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幸せとは何か?(2)  作者: hiro
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今、幸せを感じられない人へ

現在の私が、独身となった介護福祉士として働く一女性だ。

タイトル通り、今までの経緯を簡潔に述べてから幸せについて語ろうと思う。

若かった頃の私の時代は、仕事はそこそこあったが徐々に不況が押し寄せる状態だった。現在に比べれば状況はまだよかったのかもしれない。

 今の若い方たちと働いていると、特に感じるのが生まれ育たった時代の違いからくる価値観、意欲、夢など…

ボーナスが出たから全部使って○○を買おう。積極的に仕事をして、いつかは役職につこう。夢のために、一筋に突き進もう。という私たちの世代では当たり前のように会話に出てきたワードはほとんど聞かれず、ボーナスが出ればラッキー。出てもほとんど貯金に回そう。そんなに頑張っても昇給は見込めないんだから、マイペースで仕事をこなそう。夢を持っているが、出資するお金もないし、親も助けてくれない(助けてもらえる状態ではない)出資してくれない等で半ばあきらめながら、それでも迷走して頑張っている。地味に頑張っている感じが見受けられる。

 そんな話を、親の目線から見ているのだが、とてもかわいそうに思えてしまう。これも時代のせいなのかと思わざる負えない。

それでも、一歩ずつ歩もうとしている若い人たちを私は応援したいわけだが、まず何のために生きているのかを少しでも考えたことがあるのだろうか?

親の勝手から生まれたわけだが、生まれ育った環境はそれぞれだと思う。そこから自分が生きている意味とか、自分の存在を自己評価しながら大きくなってきたと思う。自分の人生は決められてないし、それは自由だ。しかし生きるというのは本当に大変だ。毎日楽しいことは待っていないし、自分で作り出すほかない。なかなか楽しい日々は続かないし、苦しい日々のほうが多い。友達がいても肝心な時に助けてくれる存在はごくわずかだ。要は自分自身が強くないと生きていくのは本当に険しい道のりだ。それでも、心臓が動く限り生きることができる。それをあきらめて命を落とす選択をする人もいる。誰かに、自分という存在を受け入れてもらったときに生きている意味を感じることが多いかもしれない。

しかし、生きている意味は決してその誰かではないと思っている。他人の評価は気になると思うが、そんなことは自分を奮い立たせる要素の一つに過ぎないと思う。

せっかく親からもらった命を、自分のペースで生き抜ければそれでよいのではと思う。生き方は様々だが、最後は自分で決めるのだから、自分で納得しているのならそれでよい…

 私流でいうと、私は落ち込んだり、悲しかったりすると必ず、自分より苦境に立たされている人達のドキュメンタリー映画、ノンフィクションな話を見たり聞いたりして奮い立たせてきた。世の中には、知れば知るほど残酷な人生を送っている人たちがいるから…

そこから、明日は明日の風が吹くと思って、常に新しい風だって思って生きている。幸せはそこから生まれてくるはず…


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