45. 再び現実世界へ
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目が覚めると、あの神社の後ろに倒れている。辺りを見回すが誰もいない。空に渦も無い。
戻ってきたんだ。
立ち上がり服の土をはらうと階段の方へ歩いていく。まだたくさんの人が階段を登っている。私は降りる人の波に乗り、長い階段を降りて行く。
下に着くと振り返り上を見る。大きい鳥居が聳えて倒れてきそうな錯覚を覚える。
電車に乗り家に着くと、ラッキーが尻尾を振り出迎えてくれる。
「おかえり。ご飯は?」
母が声をかけてくれる。時計を見ると7時だ。
「食べてない。何かある?」
「カレーがあるから温めるわね」
「うん。着替えて来るね」
私は急いで部屋に戻ると机の上にあった手紙を破り捨てる。
電気もつけてなかったから外の街灯の灯りだけで部屋が暗い。
カーテンを閉めて電気をつけ、着替えようと箪笥を開けた時、部屋に光が走る。
あまりの眩しさに思わず腕で目を塞ぐ。
光が収まり腕をゆっくりずらすと部屋の中に人が立っている。いや人じゃない。
「...K?」
もうあまりに色々なことがありすぎて頭がショックでおかしくなったのかもしれない。
しばし呆然と部屋の真ん中に立つKを見つめる。
これは現実か?
手を伸ばしKに触る。
腕に触れると金属の硬質な感覚がする。
Kは透明なガラスの瞳で私を見つめている。
「...なぜここに」
「あなたの渦の軌道を追って来ました」
Kは淀みなく話す。
「...なぜ?」
「私は異世界間を行き来しています。同じ仲間だと思って来ました」
「仲間」
「あなたは異世界間を渡ることができます」
ちょっと待ってほしい。色々整理させてほしい。
「まず、あなたは、Kよね?」
「そう呼ばれています」
「あなたを作ったのは、真理子?」
「田中真理子です」
「真理子は今どこにいるの?」
「ここより先の未来です」
「何年?」
「未来のことは過去の人間には話せません」
どうやらセーフティネットがあるらしい。Kは相変わらず、私を見ている。
「じゃあ、2078年7月5日に何があるかも教えられない?」
「はい」
「あなたは、時間も行き来できるのね?」
「はい」
真理子はとんでもない天才だ。
「真理子があなたを作った目的は?」
「それもお答えできません」
沈黙が落ちる。どうしようか。
「私は、異世界間を行き来できるわけじゃないわ。もうあっちへは戻れない。ここで一生を終えるのよ。だからあなたの仲間ではないわ」
「あなたはまたあちらの世界へ行けます。あなたの細胞にはそれが組み込まれています。動力が必要ですが私が動力になります」
「...いいえ、私はもうあっちには戻らないのよ」
「なぜです?」
「なぜ?......それは、苦しいからよ」
「苦しい?呼吸がですか?」
「呼吸も心臓も体全部がよ」
Kは私の体をじっと見つめる。
「スキャンしましたが体に異常はありません。病気や怪我はありません」
「心の問題なの。あなたには分からないわよね」
また沈黙が落ちる。
下から母が呼ぶ声が聞こえる。
「もう行かないと」
「私はパワーが無くなり帰れません。しばらくここに置いてもらえませんか?」
「ええ?む、無理よ。家族になんて説明するの?」
「家族の前では透明視覚シールドを張ります」
そんな機能まであるのか。真理子凄すぎるだろう。
「とにかく、私も困るわ。一応あなたは男でしょう?」
「はい」
「他を探してもらえない?」
「この時代では知り合いはあなたしかいません」
いや、私も知り合いじゃないけど。
また母の呼ぶ声がする。
「パワーはどれくらいで戻るの?」
「約一週間です」
「...分かったわ。一週間ね。くれぐれも家族にはバレないようにしてね」
私は部屋を出るとため息をつき階段を降りる。
Kのパワーは空気から取り込めるらしい。異世界間移動は相当なパワーを要するらしく、この世界では特に充電に時間がかかるらしい。
らしいばかりで、難しいことは分からないので言われるまま信じるしかない。
寝る時、立ったままのKに、わたしの居心地が悪いので横になってほしいとお願いする。Kは素直に床に横になってくれたが、そのままもかわいそうなので、タオルケットをかけてあげる。
「ありがとうございます」
「...いいえ」
週明け、私にとってはまたまた久しぶりの学校が始まる。一応昨晩、教科書を見たら覚えていたのでホッとした。記憶はこの体に残っているのか?ではアグネスの記憶は魂の記憶?
「K、いってきます。家族に見つからないようにね」
「はい。香織、いってらっしゃい」
今日は雨なので傘をさす。学校に着くと昇降口はたくさんの生徒で溢れている。
階段を上り教室へ入る。
その瞬間、私は目を見張る。
そんな、あり得ない。
夏目がいる。
出入り口で固まっている私を避けて他の生徒が入って行く。
夏目は私と目が合うと、こちらにやって来る。
「渡辺」
その声をきっかけに、私は身を翻し廊下を走り出す。登校中の生徒が溢れている廊下を走ると、みんなが振り返っている。構わず私は階段を降りると、昇降口へ着き靴を履き替える。履き替え終えて傘を取ろうとした時、後ろから腕を取られる。
振り返ると息を乱した夏目がいる。私を追いかけて走ってきたのか。靴を履き替えるんじゃなかった。
「渡辺、話しがある」
「聞きたくないわ」
「聞いてくれるまで離さない」
腕を掴む力が強まる。周りの生徒が物珍しげに見ている。
「いいわ、とりあえずここから離れましょ」
夏目は私の腕を掴んだまま、廊下を人のいない方へ歩いていく。しばらく歩き、空調設備のある地下に降りる。
階段を降りて行き、少し薄暗い踊り場まで来ると、私を振り返りやっと私の腕を離す。
「渡辺、俺は死んだんだ。そしてまたこっちに戻ってきた」
「知ってるわ。バルコニーから落ちるのを庭園から見てたから」
「やっぱり、あれはアグネスだったのか」
夏目は僅かに眉間に皺を寄せる。
「俺は、恐らくずっと幻覚剤を飲まされていたみたいだ」
「幻覚剤?」
「ああ、......オルベルトに戻って帝国と敵対しないように説得したが、陛下はまるで聞き入れてくれなかった。俺はユリウスと共に陛下の退位を大臣達に呼びかけたんだ」
夏目は、私の目を見ながら話す。私は静かに話を聞く。
「しかし、ある日突然、陛下は帝国との友好条約を結び直すと言い出したんだ。半信半疑だったが、陛下が考え直してくれたならと、俺もユリウスも陛下の退位要求を止めたんだ」
私は頷き、続きを促す。
「そして陛下は俺とアグネスの結婚を許すからオルベルトへ戻るようにと言ったんだ」
私は全くそんな話を聞いていない。
「それから、...アグネスが城に住むようになって、すぐに成婚式が執り行われると言われた。すごく嬉しかったよ。やっと夢が叶うって」
ああ、そうか。あの笑顔は...私は深く目を瞑る。
「でも、成婚式の前日にラナンに言われたんだ。俺が幻覚剤を盛られているかもしれないと。もしおかしいと思ったら、バルコニーから飛び降りろと。自分がなんとかするからって」
私は眩暈がするがなんとか足を踏み締める。
もう聞きたくないが、聞かないわけにはいかない。
「そして成婚式の日、人生最高の日だと思っていたよ。でも、バルコニーから金色の髪が見えた。俺が見間違えるわけがない。アグネスが去っていくのが見えた。突然ラナンの声が蘇ったよ。......そしてバルコニーから飛び降りたんだ」
私は深いため息をつく。もう座り込んでしまいたいぐらいに疲れている。でもまだ倒れるわけにはいかない。私は大きく息を吸い込む。
「夏目君」
私は真っ直ぐに夏目の目を見つめると、夏目も私の目を見つめ返す。
「あなたの事情は分かったわ。でももうそれは私には関係ない」
夏目は目を大きく見開いているが、私は構わず話し続ける。
「あなたは薬を盛られても私を間違えるべきじゃなかった。...呪いをかけられた時、あなたはすぐに私を忘れた。あなたは辛い時に声をかけた私に執着してるだけよ。本当は私を好きじゃないのよ」
「違う!」
「私達は何度も引き離されたわ。結局、結ばれない運命だったのよ」
「渡辺!」
「私は何度もあなたを許してきた。でももう無理」
「嫌だ」
夏目は首を振り涙を流しながら私を見る。私は絶対泣かない。泣いたらきっと縋ってしまう。それではこれまでと一緒だ。
「夏目君、一回離れましょう。そうすればお互い本当の気持ちが見えるはずだわ」
「嫌だ」
夏目は私の手を掴もうとするが、私は後ろに下がる。
その時、予鈴が鳴り響く。
「もう行かないと」
私は階段を登って行く。決して後ろは振り返らない。