33. 思い出す
読んでいただき、ありがとうございます。
あの渦だ!
ああ、帰れる!
手を伸ばそうとしたその時、
「ここだったのね!その渦に入れば"君影"の世界に行けるんでしょう?」
振り返るとサラがいる。なぜ彼女が?
「本当にあったのね!凄いわ!行くのは私よ!」
サラはわたしを押し退け、渦に手を伸ばす。
「待って!駄目よ!」
決して行かせるわけにはいかない。必死でサラにしがみつく。
サラが伸ばした手が渦に引き込まれ始める。
「そんな!止めて!」
サラはもう半身が渦の中だ。私も手に力を入れて縋り付く。
「渡辺!」
最悪のタイミングで夏目が戻ってきてしまう。
「夏目君!来ちゃ駄目!」
私の叫びも構わず、夏目は私の体を掴む。
「どうなってるんだ、これ!」
「私は行かないといけないの!離して!」
「どこに行くんだ!なんなんだこれは...」
「私は大丈夫だから離して!」
「離せるわけないだろ!俺も行く!」
私の体も渦に入り始める。
「夏目君、お願いだから離して!」
「絶対離さない!」
暗い空間に夏目も引き込まれる。
「あなた達は邪魔よ!離して!」
サラが私の手を剥ぎ取る。私の手が離れた瞬間、体が投げ出される。
地面に体を打ち付ける感覚がして目を開ける。
そんな!
空を見上げる。
そこには青空が広がっている。
太陽が眩しい。
さっきまで夜だったはずなのに。
ここはどこ?
視線を落とすと、目の前に殿下が倒れている。
「シ、シオン様?!」
殿下に触れると暖かい。
殿下は気を失っているようだ。
「シオン様!」
私の頬にかかる髪の色は金髪だ。
私は戻ってこれたんだ!
やっと戻れた!
「シオン様、大丈夫ですか?!」
どうして殿下が倒れているのか。
そうだ、夏目は?
「夏目君!」
辺りを見回すが夏目の姿はない。
ここはベルン国の屋敷の庭だ。
サラの姿もない。
「夏目君!」
夏目は日本へ戻れたのか?
それとも投げ出されてどこか異世界へ投げ出されたのか?
どうしよう。探さないと。
バシャンと音がして噴水を見るとマイルが元気に泳いでいる。
「マイル!マイルが連れ戻してくれたの?」
マイルは嬉しそうにうんうんと頷く。
「うっ」
殿下が目を薄く開ける。
「シオン様!大丈夫ですか?」
殿下が朦朧としながら私を見る。
「...渡辺?」
体が固まる。
今、なんて?
「シオン様?」
殿下ははっきり私を見る。
「...誰?」
そんな。嘘でしょう?
「私は、アグネスです」
「...アグネス?...渡辺は?」
殿下は辺りを見回している。
「もしかして、...夏目君?」
殿下が目を見開く。
ああ、やっぱり。夏目が殿下の中に入っているんだ。どうしてこんなことに。
「う、頭が...痛いっ」
「シオン様!夏目君?どうしたの?」
殿下は頭を抱えて震えている。
私は殿下を抱きしめて背中をさする。
「...どうしよう」
しばらくうずくまっていた殿下が、ゆっくり顔を上げる。
「シオン様?夏目君?」
「アグネス......全部思い出したよ」
「シオン様!シオン様なんですね?...じゃあ、夏目君は?」
殿下は私の手を取ると目を真っ直ぐ見つめる。
「僕が夏目なんだ」
「......シオン様が、夏目君?」
「そう、思い出した。...僕もあの火事で死んだんだよ」
「火事って?あの...私の家の火事ですか?そんなはずは...」
あの火事の時に夏目はいなかったはずだ。
「火事に駆けつけた時、君が犬を助けるために家の中に飛び込んでいったと家族が話しているのを聞いた。だから、僕も君を助けるために家に入ったんだ」
息が止まる。
そんな、どうして
「...なんでそんなことをしたんです」
「君が好きだからだよ」
深い青い瞳に私が映っている。泣きそうな顔をしている。
殿下が私を優しく抱きしめると、もう涙を止められない。私も殿下に縋りつき泣いてしまう。
それから泣き止んで落ち着いた私は、久しぶりの家でお茶を飲んでいる。
サラと出会ってから今まであったことを全部、殿下に話した。
「ここがゲームの世界だと日本の記憶のある今なら信じられるよ。実際、ここは魔法とか魔術とかファンタジーの世界だからね」
「結局、私達は火事で死ななかったことになるんですよね?でも今ここにいて前の記憶もある。どうしてなんでしょう?」
「生まれ変わったのではなく、あの黒い穴を通ってきたからじゃないだろうか。パラドックスが起こっているね。それに、アグネスは向こうで一ヶ月過ごしたと言っていたけれど、僕は朝に出かけて、さっき帰ってアグネスを探していたんだ。そうしたら、マイルの波動を感じて庭に行ったんだよ。時間のずれも生じているらしい。あの黒い穴が時空を歪めているんじゃないだろうか」
鶏が先か卵か先か、考えるほど分からなくなる。
あの声は殿下が私を呼ぶ声だったのかな。
「そのサラという魔女には気をつけないといけないね。ゲーム通りに進まなければ、またアグネスの前に現れるかもしれない」
「サラは今はどこにいるのでしょう。私達とは別れてゲーム開始の時間に行ったのでしょうか?
そういえば!皇帝暗殺イベントがあるのでした!サラが回避できなければ...皇帝が危ないです」
「皇帝には知らせておくよ。そんなことより、アグネスは日本に帰りたい?」
そんなこと?いいのかな?
「日本へは帰れませんよね?」
「サラが魔女の力でアグネスを帰したのなら、アグネスにもできるということになる」
「私が?」
「うん。でも片道切符になるけど。マイルがアグネスと僕を引き寄せてあの渦が開いたんだと思う。二人とも戻れば、こちらへはもう戻れない」
日本に帰れる?
考えていなかった。私はどうしたい?
「...シオン様はどうしたいですか?夏目君の両親は心配してますよね?」
「僕の両親はもう死んでるんだ。父親は赤ん坊の頃に。母はニ年前に亡くなって親戚に引き取られた」
「私、全然知らなくて、ごめんない」
「いいよ。だから心配する人はいない。渡部は両親が心配しているだろう?」
「私は、あのお祭りに行く前に手紙を書いてきました。だから後悔はありません」
「本当にそれでいいの?」
「はい、元々死んでいた命です。家族との時間は十分過ごせました。それに、ここでシオン様と暮らす時間の方が私には大切です」
殿下はぎゅと私を抱きしめる。ああ、やっと帰るべき場所に帰れたんだと実感する。
「あの、聞きたいことがあるんですが...」
「改まって、どうしたの?」
「すごく今更なんですが、夏目君はいつから私の事を、好きだったのかなと思って」
「ああ、本当に今更だね」
「ごめんなさい。やっぱりいいです」
「渡辺は夏目には興味なかったもんね」
確かに、あまり話したことがなかった?あれ?結構話してたかも。でも意識したことはなかった。
「入学式の日に話しかけてくれただろう?あの時からだよ」
「え?私がですか?」
「それも覚えてないのか。ちょっとショックだな」
「ええ、ごめんなさい......そういえば、桜の木の下で迷子になってました?」
「迷子じゃないよ。入学式をサボろうとしてたんだ。あの時は母が亡くなって、遠い親戚に引き取られて、何もかももうどうでも良くなってて、桜の花が散るのが自分みたいだなと思って見てたんだ」
そうだったのか、すごく悲しい顔をしていたから、迷子だと思ってた。
「そうしたら、渡辺が来て、手を引いて講堂まで連れて行ってくれた。その手がとても暖かかったんだ。大丈夫、安心していいよって言ってくれただろう。すごく嬉しかったんだよ」
それは完全に迷子だと思っていたから。
「それからだよ。ずっと渡辺を見ていた。二年で同じクラスになれた時は嬉しかったよ。告白した時に好きな人がいるって言われて...すごく嫉妬した。諦めきれなくて、どんな奴か聞き出して別れさせようと思ったんだけど遠距離だって言うから、なんとかできるんじゃないかと思ったんだ」
「ん?なんとか?」
「でも、それが僕だったんだね。アグネスはずっと僕を思ってくれていたんだ」
殿下は両手で私の頬を包む。
あれ?あのゲームのヤンデレってもしかすると殿下なのでは?そんなわけないよね。




