち尽くしたまま、涙を流していた。それはあの時以来の涙であったかも知れない。いつのまにか足もとにランスロットが座っていた。立ち尽くす飼い主をまっすぐに見上げて。そして背伸びをし、その丸くなった背にて、飼い主の纏いし長衣の裾に、そっと触れた。



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