49. 最後の戦い
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私の前には殿下がベッドに横たわっている。
横にはKが立ち私と同じように殿下を見下ろしている。
「シオン様...」
私はそっと殿下の額に触れる。とても冷たい。
顔色は青く、とても痩せてしまっている。
こんな姿を見ると涙が溢れてくる。
殿下の瞼が僅かに動き、やがて目が開く。
「シオン様」
殿下は私の姿を目で捉えると薄く笑う。
「アグネス、戻ってきたね」
「はい、戻ってきました」
その時、部屋のドアが開く。
「うわ!誰だ?...アグネス嬢?君がどうしてここに?」
扉を開けたのはラナンだ。
「ラナン様、お久しぶりです。突然来て申し訳ありません」
「いや、...それより君の隣にいるのはなんだ?」
「彼はKです。私の友達です」
「Kです。よろしくお願いします」
「人間ではないな。どうなってるんだ?......あ?!殿下!目が覚めたのですか?!」
ラナンは殿下の側に駆け寄る。
「殿下、お許しください。私が飛び降りるように言ったばかりに、こんな怪我をさせてしまって。魔術を発動するのが遅くなり殿下の体を受け止めきれませんでした」
「いや、ラナンが教えてくれなければ、私は自分が幻覚を見せられていることに気がつかなかっただろう」
「殿下、生きていてくださって本当に良かったです」
ラナンは目を赤くしている。殿下をずっと看病していたのだろう。侍女が入ってきてラナンが指示を出す。
「ラナン様、オルベルトは帝国に制圧されたと聞きました。今、陛下はどこにいるのですか?」
「陛下は地下牢におられる。殿下が亡くなられたと聞いて、帝国の怒りを買ったのだろう」
「どうしてシオン様が亡くなられたことにしたのですか?」
「殿下は陛下に薬を盛られていた。宮廷医師に確認したところ、相当強力な幻覚剤だったようだ。このまま陛下のそばに置くのは危険だと判断して、殿下が落ちた時に土塊を身代わりにし、殿下の身をここに隠したんだ」
「そうだったのですね。ここは、ラナン様のお邸ですか?」
「...君はここへどうやってきたんだ?そうか君は魔女だもんな。そうだ、ここは私の邸だ」
殿下に盛られた幻覚剤はそんなに強力だったのか。なぜそこまでしてサリタと結婚させたかったのか。
結局、帝国に攻め込まれて実権を握られてしまった。
「シオン様、しばらく体力を戻してから、陛下に会いに行きましょう」
「いや、すぐに行けるよ」
「起き上がれますか?」
「......無理なようだ」
殿下は自分の体が思ったより弱っていることに気づいたようだ。
「私が薬を作りますから、ゆっくり休んでください」
「アグネス、絶対一人で動くんじゃない、いいね?」
「はい、今度は絶対離れません」
サラへ魔法郵便で、こちらへ戻ってきたこと、知らせてくれて感謝していると送った。
それから殿下の体力が戻るまでラナンの邸で世話になり、ようやく医師の許可が降りたのはニ週間後だった。
「アグネス、おまたせ。じゃあ、行こうか」
「はい」
私と殿下、人間の姿のKは城へ向かう。門の前に転移し門の衛兵へ取り次ぐと、既にラナンから話がいっているのだろう、すぐに中に通される。
王の執務室へと通され、久しぶりにユリウスに会う。
「兄上、お元気になられて本当に良かったです」
「ユリウス、心配をかけてすまない。僕はもう大丈夫だ」
「アグネスも久しぶりだね」
「ユリウス様、ご無沙汰しております」
ユリウスは変わらない笑顔を見せてくれる。
「父上が兄上に薬を盛るなんて考えてもいませんでした。僕は兄上に会わせてもらえず、気付くことができませんでした。申し訳ありません」
「お前のせいじゃない。悪いのは父上だ。今から父上に会えるだろうか?」
「はい、ですが、父上は少し...」
「なんだ?」
「...少しおかしい発言をするかもしれません」
「おかしい?」
「会えばわかると思います」
私達はユリウスに連れられ地下牢へと向かう。
地下へ続く階段を降りて行くと冷えた空気に身震いする。
一番奥の房の扉が開けられると、中に陛下が簡素な囚人服を着せられ、ベッドに横になっている。
私たちに気がつくと起き上がり、虚な瞳でこちらを見る。
「シオン、生きていたのか!これで我が国も安泰だ!サリタ王女と結婚してイスタン国と共に帝国へ攻め込むぞ!さあ、私をここから出すんだ!」
いきなり目を見開き捲し立てる陛下に、今までの面影はない。
「...父上、どうして私に薬を盛ったのですか?」
殿下は悲しげに陛下に聞く。
「薬?あの薬か?サリタ王女はどこにいる?早く彼女に会わないと」
「父上、あの薬は誰から手に入れたのですか?」
「サリタ王女を呼んでこい!彼女がいれば大丈夫だ!早く連れて来い!」
ユリウスも聞くが、目線も合っていない。
「父上はいつからこの状態に?」
「兄上が死んだと聞いた時からです」
「何をしている!早くサリタ王女を呼ぶんだ!帝国が攻めてくる!」
何かおかしい。どうしてサリタの名前ばかり呼ぶのか。
「シオン様!」
後ろから声がして振り返ると、サリタが階段を駆け下り走ってくる。
「ああ、本当にシオン様!生きてらしたんですね!」
サリタは駆け寄って殿下に抱きつこうとする。しかし殿下はそれを避ける。
「シオン様?」
「サリタ王女、久しぶりだな」
「シオン様が生きて帰ってこられたと聞いて走ってきたのです!ああ、お会いしたかった!」
またサリタは殿下に手を伸ばすが、殿下はそれも避ける。
「シオン様?どうして?」
「私はずっと薬を盛られて幻覚を見せられていたんだ。すまないが君と結婚はしない」
「嘘です!私を何度も愛していると言ってくれたではありませんか!」
「アグネスを愛していると言ったんだ」
「でも私の目を見て言ってくださいましたよね。それに何度も抱きしめてくださいました」
「それもアグネスだと思っていたからだ」
私の手が冷たく冷えていく。私だと思っていたとしてもサリタを抱きしめていたのは許せない。
「それにキスだって!」
「キスはしていない!なぜかできなかった。ほんとだ、アグネス」
殿下が私を見て必死な顔で訴える。
その時、やっとサリタは私を見る。
「また、あなたなの。何度も私の邪魔ばかりするのね」
突然口調の変わったサリタに寒気がする。
今まで気がつかなかったが、微かにサリタから魔力を感じる。
「あなた、魔女ね?」
「今頃気がついたの?そうよ。私も魔女よ」
サリタは懐から大きな魔石のペンダントを取り出す。
「興奮して魔力が漏れてしまったわね。でももういいわ。始めからこうしておけば良かった」
サリタはペンダントを外すと、いきなり手を振り上げ魔法を放つ。
「きゃあ!」
私は吹き飛ばされるが、殿下が抱き止めてくれる。
「サリタ王女、なんてことを!」
「殿下、私達は結婚したのですよ?まだその女に未練があるのですか?」
「お前と結婚などしていない。私はお前など愛していない!」
「そんなはずないわ!私に優しく微笑んでくれたではありませんか?」
「友好国の王女だからだ。それ以上の気持ちはない」
「そうです!私は友好国の王女です!そんな女より私の方があなたにふさわしい!」
サリタは当然のように言う。今まで話したことはなかったが、彼女はおかしい。
「あなたなのね?陛下を唆したのは?」
「なんのこと?」
「陛下はあなたの名前ばかり呼んでいたわ。あなた、陛下に呪いをかけたのね?」
「呪い?」
「陛下の不安を煽り帝国と敵対する呪いをかけたのね。自分が殿下と結婚するために。殿下に薬を盛ったのもあなたね」
「呪いなんかかけてないわ。ただお願いしたのよ。私と殿下を結婚させてほしいって」
私は陛下のそばに行くと手をかざす。幾重にも絡まった呪いが掛けられているが、なんとか全てを解く。
「あ、ここは?」
「陛下、大丈夫ですか?」
陛下はやっと私の目を見る。やつれてはいるが目に力が戻っている。
「ああ、私は何をしていたんだ?」
「父上、元に戻られたのですね」
ユリウスもやってきて陛下を支えて立たせる。
牢を出てサリタと向き合う。
「陛下、私とシオン様を結婚させるとおっしゃいましたよね?」
「そんなことは言っていない。シオンはアグネスと結婚させる」
「そんな!私がいないと帝国に滅ぼされますよ?」
「帝国と敵対はしない。友好条約も結び直す」
「どうして?やっとシオン様と結婚できると思ったのに。また最初からやり直しね」
サリタが手に魔力を溜め始めるのを見て、私も魔法を放つ。サリタは後ろに吹き飛ばされ、壁に背中からぶつかると床に崩れ落ちる。素早くKがサリタを後ろから取り押さえる。
「何をするの!離しなさい!」
魔法を放とうとするが、魔力がKに吸い込まれていく。
「魔力は俺の動力になる。好きなだけ魔法を放てばいい」
サリタは魔法が使えず暴れていたが、やがて大人しくなる。
「こんなことをしてタダで済むと思っているの?私はイスタン王国の王女なのよ!」
「お前はオルベルト国王に呪いをかけ、王太子に薬を盛った。それだけで処刑できる」
殿下がサリタを見据えて言う。
「そんなこと、できるはずがないわ!」
「彼女は俺が引き受けよう。元の世界へ送り返す」
Kが思わぬことを言う。
「元の世界では魔法は使えない。大人しく過ごすんだな」
「何を言っているの!やめて!」
Kの体が光り始め眩しい光を放ち、サリタと共に消えた。




