40. 誕生日式典
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殿下の腕に手を添えて式典会場に入ると会場の騒めきが一気に押し寄せる。眩い灯りが会場の至る所で煌めき、外の日の光より明るいくらいだ。会場の端にはいくつもテーブルが用意されていて、真ん中はダンスホール用に空けられている。奥の一段高くなった位置に玉座が二つ置かれている。
私達は玉座に一番近い席に案内される。殿下と座ると次々に人が来て挨拶される。殿下は面識があるのか、そつなく挨拶しているが、私は知らない人ばかりでとても覚えきれない。私が魔女であることは知れ渡っているはずだが、口止めされているのか、あえて口に出す人はいない。笑顔が引き攣ってきた頃、ファンファーレが鳴り、みんなが席に着く。
静まり返った会場に声が響きわたる。
「皇帝陛下、アルタニア様のご入場」
左の扉が開かれ、皇帝のエスコートで皇太后が入場する。皇帝は前髪を後ろに流し、金と赤の装飾が輝く白の騎士服に金の縁取りのある膝丈の赤いマントをつけている。皇太后は赤いベロアの重厚なドレスに金の縁取りのある黒いマントをつけている。後ろには床を引き摺る長いマントを踏まないように御付きの人がマントを捌いている。
こうしてみると本当に偉い人なんだなと思う。いや、普段から思っているが、最近慣れすぎてきたのか?気をつけないと。
二人は玉座の前に立つと手にグラスを持つ。会場の人々もボーイからシャンパングラスを受け取る。
「今日は私のためにお集まりいただき、本当にありがとうございます。ここまで来られたのは皆様のおかげだと思っております。今日はどうぞごゆっくり楽しんでくださいませ」
「お祖母様が元気にこの日を迎えられたことを嬉しく思う。今日はお祖母様の生誕祭に集まってもらい感謝する。乾杯!」
皇太后と皇帝が挨拶しシャンパングラスを傾ける。
直ぐに皇帝が皇太后をダンスホールにエスコートしダンスが始まる。流石、皇太后は歳を感じさせない綺麗なダンスを披露し、皇帝のリードもスマートで流れるようだ。
二人のダンスが終わると、皆思い思いにダンスホールへと出て踊り始める。
殿下がこちらを見るが私は首を振る。できれば目立ちたくない。
殿下もそのつもりだったのか、ボーイが運ぶ料理を選んで受け取ると私達の前に置く。
「シオン様が食べてください」
「じゃあ、一緒に食べよう」
綺麗な仕草で肉を切り一口食べる。そしてまた切り分けソースをつけると、私の口元へ持ってくる。
「アーン」
え?ここで?
ユリウスにもされたのを思い出し、この二人は兄弟なんだなとしみじみ思う。
「あの、」
恥ずかしいと言おうと開いた口に肉を入れられる。
もぐもぐ食べると確かに美味しいが恥ずかしい。
「今のうちに食べておかないと。アグネスはすぐに食べなくなるから」
そう言いながら殿下も肉を食べている。
「今日はコルセットが苦しくて食べられそうにありません」
「絞めなくても細いのに。悪い慣習だな」
「女性は好きな男性に綺麗に思われるために努力するものなのですよ」
「アグネスは十分綺麗だし魅力的だよ。これ以上僕を魅了してどうするの?」
殿下の顔が近づいてくる。
「二人で何を座っているんだ。早く踊ってこい」
皇帝がこちらへ歩いてくる。
「皇帝陛下、邪魔をしないでください。皇帝陛下こそ、皆が挨拶しようと並んでいますよ」
「お祖母様に挨拶しようと待っているのだろう。踊らないなら俺がアグネスを連れて行くぞ」
「わかりました。ですがアグネスとは踊らせませんから」
殿下は私の手を取り立ち上がるとダンスホールへエスコートしていく。
殿下と踊るのはいつぶりだろう?
優しいワルツに合わせて身体を添わせステップを踏むと、幼い頃から染み付いた動きは自然に出てくる。殿下と目が合うとお互いに笑いあう。幸せだ。
ダンスが終わると他の人から何度か誘われたが疲れたからと断った。殿下は私しか見ていないので、他の女性が声をかけられる雰囲気ではなかったようだ。
昼はダンスホールだが、夜は様々な演舞が披露されるので演舞会場へと会場が移される。
私達は一旦、控室へ移り案内を待つことになる。
「シオン様」
私はこれから起こる事を思うと落ち着かない。
「心配しないで。準備は万全だから。アグネスは何もしないで。もし危険だと思ったらすぐに逃げるんだよ」
「はい」
やがて案内人が来て演舞会場へ案内される。演舞会場は演舞場を取り囲むように階段状のテーブル席が並んでいる。
すでに座席はほとんど埋まっており、私達も右手側一番前の席に案内される。間もなく皇帝と皇太后が入場し、食事が運ばれ演目が始まる。
煌びやかな衣装を纏った踊り子が妖艶な踊りを目の前で繰り広げ目を奪う。踊り子が舞うたびにベールがまるで生きているかのように意志を持って空に舞いたなびく。本当に綺麗だ。
次は炎の演舞だ。口から炎を吐き出しまるで竜のように舞い踊る。演舞場の周りには結界が張られているため、座席の方に炎が来ることはないが、やはり少し怖い。
殿下がぎゅっと手を握ってくれる。
次々、演舞が披露され見る者を飽きさせない。会場にも歓声が溢れて、みんなが見入っている。
いよいよ最後の演目になる。私は緊張で手を握り締める。
キラを中心に五人の男達が場に出てくる。上半身は裸で白いズボンを履き腰に白い布を巻いている。男達は演舞場に並ぶと、深々と皇帝とアルタニアへ礼をする。
太鼓の音が鳴り響き、それをきっかけに男達が足を踏み鳴らす。次第にその足踏みが大きくなり演舞場にこだまする。手拍子も加わり後ろの男が組み手から高く跳躍をする。それをきっかけに、みんなが一糸乱れぬ動きで体全体を使い力強い踊りを披露する。とてもかっこいい。まるで前世のアイドルグループみたいだなと思い、そんな事を考えている場合じゃないと気を引き締める。
やがて踊りはクライマックスになる。キラを残して男達は下がっていき、演舞場の中心で太鼓に合わせてキラは足を踏み鳴らす。その足踏みが次第に大きくなっていく。
それに合わせて床が震え始める。グラスの飲み物が足音と共に波打つ。周りがざわざわし始めた頃には激しい揺れが地の底から起こり会場に悲鳴が上がる。殿下が私を胸に抱きしめキラを見る。
とても立ち上がれないほどの揺れに、這いながら出口へ向かおうとする者や、ただその場に座り込み泣き叫ぶ者。あちこちでガラスの割れる音が響き、壁にも亀裂が走り、シャンデリアが落ちてくる。
土の上級魔術だ。この魔術は幻と言われている。使えるのは恐らくキラだけだろう。床に張られた結界は振動で崩れたようだ。
みんなの混乱を他所にキラは床の大理石から剣を抜きたつ。石から生成したのだろう。これも普通はできない。
ゆっくり前を向き歩いて行く。ひどい揺れがキラだけには届いていないようだ。
皇帝の前に来ると剣を構え皇帝の胸へと突き刺す。
しかしその瞬間、皇帝は土塊に変わりボロボロと崩れていく。
キラは一瞬目を見張り振り返る。
後ろに来ていたハリーが黒炎を燃やしながらキラに掴みかかる。咄嗟にキラは剣で防ぎ剣が消え去る。
やがて揺れは収まり、キラの周りは騎士が取り囲んでいる。
皇帝がその後ろから現れる。
「残念だったな、キラ。お前の得意な土魔術に騙されたな」
騎士達の誘導で招待客が出口から避難している。怪我人は宮廷医師や薬剤師がすでに手当てを始めている。
私も殿下に促され、騎士に連れられ会場から外に出る。廊下には被害が見られないので、地震はこの会場だけだったのか?
侍従が招待客を控室へ案内している。私も付いて行き控え室へと入る。そこには一人の男がソファに座っている。他には誰もいない。
私は咄嗟にドアのノブを回すが回らない。
「どうやら最初から俺が誰か分かっていたようだな。初めて会った時のあの目がずっと気になっていたんだ」
男は立ち上がるとこちらへ歩いてくる。
私はキラを見る。
「どうしてここに?」