41. サフェロ
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キラはあの人好きのする笑顔を浮かべる。
「皇帝と同じ手を使ったのさ」
「同じ手?」
「ああ、今頃俺の土塊相手に大立ち回りをしているだろう」
「い、いつから?」
「黒炎に剣を消された瞬間、入れ替わって机の下に隠れたのさ。誰も気づいてなかったから、布を被って抜け出すのは簡単だったよ」
「...私に何か用なの?」
キラは笑みを濃くする。
「皇帝暗殺はできたらで良かったんだ。本命はあんただよ」
「私?」
私を殺すつもりなのか?
ここでは魔法が使えない。私に逃げる術もない。
冷たくなる手を必死で握り締める。
大きな声を出せば誰か来てくれるかも。
「ミリーが大事なら余計なことはしない方がいい」
「ミリーに何をしたの?」
私はキラを睨みつける。私に睨まれたって全然効果はないだろうが。
「依頼主はミリーに御立腹でね。しかし、ミリーよりあんたの方が有用だと、ミリーの代わりにあんたを連れてくるように言ったんだ。だが、あんたが来ないならミリーを連れて行く。そうすれば命はないだろうね」
「私が大人しく付いていくとでも?」
「俺はどっちでもいい。あんたでもミリーでも」
付いていく訳にはいかないが、ミリーが狙われる危険があるのを放ってはおけない。
「あなたの依頼主はキザラなの?」
「着けば分かるよ。もう行かないと。一緒に来るよな」
今私にキラを捕まえる術はない。もし取り逃せばミリーが狙われるかも知れない。
「分かった。行くわ」
「そう言ってくれると思ったよ」
キラは私にマントを羽織らせると、自分も羽織り廊下に出る。この部屋へ案内した侍従が廊下で待っていて、無言で廊下を歩いて行くのを付いていく。
侍従をよく見ると先程キラと一緒に踊っていた男だ。
馬車止めにはたくさんの馬車があり、招待客が馬車に乗り込んでいる。そのうちの一つに私を乗せてキラも乗り込んでくる。
すぐに馬車は動き出し、間も無く王城を出るのを確認すると、私は魔力を解放する。しかし魔力は馬車に吸い込まれて行く。
「この馬車には魔石が埋めてある。キザラとの戦いであんたがミリーを閉じ込めたのを参考にさせてもらったよ」
私はその言葉を聞きながらなおも魔力を解放し続ける。しばらくするとパンと何かが破裂する音が鳴り響く。続けて次々音が鳴る。キラが私を鋭く睨みつける。
「何をしている?」
「魔石には限界があるのよ。この馬車に埋め込んである魔石は何個あるのかしら?」
以前、魔力が暴走しかけて祖母からもらった魔石が割れた。
それに、真理子によると魔力は無限。使い放題。
キラが私に手を伸ばす。その手が届く前に私の魔法が発動する。
キラは上から押されたように床に這いつくばる。重力三倍だと起き上がれないわよね。
しかし、キラはまだ私に手を伸ばしてくる。
「まだ動けるのね。仕方ない、五倍にするわ」
キラの動きが止まる。息が苦しそうだ。
馬車が揺れ始める。轍の振動だけではないだろう。
馬車の車部分に重力-1の魔法をかける。途端にふわっと浮かび上がった感覚があり先ほどまでの振動は無くなったが、ふわふわして酔いそうだ。まだ車部分は馬に引かれて、先ほどよりスピードを上げて走り続けている。
「キラ、あなたの依頼主は誰なの?」
「...」
「あ、もしかして話せない?」
私は重力四倍にする。
キラは苦しそうに顔を上げる。さすが鍛えてるだけはある。
「う、依頼主は、サフェロだ」
「サフェロ?キザラじゃなくて?」
「サフェロは、ミリーを、恨んでいる。...一日で、王都は、壊滅した」
「でも私を連れて行ってどうするつもり?」
「恐らく、その力で、...キザラを、攻撃する」
なんてことだ。
また魔女を利用するつもりか。
沸々と腹の底から怒りが込み上げてくる。
サフェロもキザラと同じだ。
「いいわ。そんなに私を招待したいなら行ってあげる。あなたが案内して」
キラの魔法を解く。キラはハアハアと胸で息をしながら、なんとか起き上がる。
私はアルタニアへ魔法郵便を送ると、キラの肩に手を置き転移魔法を放つ。
サフェロの王城は背後が岩山になっていて鉄壁の守りになっているはずだったが、今はあちこち崩され見る影もない。王都を見下ろすと店や家々も焼けた跡があり木を組み修復している。
思っていたより酷い被害に言葉を無くす。しかし、悪いのはミリーではなく、その力を利用したキザラだ。
私は魔力を解放しながら城の中へ入っていく。後ろからキラが黙って付いてくる。
時々魔石が割れる音が聞こえるが構わず奥へと進んでいく。私とキラを見て衛兵が止めようとするが、魔法で石になったように動かなくなる。
王城は大体、迷路のような造りになっている。私は魔力を放ち人が集まる気配を辿る。
二階の奥に気配を感じ、そこへ歩いていく。魔石が増えていくのか、あちこちで破裂音が鳴り響く。今や私の周りには魔力が陽炎になって立ち昇っている。
二階奥へ辿り着き、扉の前の衛兵に声をかける。
「王はここにいるのかしら?」
衛兵はキラと私を見て戸惑っている。
「帝国の魔女を連れてきた」
キラが言うと、衛兵が扉を開け中に話しかけている。
しばらくして扉が開けられる。
中には重臣たちが集まっているので恐らく謁見室だろう。
私はフードを被り前を見据え中へ入る。玉座には四十位の男が座っている。この部屋でも魔石の破裂する音が立て続けにする。まるで花火の音のようだと思いながら歩いていく。重臣たちは私の登場と音に驚き騒めく。
「王の前だ。礼をしないか」
声をかけた重臣が近づこうとした瞬間、後ろに吹き飛ばされる。もう破裂音は止んでいる。
私はただ王の目を見つめている。
衛兵が近づこうとするのを王が手で制する。
「礼はよい。そなたが帝国の魔女か」
「私に用があるとか?」
「そうだ。そなたの力を借りたい」
「借りる?脅して連れてこようとしておいて?」
部屋の明かりが消える。私の体から漏れる魔力が青白く光っている。部屋の中に冷気が溢れ、壁や天井、床が凍っていく。真夏なのでみんな薄着だ。体を抱きしめてガタガタ震え出す。
「ま、待て!」
王が何か言おうとするが、部屋の中に凄まじい光と雷鳴が響き渡り、雷が迸り床に亀裂が走る。部屋の隅には黒炎が立ち上り、飾られていた絵が全て燃えて消えていく。床が割れ下の階に崩れて行き、落ちないように重臣たちは必死で柱にしがみつく。
私は中空に浮かびながら王を見下ろす。
「今より百年この地には雨が降り続く。作物は腐り、川は溢れ家々を押し流すだろう」
私は手から紫の煙を出し、部屋全体に広める。きらきらより呪いっぽい。
「待ってくれ!待ってください!許してください!」
王は玉座を降り崩れる床に跪く。
「魔女に手を出すということがどういうことか覚悟がなかったのか?」
「わ、私はただキザラに復讐がしたかったのです。私の息子は戦で傷を負い、いまだ寝たきりです。魔女をどうしても許せなかったのです」
そうだったのか。それは気の毒だ。
「魔女の力を利用しても終わりはない。復讐が復讐を呼ぶだけだ」
「もう致しません。どうか、どうかお許しください」
「もう魔女には決して手を出さないと誓うなら、復興に手を貸してやろう」
「ほ、本当ですか?」
手からキラキラが浮かび上がり、王の前のひび割れた床に入っていくと城全体が光輝く。
光が消え魔法で灯りを灯すと、壁も床も新築になっていて、消えた絵も元に戻っている。
「なんという力だ」
先ほど吹き飛ばされた男が柱から降りて周りを見回している。
城下町も治さないとね。
王の息子の怪我は治せないが、よく効く薬は渡せるだろう。
私は床に降りると扉に向かい歩いていく。
「お待ちください!呪いを解いていただけないでしょうか?」
あ、そうだ、忘れてた。本当は呪いなんかかけていないけれど、解くフリをしておかないとね。
私が手を振るとキラキラ光る風が部屋全体に通り抜けていく。
「呪いは解いたわ」
廊下に出ると壁も床もピカピカだ。
「上手くいったな」
キラが後をついてくる。そうだ、キラに聞きたいことがあったんだ。
「あなたに皇帝陛下の暗殺を依頼したのは誰?」
「......」
「依頼主の秘密は明かせないのね。でもサフェロでないことは分かったわ」
「俺を帝国で雇ってくれないか?」
キラが意外なことを申し出てくる。
「帝国で?どうして?」
「あんたがいて楽しそうだから」
「...私には決められないわ」
私は廊下を進みながら動けなくなった兵士を元へ戻していく。
城を出ると王都を見下ろす。一軒一軒直すと時間がかかりそうだ。一気にやってみるか。
私は深呼吸すると魔力を手に溜めていく。
手を広げて空へ手を伸ばすと魔力を放つ。
キラキラした光がドーム状に空に舞い散って、粉雪のように家々に落ちていく。まるでクリスマスのイルミネーションのようだ。真夏だけど。
早く帰らないといけない。殿下が心配しているだろう。