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8. 噂

読んでいただき、ありがとうございます。

 最近になって、オルベルト王国の噂が届くようになってきた。やはり距離が離れているので情報伝達に時間がかかるようだ。

 なんでもオルベルト王国王太子は婚約破棄をしたが、行方不明になった元婚約者を探しているらしい。国中におふれを出し各地で検問を行い、自らも騎乗し各地を探し回っているらしい。


 そんなに私を修道院に行かせたいの?

 背筋が凍る。なぜそこまで憎まれるのか。あの卒業式までは割と良好な関係だと思っていたが、私がそう思っていただけで、殿下にとってはそうではなかったのだろう。

 カーリーやマルチネにしてもそうだ。私は偽証されて罪を着せられた。彼女達を友達だと思っていたのは私だけだった。私は気がつかないうちに人を傷つけて恨まれているのかもしれない。そう考えて自分が怖くなる。もう泣きそうだ。


 落ち込んだ気持ちのまま薬草をすり鉢に入れてすり潰す。魔法ですると早いのだが、魔力を込めてすり潰すと効能が上がるらしく、この工程は手作業でしている。


 今日は街へ行こうと思っていたが、止めておこうか。いやもういっそ家に引きこもりたい。薬草と林檎だけを食べて暮らしていくのもいいかもしれない。そうすれば人と会わなくて済む。


 悶々と考え込み、すり鉢の中の薬草はすっかり粉状になっている。

 殿下がここを見つけることはないだろうが、どこかもっと遠くへ逃げたくなる。


 ふぅっとため息をつき、薬草を練り合わせて瓶に詰める。今日はこの薬をどうしてもダナーへ届けなければいけない。


 籠に瓶を並べていく。私の気持ちとは裏腹に外は太陽が輝き眩しい。

 ようやくここでの生活も慣れて、過去を忘れられそうだと思っていたのに。


 いつものパンツルックにマントを羽織りフードを被る。転移魔法でダナーの店の裏に着き、陰から出て店の入り口から中に入る。


「よお、アグリ!待ってたよ。できたか?」


 早速ダナーが手を挙げて声をかけてくる。


「少しですが、できた分を待ってきました」

「助かるよ。客からまだかってせっつかれてね」


 私は籠ごとダナーへ渡す。

 ダナーは籠の中の瓶を持ち中身を確認している。

 私がどうしても今日届けなければいけなかったもの、それは毛生え薬だ。


「よし!またできたら持ってきてくれよな」


 代金と籠を受け取りながら私の心境は複雑だ。最近、この毛生え薬の需要が高まり、こればかり作っているのだ。悩みは人それぞれだし、欲しい人の気持ちもわかるが、私としては他の薬も作りたい。


「そうだ、知ってるか?今日、オルベルト王国から魔獣討伐の騎士隊が来るらしいぞ」


 ビクッと震えてしまう。


「えっ、オルベルト王国からわざわざこの街に?」

「オルベルト王国に聖女が結界を張っただろう、それで魔獣が周辺国に増えてしまったから、それを討伐協力するためだそうだ」

「でもこんな離れた場所に影響があるんですか?」

「さあな。なんでも北の森に行くらしいぞ。あそこは強い魔獣がいるからな。倒してくれるならありがたいが」


 北の森って私の山小屋がある森よね。

 そんなに強い魔獣がいるのか。

 というか、あの森に入って山小屋を見つけられたら困る。

 山小屋は森の中心部にあるが、そこまで騎士隊が来たらどうしよう。

 隠蔽魔法を使って山小屋周辺一帯を隠して引きこもるしかない。

 そうと決まれば早く帰って準備しないと。


「ダナーさん、それじゃまた」


 挨拶もそこそこに帰ることにする。

 急いで店から出ると、遠くに黒い集団が見える。あの服には見覚えがあるような。よくよく見てみると、黒の詰襟に肩章には金のふさがついている。腰から剣を下げロングブーツを履いている。


 あれはオルベルト王国の騎士服?

 もう着いてるの?


 焦って籠を取り落としてしまう。その時、一人の男がこちらを振り向いた。その男と目が合ったような気がする。しばらくお互い動かない。


 間違いない。

 私が見間違えるはずがない。

 あれは殿下だ。


 私はそっと籠を取り歩き出す。振り返らないように店の陰に入る。


 なぜ殿下が?

 なぜこんな遠くへ?

 気づかれた?

 大丈夫のはずだ。

 フードを被ってるし気づかれる訳がない。


 後ろから誰かが走ってくる足音が聞こえるような気がするが、私はすぐ転移魔法で姿を消した。


 山小屋に戻ると外から山小屋の周りに隠蔽魔法を張る。心配なので二重に張っておく。

 マリアの結界があるが魔獣よけなので人間には効かないかもしれない。

 家に入っても落ち着かない。


 どうして殿下がこんな辺境まで来ているの?

 もしかして私を探しに来た?

 そんな訳がない。

 私がここにいるのが分かる訳がない。


 顎に手を当ててウロウロと家の中を歩き回る。

 騎士隊はいつまでいるのだろう。

 その間はここに引きこもって出ないようにしないと。


 水を飲もうとコップを持つ。しかし水が溜まって来ない。いつもならマイルがすぐに水を満たしてくれるのに。


「マイル?」


 どこかに出かけているのか?

 再契約してからは割と側にいたので心配になる。

 もしかして隠蔽魔法をかけたので家が分からなくなった?

 家の外に出て呼びかけるが姿を現さない。

 とりあえずもう少し待ってみようと家に入る。


 何かしようとしても手につかない。

 よくよく考えると私にはもう、ここ以外に行く所がない。他の全然知らない土地に行って一人でやっていける自信がない。この家には祖母の知識と思い出がある。ここを出たくない。


 椅子に座り机に突っ伏す。

 とりあえず数日我慢すればいい。

 そうすれば彼らは自分の国へ帰るだろう。


 人を呪ったからかもしれない。

 だから私は幸せになれないのかも。

 殿下と聖女の婚約をまだ聞かないのは呪いが発動してるからだろう。


 私は重たい頭を上げ、手に魔力を集める。

 あの時は感情のまま呪いをかけたが、自分の気が済んだらいつかは解こうと思っていた。

 呪いの解除を手の魔力に込め、解き放つ。

 またしてもキラキラ輝く塊が浮かび上がり、窓から外へ消えていく。


 なぜか涙がぽろりとこぼれた。

 これで終わりだ。

 私の恋は終わった。


 さっきより落ち着いてきた。

 窓からだいぶ傾いた陽が見えて、家の外に出て洗濯物を取り入れる。

 昼食を食べていなかったことに気がついたが食欲がない。


 お風呂に入り簡単な夕食をとる。

 マイルはまだ姿を見せない。精霊が普段どんな暮らしをしているのかもっと調べておけばよかったと後悔する。


 寝床に入り明日からのことを考えてため息が出る。

 引きこもりたいとは思っていたが、強制的にその状況になると外に出たくなる。


 なかなか寝付けず何度も寝返りうち、ようやく微睡んできた時、玄関扉が乱暴に開けられる音が響いた。

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