37. ハリーの悩み
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「...はい?今なんと?」
「先ほど話した通り、私は感情が昂ぶると黒炎を作り出してしまいます。これでは、女性と付き合うこともできません。だから結婚は諦めてきました。でも、あなたなら私の炎を消すことができる」
感情が昂るって戦闘でかと思っていた。そんな悩みがあったなんて。
「あの、感情をコントロールできる様に訓練してみてはいかがでしょう」
「もう何度も試しましたがダメでした」
「で、では、精霊と契約の解除を...」
突然私の周りを炎が取り囲む。ハリーが慌てて炎を消す。
「私の精霊が怒ったようです。フランは怒りっぽくて」
「...そうですか。ですが、好きでもない私と結婚するより、黒炎を作り出せる好きな人を見つけた方がいいと思います」
「私はあなたが好きです」
「...は?...私達はほとんど話したこともなかったと思いますが」
「話したことはあまりありませんが、あなたの事は前から知っています。キザラとの戦争に私も行ったのです。あの時の魔法を操るあなたはとても美しかった。あの時からずっと私はあなたが好きです」
思わぬ言葉に固まる。ミリーとサラを見ると、ミリーは蒼白になり、サラは真っ赤になって怒っている。
「わ、私はもうすぐシオン様と結婚します。ですのでハリー様とは結婚できません」
「ですが、彼はまだオルベルトの王太子でしょう。結婚が正式に認められることはないと思います」
「私はオルベルトを捨てた。もう戻ることはない。誰に認められなくてもアグネスと結婚するつもりだ」
突然後ろからした声に振り返ると、殿下がこちらへ歩いてくる。いつの間に来ていたのか。
殿下は私を後ろに隠すように立つとハリーと対峙する。
「ではただの平民になると言うのですか?それで彼女を幸せにできると?」
「どんな私であっても関係ない。私は必ず彼女を幸せにする」
「考えが甘いのでは?オルベルトがあなたを放っておくはずがないでしょう。いずれは連れ戻されて、アグネス嬢とは離される」
「たとえ地の果てに行こうともアグネスと離れることはない」
異世界まで一緒に来てくれた。この言葉が胸に染み込む。
私の手を掴む殿下の手を思わずギュッと握りしめる。
ハリーは息を吐き出し俯く。そして顔を上げた時にはいつもの笑顔が浮かんでいる。
「そんなことを言われたら敵いませんね。負けました」
「アグネス、行こう」
「はい」
殿下に手を引かれて、訓練所での出来事を話しながら城へと帰る。
「アグネス、やっぱり心配だよ。皇帝は放っておいてベルンへ帰ろう」
「ええ!駄目です。皇帝陛下の暗殺は防がなくてはいけません。そうしないと、他国が帝国に攻め入り、また戦争になります」
「そうだね、厄介だな。アグネスをずっとそばに置いておきたいけれど、皇帝に会わせるのも嫌なんだ。できればもう訓練所には行かないでほしい」
「わかりました。どうしても必要でない限りは行かないようにしますね」
しかし私には特にすることもない。いつもの調剤をしに調剤室を訪れる。しばらくするとサラとミリーが現れる。
「ちょっと話があるの」
「わかったわ。でも庭園はやめましょう。私の部屋に来る?」
「それなら温室があるの。そこならあまり人もいないからゆっくり話せると思うわ」
ミリーの提案で三人で温室へ行く。
「アグネス、あなた一体なんなの?散々惚気て二人で去っていって。こっちはすっかり当て馬じゃないの。あの後の雰囲気なんて最悪だったのよ」
「私だって困ったのよ。私は殿下一筋なんだから。他の人には絶対見向きもしないわ」
「やっかみたくもなるわよ。いい男はみんなアグネス狙いじゃない」
「みんなって、二人だけじゃない。それより、黒炎は作れたの? 」
サラからいきなり怒られるが、私は何もしていない。
「あの後はすぐに帰ったのよ。城では魔法が使えないから練習もできないし」
ミリーは落ち込んでいるようだ。
「ミリー、これはチャンスよ。訓練所でしか練習ができないと言って通えるし、黒炎が作れたらハリーと結婚できるかもしれない。頑張って!」
「でもハリーはアグネスが好きなのよ。それに私には黒炎がどうしても作れないし」
「氷とか雷はすぐ作れるでしょ?黒炎がどういうものか理解すれば作れるんじゃないかしら?」
私は分かる範囲で星の最後やブラックホールの仕組みを説明する。質量とか密度とかは難しいので省いた。ミリーはまだ納得できなそうだが試してみると訓練所へ出ていった。
「サラ、あなたは一ヶ月後には帰るのよね?なぜハリーに構うの?」
「もしハリーと上手くいったら帰らないかもしれないわ」
「そんないい加減な!ミリーの気持ちを知ってるでしょう?」
「恋は奪ったもの勝ちでしょ?」
「親友があなたの恋人を奪ったように?」
サラは驚いて私を見る。そして納得したように辛そうに頷く。
「そうね、あの時話したわね。はぁ、私何をしてるんだろ。こんな事をしたいわけじゃないのよ。でももうどうしたらいいのか分からないの」
「あなたは傷ついたのよ。その心はなかなか元には戻らない。誰かに癒してほしいと思うのは当然よ」
「...私ね、本当はあの神社に行って、何も起こらなかったら死ぬつもりだったの。もう何もかも捨てて逃げ出したかったのよ」
サラがそんなことを考えていたなんて。
「サラ、ここでやり直せばいいわ。帰るのはいつでもできる。恋だけじゃなく、一人の女性としてしっかり自分を見つめて生きていくの。幸い今のあなたには魔法もあるしね」
「やり直せるかしら?魔法は魅力的ね。そうね、私に何ができるのか考えてみるわ」
「その意気よ、一緒に考えましょう!」
「アグネス、あなたいい人ね。あの時、無理矢理日本に戻してごめんなさい」
サラが涙目で苦笑いをする。
やっと本来のサラに戻ったような気がする。
サラはこちらの世界に来てから、教会で世話になって、魔法で建物の補修をしたり子供の世話を手伝ったりしていたそうだ。中々イベントが始まらないので不審に思っていたら、戦争が起き、いよいよかと思っていたら、戦争が終わり私の噂を聞いたそうだ。
「あの時の私はゲームに固執してたわ。ゲームの通りにならないと私が壊れてしまいそうだった。私の存在がここでも否定されたかのように感じていたの。
でも今思えば、教会で子供達と暮らして、とても楽しかったわ。私を必要としてくれたもの。また教会に行ってみたいわ」
「じゃあ、今から行ってみる?」
「うん!」
二人だけでは許可が出ないので、護衛騎士二人と四人で教会へ転移する。
着いた教会は王都の外れにある古びた教会だ。サラが補修したからまだまし程度に寂れている。
教会のドアを開けるとミサをしているが人は少ない。お祈りをしてミサが終わるとサラがシスターへ声をかける。
「シスター、お久しぶりです。前にお世話になったサラです」
「サラ、久しぶりね。あなたが来たと知ったら子供達が喜ぶわ」
奥の建物へ通されると、赤ちゃんから十四、五歳の子供まで十人くらいがいて、みんなここで暮らしているらしい。大きい子が小さい子の世話をする。十六歳になると独り立ちして出ていかないといけない。
「あ、サラだ!」
小さな子達がわらわら寄ってくる。可愛い。
「みんな久しぶり。元気だった?」
「サラ、帰ってきたの?」
「ううん、今は違うところで暮らしてるの。近くに来たから寄ったのよ」
窓を見ると割れて板で補修してある。天井も木が落ちて天井裏が見えているところがある。庭を見ると畑があるが作物は弱って萎びている。
なんとかしたいが、今だけ補修しても一時凌ぎになるだけだ。なんとかならないか。
呪いは呪いではない、カミラが言っていた。
幸せになれますようにが駄目なら。
"建物の中が新築になる呪い"
もはや呪いではないから願いにしようか。
手からキラキラが生まれて建物の中へ消える。
壁や天井、床が仄かに光り始める。
光が収まると全て新築になっている。
あえて中だけにしたのは泥棒避けと寄付金集めのためだ。
子供達だけじゃなくサラまでも口を開けて呆然としている。
「何をしたの?」
「建物の中を新築にしたの」
「そんなことできるんだ」
「できたね」
私は庭に出て畑のそばにしゃがみこむ。
"作物がいつも豊作になる願い"
キラキラが土の中へ入っていくと畑が光り、さっきまで弱っていた葉がにょきにょき伸びてみずみずしい野菜がたわわに実る。
近くにりんごの木もあるが夏なので実はなっていない。
"一年中、おおきな美味しいりんごがいっぱいなる願い"
キラキラがりんごの木に吸い込まれ木が光る。
ポコポコと真っ赤なりんごが次々になり枝がしなる。
「アグネス魔法使いみたい」
「魔法使いだもん」
サラの言葉に思わず笑ってしまう。