47. 神様のおまけ
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その言葉に私は思わず立ち上がる。
「帰るなら夏目君一人で帰って。私は自分の意志でここに来たの。もう向こうに行くつもりはないわ」
玄関へ向けて歩き出す私を夏目が前に出て阻む。
「渡辺はシオンが好きなんだろう?俺じゃダメなんだ。向こうに戻って今度こそ、どこか遠くに行って二人で暮らそう」
もうダメだ。涙が溢れてくる。
「私はシオン様が好きだったんじゃないわ。あなたの心に惹かれていたのよ。入れ物になんかじゃないわ!」
私は夏目の脇をすり抜けると玄関に走る。靴を持ちエレベーターに乗る。もう頭がぐちゃぐちゃだ。
あの光景が頭に浮かんでくる。サリタに幸せそうに笑う殿下、バルコニーから身を乗り出して落ちて行く殿下、血を流して動かない殿下。
思い出さないように、深い深い場所に沈めてたのが一気に浮かんでもうダメだ。
エレベーターを降りるとマンションを出て走り出す。行き交う人が見ているが構わない。
「危ない!」
腕を掴まれ引き戻される。
目の前を車が走り抜けていく。
横を見ると肩で息をする夏目がいる。
私は足の力が抜けて、その場に座り込んでしまう。
「渡辺、俺が悪かった。俺が悪かったよ、ごめん」
夏目も座り込み私を抱きしめる。
「...酷い、酷いわ。私、ずっと待ってて、辛かったのに」
もう涙が止められない。ずっと抑えていた、深く沈めておかないと苦しくて息もできなかった感情が全部流れ出す。夏目に縋り付いて泣いてしまう。
しばらくして落ち着いてくると、歩道の真ん中で泣いてたことに気づき恥ずかしい。
夏目は私を立ち上がらせてくれる。隣には人間の姿のKもいる。
「もう遅いから帰った方がいい。家族も心配するだろう」
Kが私を促す。もう日が落ちて辺りが暗くなり始めている。
「送るよ」
私達三人は歩きだす。私の手を夏目がしっかり握ってくれている。
「でも、手紙くらいくれてもよかったんじゃない?」
「何度も手紙を出しただろう?」
「受け取ってないわ」
「くそっ」
夏目は悔しそうに路肩の石を蹴り上げる。手紙も王によって握りつぶされていたらしい。
「渡辺、俺はもう向こうへは帰らない。ずっとこっちで渡辺と一緒にいたい」
「うん」
「ずっと一緒にいよう」
「うん」
夏目が嬉しそうに笑う。その笑顔が殿下と重なり少し胸が疼くが考えないようにする。
家の前に着くと、Kは一緒に中に入ろうとするが夏目に止められている。
「Kは俺と来るんだ」
「仕方ないな」
「俺のセリフだ」
二人は言い合いながらも楽しそうだ。
「じゃあ渡辺、また明日な」
「うん、夏目君、K、送ってくれてありがとう」
部屋に入って顔を見ると目が腫れて酷い顔だ。
でも気持ちはだいぶすっきりしている。
なんとかテストを乗り越え、もう少しすると夏休みだ。来年は受験なので楽しめるのは今年まで。
「夏目君は二学期から理系クラスだよね」
「......俺も文系にしようかと思って」
「え?なんで?」
「前から経営学にも興味があっんだ。金鉱で金の取引をするときも、もっと知識があったらって思ってたから」
「...そう。でもこっちで金鉱は無いんじゃないかな?」
「金鉱を持たなくても経営学は役に立つよ。それに香織と同じ授業を受けられるし」
「もしかしてそんな理由で、」
「違うよ!それだけじゃない」
夏目はバツの悪そうな顔をしている。
Kが私を香織と呼ぶので、最近は夏目も私を香織と呼ぶようになっている。
「本当にいいの?後悔するんじゃない?」
「後悔しないためだよ」
「...ならいいけど」
もう夏真っ盛りで蝉の声が聞こえている。授業も短縮になり昼の暑い中、歩くのは辛い。
「香織、今日も来るだろ?」
Kが夏目の家にお世話になってから、毎日のようにお邪魔して一緒に勉強をしている。
「うん。じゃあお邪魔します」
「Kは充電がほとんど終わったと言ってたよ。もうすぐ帰れるらしい」
「そうなの、良かった。未来に帰るのよね?」
「多分そうじゃないか?」
夏目のマンションに着くとクーラーが効いていて涼しい。Kが帰る前につけていてくれたらしい。
「夏目、香織、おかえりなさい」
「K、ただいま。もうすぐ未来に帰れるの?良かったわね」
Kはじっと私を見つめている。どうしたんだろう。
「もしかして帰りたくないの?」
「私はもう少しここにいたいです。でもいつかは帰らないといけません」
「私もKが帰ると寂しいけど、真理子が待ってるんじゃないの?」
「真理子は私を待っています。私が行かないといけないのです」
その言い方に何か引っ掛かる。
「もしかして、未来で何かあるの?」
「未来のことは話せません」
「2078年7月5日に何かあるのね?」
「...私は最後に旅行をしていいかと真理子にお願いしました。私はロボットですが、人の心が知りたいと思っていたからです」
「最後って?」
夏目がKの腕を掴む。Kは夏目を見下ろすと、掴まれていない手を夏目の腕に添える。
「真理子は私に心を持たせようとしました。人の思いが分かり役に立てるようにです。でもそれが私を苦しめています。私はもっとあなた達といたいです」
「じゃあ、もっとここにいたらいいじゃないか」
「でも、ここにいる時間が長くなるほど別れが苦しくなります。これが心でしょうか?」
「そうよ。それが心よ」
「そうですか。私も心を持てたのですね」
Kは夏目の腕を離す。
「真理子が待ってますので、もう行かないといけません。夏目、香織、ありがとうございました」
「そんな!まだここにいたらいい。俺もいてほしい」
「これ以上いると帰りたくなくなりそうです。最後にあなた達と出会えて良かった」
Kの体が光り出す。眩しい光に思わず目を瞑る。
「K!」
「待って!」
光が収まるとそこにKの姿はない。
「...そんな」
二人で呆然とKのいた場所を眺める。
どうして気が付かなかったんだろう。Kは心を持ちたかったんだ。
「香織」
泣く私を夏目が抱きしめる。夏目も辛そうな顔をしている。この二週間二人で暮らしていた夏目の方が辛いだろう。こんな突然の別れなんで酷すぎる。やっぱり真理子は酷い。
2078年に何があるのか。おそらく私が生きている間にその日は来るだろうがその日までまだまだだ。真理子は今ここに生まれているのだろうか?会えたとしても私の欲しい答えは今は聞けないだろうが。
夏休みになっても毎日、夏目と会っている。Kと別れて二人とも寂しい日々を紛らそうとしている。
「両親のお墓参りに行ってこようと思ってるんだけど、香織も一緒に来てくれないか?」
「うん。お墓はどこにあるの?」
「千葉なんだ」
夏目は日本で両親を亡くしているから、むこうの世界では親を大切にしたかったのかもしれない。今更ながらそのことに気づく。息子に薬を盛るような、とんでもない父親だったけど。
「夏目君、これからは私がいるからね」
「香織」
「でも浮気したらもう絶対許さないから」
「う、浮気なんかしてない!」
私はあちらの方を向く。
「俺は香織だけだ。香織が好きだ」
「......そう、ありがと」
急に告白されて赤面する。
「そういえば香織に好きって言われたことないな」
「そんなはずないよ」
「アグネスはあるけど香織はない」
「どちらも私でしょう?」
「俺は香織にも言われたい」
何その無理矢理言わせようとする感じは。
「い、今は無理」
「なんで?」
「そういうのって気持ちが大切でしょう?無理矢理言わされるものではないわ」
「無理矢理?やっぱり香織は俺が好きじゃないんだ」
「好きだけど!でも、」
「好きなんだ」
「あ」
夏目はしてやったりな顔をして笑っている。悔しい。
「もう一生言わない」
「え!ごめん!」
こうして日本で過ごす毎日が普通になって、無かったはずの時間が戻ってくる。不思議な気分だけど、これは神様がくれたおまけなのかもしれない。だから、このおまけを大切にしていこうと思う。
「そういえばゼルはこっちで大丈夫なの?」
「ああ、ゼルは元々影に住んでいるから、こっちでも快適みたいだよ」
「それなら良かった」