35. 狼
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「やり直しはできるわ。またあの渦に入れば元の世界に戻れる。そうすればまた初めからやり直せるわ」
「この城では魔法は使えないわ。それに、元の世界に戻っても、もうこちらの世界には戻って来られないのよ。ここで現実を見て生きていくか、元の世界に戻って、そこで生きるかどちらかよ」
「あなたは戻ってきたじゃない!」
「私は精霊と特殊な契約をしていて、殿下がいたから戻れたのよ。一人では戻れなかったわ。あなたは元の世界に行ったらもう戻って来られない」
サラは私を見つめて呆然としている。
「現実を受け止めて、サラ。ここはゲームの世界のようだけど、みんなが生きている。ここで死んだらもうやり直しはできない。あなたもシナリオなんて頼らずに自分で生きる道を決めなさい!」
サラは辺りを見回している。
「そんな、こんなところで死にたくない。私はただ幸せになりたかったのよ。彼氏に振られて親友にも裏切られて、毎日辛くて、ゲームの中なら私を愛してくれると思ったのに。どうして私ばかりこんな目に遭うの?私が何をしたっていうのよ!」
殿下が手を離すと、サラは頭を石の床につけて泣き始める。
「あなたは選べるわ。元の世界に戻ってもう一度日本でやり直すか、この世界で現実を見つめて自分の足で生きていくか。決めるのはあなたよ」
私達はサラを残し牢を出る。階段を登り外に出ると日の光が眩しい。
「アグネス、隠していることがあるようだな」
皇帝がニヤリと笑い私を見る。
「言っても信じていただけないと思いますが、お聞きになりたいのならお話します」
「いいだろう。今から執務室へ来い」
私と殿下は皇帝の後に続き執務室へ向かう。
殿下とはあらかじめ、暗殺の話を信じてもらえない時はゲームの話をすると決めている。信じてもらえるかは分からないが。
「それで?アグネスもゲームを知ってるようだな?どんなゲームなんだ?」
「ええっと、あの、好きなタイプの男性と恋に落ちる恋愛ゲームです」
あらぬ方を見て答える。改めて聞かれると答え難い。殿下も聞いてるし結構辛い。
「ほう、アグネスもしたのか?」
「はい」
「では、私と恋に落ちたのか?」
「は?いいえ!私は殿下と......」
しまった。思わず言ってしまった。
「そうか、アグネスは僕と恋に落ちたのか」
「聖女リリアが主人公ですけどね」
「じゃあ、アグネスは出ないの?」
「私は悪役令嬢ですので、聖女の邪魔をする役です」
「アグネスが悪役?全然似合わないね」
殿下が眉を顰めている。
「ではサラはなんの役だ?」
「サラは続編の主人公です。この帝国を舞台に皇帝や他の人と恋に落ちます」
「他にもいるのか?」
「全部で7人です」
「そんなにいるのか?とんだ浮気者だな」
意外だ。皇帝は一途なのかもしれない。
「それで、そのゲームの世界がこの世界だというのか?あちらの世界とは?」
「私と殿下、サラはあちらの世界、日本から来ました。正しくは私と殿下はこの世界に生まれ変わり、サラはこちらの世界に続く黒い渦を通って来たのです。この世界は日本でしていたゲームとそっくりの世界ですが、私と殿下が転生したことによってストーリーが変わってきているようです」
「ふうん、あちらの世界へは行けるのか?」
「行けると思いますが、こちらへ帰る術がありません。無理に戻ろうとすると全然違う世界や時間へ送られる可能性もあり危険です」
殿下と私が戻れたのは幸運としか言いようがない。
「分かった。それで、そのゲームで俺の暗殺があるわけだな?」
「はい。私もゲームをしたので暗殺がどのように行われるのか知っています」
「ゲームをしたのか?ではやはり、私と恋に落ちたのではないか」
殿下が私を見る。
「違うんです!サラに日本に送られて、帰り方を調べるためにしただけです。決してやましい気持ちではありません」
「そんなに否定しなくてもいい。で、その内容は?」
「は、はい。アルタニア様の生誕六十年記念式典の演舞会場で行われます。他国の演舞を披露する者達によって仕組まれますが、サラが、主人公がいち早く気がつき未然に防ぎます」
「そうか、お祖母様の生誕祭なら取り止めるわけにはいかないな。いや、逆に狙わせて捕らえてやる。これは面白くなりそうだ」
皇帝はこれまで見たことのない満面の笑みを浮かべている。
え?何が面白いの?
「お前達には生誕祭が終わるまでここにいてもらう。俺の命がかかっている。しっかり手伝ってもらうぞ」
「生誕祭はいつなのですか?」
「一月後だ。楽しみだな」
殿下と顔を見合わせ、ため息をつく。
用意された部屋へと行くと、殿下に抱き寄せられる。
「シオン様、私が余計なことを言ったばかりに帝国に残ることになってしまって申し訳ありません」
「アグネスのせいじゃないよ。皇帝には生きておいてもらったほうがいいしね」
「そ、そうですか。でもお仕事は大丈夫ですか?私だけ残ってもいいのですよ」
「こんな狼の巣にアグネスだけ残していけないよ。皇帝も気をつけていたはずなのに、さっきも一匹来てたからね」
「え?狼がいるのですか?気がつきませんでした。危ないですね」
どこにいたんだろう。全然気がつかなかった。
「アグネス、できるだけ一人で出歩いちゃダメだよ。危ないからね」
「わかりました」
翌日、私はまたサラに会いに地下牢へ行く。今日は殿下と二人だけだ。鍵を開けてもらい中へ入る。サラは昨日の様子とは違い落ち着いている。
「こんにちは、サラ。気分はどう?」
「アグネス、私決めたわ。日本へ帰る」
「え?そうなの?あなたは皇帝陛下が好きなんでしょう?」
「別に好きじゃないわ。ただ私は無償の愛が欲しかっただけなのよ。でもこの世界はとても危険よ。すぐ地下牢に入れられるし。私はまだ死にたくないわ」
「わかったわ。あなたが決めたのなら何も言わない。ただできれば、皇帝暗殺回避が終わるまであなたにここにいてほしいの。後一ヶ月ここで過ごしてくれないかしら?もちろん地下牢から出られるように私から皇帝陛下へお願いするから」
「そうね。迷惑をかけたからそれは引き受けてもいいわ」
「ありがとう」
「あなたって外人なのに"君影"をしていたのね。日本のアプリなのに」
「え、そう、ね」
そうか、サラは私が転生したとは知らないのよね。アグネスの外見は完全に外人だもんね。
それからサラは地下牢から出されて、一応監視はつくが客間へ移った。
殿下は何かと皇帝の手伝いをさせられている。優秀な人だからそれも仕方がない。
「ああ、そうだ。ここには狼がいるらしいから気をつけて」
「狼?」
「ええ、殿下が言っていたわ、この間も見たって」
今は庭園でサラとミリーとお茶をしている。
「それって...あなたって鈍いのね」
「え?狼がいることを知っていたの?」
「アグネス、あなた、もういいわ」
ミリーはなにか言いかけてやめる。
「やあ、お嬢さん方、楽しそうですね」
「ハリー!今日は時間がある?一緒にお茶を飲まない?」
ハリーが爽やかに笑いながら登場すると、ミリーが立ち上がり空いてる椅子を勧める。
「じゃあ少しだけ」
ハリーは微笑みながら椅子に腰を下ろす。
サラを見るとハリーを凝視している。それはそうだろう。ゲームの攻略対象者が現れたのだから。
「こちらのお嬢さんはどなたかな?」
ハリーはサラの視線に気がつき首を傾げる。
「私はサラです。本当にハリーなのね」
「私を知っているのですか?」
ハリーは公爵家嫡男なので身のこなしや言葉遣いには品がある。
「あなたが攻略対象者の中では一番タイプだったのよ。本当に素敵ね」
ミリーはハリーにお茶を淹れながら、サラを睨んでいる。
「光栄ですね、サラ嬢。あなたも魔女なのですね?」
「ええ、そうよ。あなたも私を知っているのね」
「そうですね。皇帝暗殺の予言をしたとか。これは機密事項ですがね」
「私は予言したんじゃないわ。ゲームで知ってただけよ」
「ゲーム?」
ハリーはまた首を傾げる。
「サ、サラ、ゲームの話はもうしないほうがいいと思うわ。ここは現実なのだから」
「そうだったわね、分かったわ」
「ああ、残念だけどもう行かないと。またお会いましょう、お嬢さん方」
ハリーは颯爽と立ち上がると去って行き、二人は後ろ姿を追っている。
「アグネス、また狼が出たわね」
ミリーがおかしそうに言う。
「え?どこに?」
辺りを見回すが見つけられなかった。




