38. 真理子の考察
読んでいただき、ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます!
それからサラは積極的にこの世界と関わろうとするようになった。私と一緒に薬を作ったり、孤児院に行って子どもたちの世話もしている。ハリーの事は諦めたようで訓練所へは行っていないようだ。
皇太后の生誕祭の準備は順調に進んでいる。私はイベントの説明だけして、あまり関わらせてもらえていないので詳しい事は分からない。暗殺者に悟られないように、できるだけ極秘で行われている。
「アグネス、あなたやっと来たのね」
皇太后の第一声に居心地が悪くなる。
ここは城の中にある魔女の研究所だ。私は初めて来る。
別に避けていたわけではないが、できれば勉強はしたくないなと思って足が遠のいていた。
「アルタニア様、ご無沙汰して申し訳ございません。色々忙しくて」
「まあ、いいわ。カミラが持ってきてくれた文献の解読に人が足りないの。あなたも手伝って」
やっぱり来るんじゃなかった。
ガックリして私は机の上の手近にある本を手に取る。
"量子力学的見地から見た魔力の素子"
まるで物理の本のようだ。っていうかこれ物理だよね。
「この本を書いた人は誰ですか?」
「私の指導をしてくれた魔女よ。もう亡くなったけど」
カミラが資料を仕分けしながら答える。
この人絶対転生者だ。この世界ではまだ量子力学の概念はないはず。日本の研究者だったのかな?
理系の殿下なら解りそう。
「それは難解すぎて誰も分からないから、こっちがいいわ」
カミラが本を手渡してくる。
"呪いの考察"
全くファンタジー感がない。ぱらっと開くと、様々な呪いの観察、考察、結果が書かれている。まさに実験だ。
中々興味深い実験がたくさんある。
赤いりんごの木に梨の実がなる呪いをかけてもならない。だが、青いりんごはなる。
犬に猫になる呪いをかけてもならないが狼にはなる。
考察では遺伝子の限界か?と書かれている。
その他にも、ある町に雨が降り続ける呪いをかけたら一ヶ月で雨は止んだ。雨の粒子の限界か?と書かれている。
なんてことをしてるんだ。町が水没するじゃないか。
ペラペラめくっていく。あるページで手が止まる。
"人を愛する呪い"
実験では三人の男性に呪いをかけ、毎日観察した様子が書かれている。三人三様に反応が違う。最終的に一人にプロポーズされて呪いを解いた。元々の気持ちが重要で心を変える事はできないと締め括られている。
呪いで気持ちは変えられないと分かってよかったけれど、そのプロポーズした男性とはその後どうなったのかすごく気になる。
「カミラさん、この魔女は結婚していましたか?」
「いいえ、独身だったわ」
「そうですか」
どこまでも実験だったのか。ちょっと酷い。
本来の呪いらしいものもある。
"死ぬ病気になる呪い"
"死ぬほどの怪我をする呪い"
これらの呪いはかけられるが、元々の生命力が余命に関わり、相手が強ければ呪いが跳ね返り、自分が病気になったり怪我をすることもあると書かれている。
直接呪いで殺したり、死者を生き返らせることはできなかったのでこの呪いになったらしい。
怪我や病気は外的因子のもの限定で、例えば癌は無理でも風邪は可能。
対象が死ぬ前に呪いを解除したらしいが、これも酷い。
最終的に、呪いは具体的かつ実現可能な要素を含むもの、物理的なもの、と書かれている。
では私と殿下が結ばれない呪いは気持ちではなく距離の問題で、お互いを忘れる呪いは頭の記憶体の作用だったのか。
全部見終わりノートの裏を見るとサインがある。
田中真理子
うん、日本人だね。
"魔力の限界値"という本を見つけ開いてみる。
あらゆる角度から魔力の限界を測る考察をしている。
私の知りたかった魔力の枯渇については測れなかったようだ。つまり底が無い。使い放題だ。これは魔力の出どころが自分のものではなく異世界から取り込んでいるからだと推測されている。
また、魔法の威力については、魔女により違うらしい。他の魔女はカミラと指導者の魔女だけしか知らなかったようだが、三人の間でも魔法の得意不得意分野があり、発動威力も差があると書かれている。
「前に魔力の源が分かりそうだと言ってましたが、その後どうですか?」
「それね、マリコの本では異世界から受容体を通してこの世界にきていると書かれているんだけど、異世界と受容体が何かわからないのよね」
異世界は多分日本とか他の世界かな?
受容体は私たち魔女の事?
真理子も転生者なら魔女はもしかすると異世界転生者なのでは?
「お二人はもしかして前世の記憶を持っていませんか?」
「前世?アグネス、あなた生まれ変わりを信じているの?」
「はい。私は前世、日本で暮らしていた記憶があります」
「日本?日本のどこ?」
「アルタニア様、日本をご存知なのですか?」
「私のではない朧げな記憶が蘇るときがあるの。日本の東京のね」
「私は横浜です。間違いないですね。私たちは異世界転生者でしょう」
皇太后もカミラも目を見張っている。
「つまり、私たちはこことは違う世界からこの世界に生まれ変わったのです。だから異世界からの魔力を受容体であるこの体に受け取り魔法が使えるのだと思います 」
「でも私には前世の記憶なんてないわ」
「私も思い出したのは最近です。カミラさんはまだ思い出していないだけだと思います」
そうすると殿下も転生者だが、今まで魔力を扱えるのは女しかいなかったことを考えると、魔力を使えるのは女の体の何かが作用しているのか?
「ミリーとサラにも聞いてみないと」
「サラは転生ではなく、あの体で異世界からこちらの世界に続く渦を通ってきたのです」
「渦?確か真理子も書いてたわ」
カミラが本をひっくり返している。皇太后はそれを見て眉を顰めているが今はそれどころではないのだろう。
「あった!丸い黒い渦が異世界へ続く扉だと書いてあるわ」
「どうやってその渦を見つけたのでしょう?」
「書いてないわ。そこからも白紙だから分からないわ」
「...真理子さんは確かに亡くなったのですか?」
「どうして?確かに遺体を確認したわけではないけど。急に連絡が取れなくなって、あの家が残されていたの」
「真理子さんは渦を通って日本へ行ったのでは?」
「まさか...」
あの"量子力学的見地から見た魔力の素子"の本は殿下に読んでもらうために借りて帰る。
殿下は本格的過ぎてほとんど分からないと言っていたが、熱心に読んでいる。なんだかテスト勉強を思い出すなと思い見ていると、突然手を握られ抱きしめられる。
「僕が本ばかり読んでいて寂しかった?」
「い、いいえ、テスト勉強を思い出していたんです」
「そういえば一緒にテストを勉強したね。あの時本当は渡辺と話したくて、分かってる問題だったんだけど聞いたんだ」
「そうだったんですか?普通に話しかけてくれたらよかったのに」
「普通に話しかけたら話してくれた?」
「うーん、どうでしょう」
あの時は話せなかったかも。
「やっぱり」
殿下はしゅんとして俯いてしまう。
「あの時はこちらに帰ることで頭がいっぱいだったのです。それもシオン様に会うためですよ」
殿下は顔を上げると嬉しそうに笑う。その笑顔が夏目の笑顔と重なる。
ミリーは小さな黒炎を出せるようになり、日々大きな黒炎を出せるように練習している。前世のことを聞いたが思い出していないようだ。
なぜ転生したのか、それは分からないままだ。皇太后に前世はどうして死んだのかを聞いたら、多分交通事故だったと思うと言っていた。若くして無念の死を遂げた者が転生するのか?それにしても数が少ない。他にも異世界があるのか?考え出すと怖くなり考えるのを止める。