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6. 街へ散策

読んでいただき、ありがとうございます。

 翌朝、またしてもよく眠れた私は伸びをしながら朝の支度をし簡単な朝食を取る。


 さっと溜まった洗濯物を(魔法で)洗濯してしまう。

 魔法で乾かしてもいいが、せっかくいい天気なので外干しだ。鼻歌を歌いながら公爵邸から着てきたワンピースを干しているとポケットに何か入っている。取り出すと濃紺のリボンだった。

 なぜリボンが?

 一瞬悩み、やがて思い当たる。

 公爵邸に最後に行って着替えた時にリボンを解いた。無意識にポケットに入れたのだろう。

 このリボンも殿下からの贈り物だ。暗い気持ちになりリボンを見つめる。よく見ると小さなサファイヤが散りばめられている。売れないかしら、これ。



 今日は街へ行くつもりだ。

 衣装部屋の扉を開け、どの服にしようかとドレッサーにかかる衣装を眺めながら歩く。女性ものだけではなく男性もの、子供服まである。かつらやメガネまで多種多様に置かれている。しばらく悩み、履きやすそうな少しゆったりした黒いズボンに白いシャツを着る。公爵令嬢だった時は乗馬以外でズボンを履くことはなかったが、前世の私は好んでズボンを履いていたので違和感はない。ロングブーツを履きズボンを中に入れる。

 髪を黒いリボンで一括りにし、フードのついた短いマントを羽織る。姿見に映して確認すると、はちみつ色の髪が浮いている。少し悩み髪と瞳の色を魔法で変える。黒や茶色はある人を思い出すため嫌だったが、目立たないためには仕方がない。茶色の髪と瞳の私は先ほどよりこの衣装に合っている。平均より長身でスレンダーな体は髪を短くすると男の子に見えなくもない。


 そうだ、髪を売れないだろうか?

 以前、王都を散策していた時に理髪店の張り紙に髪を買い取ると書いてあった。あれはどういうことかと従者に聞くと、髪を買い取りかつらを作るのだろうと言っていた。

 公爵令嬢として手入れを欠かさず艶のある髪も、今の私には無駄に手がかかるだけになってしまった。


 斜めがけの鞄を肩にかけ、隣の部屋から薬草の束を取り紙に包み鞄に入れる。


 フードを被り転移魔法を使う。


 森の近くの港町は海を隔てた南の国と交易が盛んで、ひっきりなしに大型の船が行き来している。

 一度祖母と来たことがあるため転移も正確にできる。大体の位置を把握してもできるが、間違うと海のど真ん中ということもあるため注意が必要だ。


 さすが港町、真っ黒に日焼けして鍛えた男たちが大きな荷物を担いで行き交っている。馬車も走り、路肩には露店が沢山立ち並ぶ。


 私は転移した建物の陰から出て、陽の光の眩しさに目を細める。

 人混みに紛れて辺りを散策する。祖母と来たのは随分前だが、あまり変わらない街の姿だ。港から街の中心にかけては階段が多く白い壁の家々が縦に連なるように広がり一種の要塞のようにさえ見える。


 港の露天を見て周り、大体の物価を確認していく。

 パンは100セリくらいだ。前世の円の価値とほぼ同じと考えながら換算することにする。しかしものによっては、こんなものがこの値段?というものもあったりする。


 物の価格が分かっても、何よりまずはお金が必要だ。

 港を離れ階段を登り街の中心へ向かう。左右の白い壁を見ながら階段を登っていく。時々、色とりどりにはためく洗濯物が吊るされ、白との対比の美しさ思わず笑みが漏れる。

 貴族令嬢は体力がないと思われがちだが、普段から何曲も激しいダンスを練習し、舞踏会では子どもの重量はありそうな重たいドレスを身に纏い背筋を伸ばし長時間立ち続ける。結構体力があると思う。


 入り組む階段を登りふと振り返ると、太陽の光を照り返し白く光る船をいくつも浮かべた深い青い海の色と、どこまでも透き通った空の水色が地平線で重なり合い、しばし見とれてしまう。


 祖母とは港を少し散策しただけなので、この景色は初めて見る。後ろから人が来て狭い階段を止まっていては迷惑になると再び歩き出す。


 ようやく街の広場に辿り着く。広く開けた場所には店が立ち並び、ここにも多くの人が行き交っている。中心には噴水があり市民の憩いの場でもあるようだ。


 薬草を売りたいがどこで買い取ってくれるだろう。適正価格もわからない。

 しばらく店を眺めながら歩くと、あの張り紙を見つけた。


 "髪買い取ります"


 緊張しながら店の扉を開ける。中は半分が理髪店、半分が衣料品を扱っているようだ。


「いらっしゃいませ」


 優しそうな笑顔のふくよかな30歳半ばの女性が声をかけてくれる。いい人そうだと安心する。


「あの、髪を売りたいのですが」


 と言いながら店の窓に貼ってある紙を指差す。


「はいはい、ではフードを取って見せてもらえる?」


 フードに手を伸ばし、髪色を変えていることを思い出す。魔法で色を変えているが、その魔法がいつまで続くのか分からない。売り物にするなら一度元の髪色に戻した方がいいかと魔法で戻す。そしてフードを取る。


 一瞬、私を見て女性は動きを止める。

 そして、眉を下げて気遣うように言う。


「とても綺麗な金髪だけど、本当に売ってしまっていいの?あなたは貴族でしょう?」


「私は貴族ではありませんし、長い髪も必要ありませんから。

 あの、売れませんか?」


 この服装にすっぴんなのに、どうして貴族だと思ったのかわからないが、当面の収入として売れないと困る。


「そう...、後悔しないわね?」


 女性は念押しして私に確認してくる。

 私が力強く頷くと、観念したように、


「じゃあ、ここに座って」


 と理髪用の椅子を勧める。

 私が座ると首にタオルを撒きながら、


「本当にいいのね?」


 とまた聞いてくる。私は苦笑しながら、


「はい、大丈夫です。よろしくお願いします」


 と頭を下げる。


「できるだけ長く切った方が値段が上がるんだけど、肩下くらいの長さでいい?」


 女性は髪を一房持ち、前に流して指で長さを指し示す。


「もっと短くても大丈夫です」


 髪はまた伸びるし、できるだけ高く買って欲しい。

 女性はまた眉を下げると、


「じゃあ、もう少し短くするわね」


 と肩上を指し示す。

 私が頷くと、髪を丁寧に解き下の方を紐で縛ると、先ほど指し示した長さに鋏を入れる。


 ジョキっと切られた瞬間、痛くないはずなのに何故か痛みを感じたような気がして思わず鏡の中の切られた髪を見る。肩上になった一房が頬にかかる。女性は迷いなく真横に切っていく。


「毛先は後で揃えるわね」


 最後の束を切り終え、反対の頬にも髪がかかる。鏡の中の私は少年にも思える。髪の印象だけで随分変わるものだと凝視してしまう。それにしても頭が軽い。肩も軽くなったようだ。


 女性は髪の束を持ち机に乗せ、


「この長さならいいカツラができるわ。最近金髪の需要が高いのよ」


 とカラッと笑う。

 そして毛先を丁寧に鋏で整えてくれる。


 タオルを外され立ち上がって改めて鏡の中の自分見る。

 うん、少年だわ。


 もう昔の私には戻れないんだと改めて感じて、少し悲しい気持ちになるが、これでいいんだと心を奮い立たせる。


 売値は思ったより高かった。相場が分からないのでこんなものかもしれないが、思わぬ収入に頬が緩む。


「ありがとうございました」


 お金を受け取り店を出ようとして、


「あの、薬草を買い取ってくれるところはありませんか?」


 地元のことは地元の人がよく知ってるだろうと、女性に聞いてみる。


「薬草?それなら左隣のダナーさんの店がいいわよ。あそこはちゃんと査定してくれるから」


 なんと左隣にあるのか、今日はついている。


「ありがとうございました」


 もう一度お礼を言って店を出ようとすると、


「あなた、最近ここへ越してきたの?なんか困ったことがあったら力になるから相談にいらっしゃい。私はベティっていうのよ」


 と声をかけてくれる。

 優しい言葉をかけてもらえて、辛いことが続いてたのもあり思わず涙が出そうになる。


「また来てもいいですか?私はアグ...アグリです」


 ペコリと頭を下げて店を出る。


 魔女としては人との繋がりをあまり持たない方がいいのかもしれないが、やはり一人では寂しすぎる。


 フードを被り髪色を再度茶色へ変えて、左隣にある店の前へ行く。看板には薬・魔石と書かれている。覚悟を決めてドアを開けると、馴染みのある薬草の匂いがする。


 店の壁には棚がびっしり置かれて所狭しと瓶や缶が並んでいる。何人かお客さんがいて品物を探している。

 奥にカウンターがあり40歳くらいの男性がお客さんと話している。買取り用のカウンターは無いようなので話が終わるのを待つことにする。店員は一人なのであの男性がダナーなのか。

 ショーケースを覗くと魔石が並んでいる。私が割ってしまった魔力を抑える魔石も置いてあり、値段を見て驚く。祖母がくれたものだったがこんなに高価なものだったとは。全て与えられるだけで物の価値を理解できていなかったと落ち込む。


 やがてお客さんが去り、カウンターが空いたようなのでダナーに声をかける。


「すみません、薬草の買い取りしていると聞いてきたのですが」


 ダナーは私を見るとフードを覗き込み、


「あんた魔女かい?」


 と言った。

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