4. 魔女の家
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暗い部屋に立っている。薬草の匂いが鼻をくすぐり、懐かしい山小屋に着いたのだ分かりとホッとする。
魔法で灯りをつける。優しい灯りの中、木の家具や壁にかけて乾燥させた薬草や香草が目に入る。
懐かしい、子供の頃に何度も祖母と訪れた魔女の家。木のテーブルを手でなぞる。少しざらっとした感覚が指に当たる。途端に張り詰めていた気が緩んで涙が溢れてくる。止めようとしても次から次へ溢れて止まらない。何度袖で拭っても止まらず、とうとう嗚咽まで漏れてくる。
ああ、もう泣くのを我慢しなくてもいいんだ。
崩れ落ちるように床に座り込み声を上げて泣き続けた。
どれくらいそうしていただろう。すっかり目が腫れてしまっている。しかしここでは誰もそれを見咎める者もいない。
涙を大量に流したからか喉がカラカラだ。
水を飲もうと立ち上がりコップを取る。魔法で水を入れようとして魔力を込めようとした瞬間、コップに水が満たされる。
??
まだ魔法使ってないわよね?
そして思い当たる。
「マイル?」
私の声に反応して、水の妖精マイルが姿を現す。アシカような手足と尻尾を生やし、黒く丸い目をしている。体は水色の鱗で覆われ、きらきら輝いている。
相変わらずビクビク怯えて私からかなり遠巻きにいる。
妖精にとって私のような魔女の持つ魔力は怖いようだ。すっかり怯えて普段からあまり姿を見ることはない。
この世界には魔術と魔法がある。
この二つは似ているようで、根本的に全く異なる物だ。
魔術は人間が精霊と契約して、その精霊の力を借りて行使する。
精霊は、光、闇、火、水、風、土の属性を持ち、契約した精霊によってその力を使える。
貴族、平民関係なく、教会で10歳になると契約の儀式が受けられる。神父が石板に描いた魔法陣に祈りを唱えると、それに呼応した精霊が現れ魔法陣が光り契約が成立する。どの属性の精霊が現れるかはその時まで分からない。
私は水の精霊であるマイルと契約したが、彼が私を怖がってるのと、私が魔法を使えるのとで、あまり魔術が上達せず、学園での魔術の成績はいつも散々な結果だった。
対して魔法は、誰の力も借りず自らの魔力を使って行使する。魔力は限られた女性しか持っておらず、魔力を持つ女性を魔女と呼ぶ。
私の祖母も魔女だった。だか、魔女は遺伝ではない。たまたま近い関係で魔女が生まれただけらしいが、私にとっては幸運だった。
魔女には一人に一人指導係が付く。魔女が生まれた時に一番近くにいる魔女がそれを感じ取り、赤ん坊の魔力を封印する。そして物心がついて魔力を操れるようになると魔法の使い方や隠し方を教える。私にとってその指導係が祖母だった。
祖母の時はマリアという魔女が来てくれ指導してくれたそうだ。この山小屋は元々は彼女の家だった。それを祖母が引き継ぎ、私へと引き継がれた。
しかし、指導係という関係は大昔にはなかった。150年ほど前に世界的な魔女狩りがあり弾圧されたのをきっかけに、魔女は隠れて暮らすようになり、仲間を助けるために作られた決まりなのだそうだ。
その魔女狩りを始めたのは、この大陸で一番大きな帝国を収める時の皇帝アレキサンダーだ。魔女の力を恐れた彼が魔女狩りを先導したと言われている。が、祖母の話によると事実は異なり、アレキサンダーは既婚者の魔女に惚れ込み、なんとか自分のものにしようとして返り討ちに遭い、逆恨みで魔女狩りを始めたらしい。
実際、魔女狩りで捕まったのはほとんどが魔女ではなかった。本当の魔女なら魔法で逃げられる筈だ。
魔女狩り自体、今は表立ってはないが、それは魔女がその力を隠しているのと魔女はもういないと思われているからだ。だから私はこれからも魔女の力を隠し続けて生きなければならない。
コップの水を飲み干し、もう一杯飲もうと水を入れようとすると、またコップが水で満たされる。
私は微笑んでマイルの方を向き、
「マイル、ありがとう」とお礼を言う。
相変わらず部屋の端で怯えているが、私が泣いてたので慰めようとしてくれたのかもしれない。
そうだ、もうマイルとの契約を解除してもいいんだと思い当たる。
これからはこの家で魔法を使えるのだし、形ばかりの契約で、いつまでも怖がるマイルを縛る必要はない。
私はマイルの方を向き魔力を込める。
精霊との契約の魔法陣を浮かび上がらせ解除していく。
マイルはそれに気づきクルクル回り出す。
そんなに嬉しいんだ。
私は苦笑しながら魔法を放つ。
マイルとの契約が解除された瞬間、マイルの姿が消える。
精霊の姿は基本的に契約した本人にしか見えない。
元々あまり姿を見せなかったから変わりはないが、山の中の小さな家で一人でいるという寂しさが急に迫ってきたように感じる。
公爵邸でも夜は部屋でいつも一人だったが、同じ家に誰かいるという安心感があった。
でもここでは一人。
また涙が込み上げてきそうになる。
疲労もピークに達している。
そういえば朝食を食べたきり何も食べていない。
でも今食べると吐いてしまいそうだ。
もう寝てしまったほうがいいだろうと、隣の寝室へ行く。綺麗に整えられたベッドに横になる。山小屋はしばらく使われてなかったが状態保存の魔法がかかっているため、前に来た時のまま清潔に保たれている。
灯りを消すと、途端に部屋の隅の暗闇が怖くなる。一人なのをひしひしと感じまた涙が出てくる。布団を頭までかぶり目を瞑る。このまま寝れる不安だったが、すぐに意識は深い底へ落ちていった。