32. 夏目
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「え?私?本当に?」
全く思ってもみなかった言葉に素で驚く。
夏目はまたため息を吐き、そして笑う。
「そう言うと思ったよ。本当だよ。俺は渡辺が好きだ」
「えーと、私、好きな人がいます。ごめんなさい」
「秒で断るなよ。...そっか、そんな気もしてた。そいつとは付き合ってるのか?」
「う?うん。付き合ってる」
「そうか、...なら諦めるしかないな」
「うん、ごめんね」
はっきり断らないといけないということはユリウスの時に学んだ。
もし君影の世界に戻れなくても、私はきっと一生独身で過ごすんだろうなと思う。
いよいよ"君影"パート2の公開の日が来た。学校を休みたいくらいだが、そういうわけにもいかない。放課後、展示の製作が終わるとダッシュで家に帰る。
ご飯も急いで食べ、お風呂に入って部屋に篭る。
震える手で携帯を持つ。アプリをダウンロードする間もソワソワしている。このアプリで何か、きっと何か帰るヒントがあると信じて起動する。
オープニングで主人公が、突然現れたあの黒い渦巻きに巻き込まれて日本から異世界へ渡ってくる。設定では主人公は二十歳の女子大生。名前はサラ。
異世界では魔法が使えるようになり、その力を使って困っている人々を助けていく。その力に興味を持った皇帝に拉致されるが、サラは俺様な皇帝に初めは戸惑う。そこに、他の攻略対象も現れ混戦の恋愛模様が二人を盛り上げ、隣国との戦争が勃発し、サラの魔法で戦争を回避して、次第に二人は惹かれあい、皇帝のツンデレが発動していく。
寝る間も惜しんでゲームを攻略して行く。課金要素が多く、なるだけ課金せずに時間をかけて進めるのに苦労する。学生は辛い。
一週間かかって皇帝を攻略できた。お陰で文化祭当日は寝不足でフラフラしながら、プラネタリウムの中で何度も寝そうになった。
ゲームで分かったことは、サラが夜、学校の帰り道の林の中で黒い渦に巻き込まれたようだということ。なぜ学校の帰りに林に寄ったのかは謎。
サラが寄った林の場所が分かれば、その林で黒い渦が出ないか見張るのだが、夜設定なので画面が暗くどこなのか全く分からない。大学名ももちろん実在の大学は無く、よく似た大学名を探して近くに林がないかマップアプリで調べるがそれらしきものは見つからない。
そして、皇帝とのイベント、拉致からの出会いと戦争回避イベントは両方とも私がしていた。戦争回避後のイベントは皇帝暗殺回避イベント。このイベントが攻略の最も大切なイベントとなる。
ゲームだからいいが、現実に暗殺されそうになるなんて怖すぎる。サラは私がいなかったことにすると言っていたが、すでに終わったイベントをどうするのか?
それと、他の攻略対象に私は全く会っていない。皇帝の周りにこんなにたくさんのイケメンがいたか?名前も聞いたことがない人ばかりだ。まあほとんど城では自室と調剤室ばかりで過ごしていたが。
「はぁ、全然ダメだ」
ベッドにボスンと横になる。結局、何も分からない。日本に来てもう一か月が経つ。もう帰れないのかもと思うと涙が溢れてくる。
文化祭委員の最後の委員会が終わり夏目と一緒に帰る。佐藤さんは先に帰ってしまった。
「渡辺の彼氏って、この学校の奴?」
「ううん、違うよ」
「どこの学校?」
「もう卒業してる」
「大学生?」
「ううん、働いてるね」
「年上なんだ」
「そうだね」
突然、根掘り葉掘り聞かれ戸惑う。
「本当に付き合ってるの?」
「え?なんで?」
「なんかそんな風に見えないから」
「そんな風って?」
「デートとかしてるの?」
「...デートはしてない。今は遠くにいるから」
「遠距離なの?」
「そうだね」
「名前はなんていう人?」
「名前...」
「言えないの?」
完全に疑われているようだ。
「彼の名前は、シオン・ルカ・オルベルト」
「外人かよ」
なんだろう。今、名前を言ったら何かを感じた。
「写真見せてよ」
「写真...」
ゲームのスチルはあるけど、見せたら本気で怒られそう。
「写真はまだ撮ってないんだ」
「ふーん。そうなんだ」
全然信じてないようだ。
「俺、やっぱり諦めるのやめる」
「え?!」
「遠距離なら俺にもチャンスがあるかもしれないし」
「いや、私は彼だけだから」
「近くにいる方が有利だしね」
夏目はニッと口角を上げて笑う。その笑顔がなぜだか殿下と被る。
それからもゲームを進めるが何の発見もなく進展もない。サラが幸せになるのが恨めしく、わざとバッドエンドにしたら全て監禁エンドになった。地下牢に監禁されたり、塔の最上階に監禁されたり、あらゆる監禁場所があり、どれだけ監禁場所作ってるんだよとツッコんでしまった。こういうところがヤンデレ要素なのか?
攻略サイトを覗いていると、あの神社のお祭りの話が上がっている。異世界に繋がるというのが、サラが君影の世界に行ってしまうのと同じだと盛り上がっていて、今週末にお祭りがあるのもタイミングが良く、行ってみたいと書き込んでいる人がたくさんいる。
私も行ってみよう。何もないかもしれないけど、なんでも試してみよう。
「渡辺、今週末は予定ある?」
夏目が放課後に話しかけてくる。
「うん。神社のお祭りに行くつもり」
「お祭り?誰と?」
「多分一人で」
「じゃあ、俺も行くよ。夜一人は危ないだろ」
「いや、人がたくさんいるから大丈夫だよ」
「たくさんいるから危ないんだよ。駅に何時にする?」
どうやって断ろうか。本当に行けるとは思っていないが、君影の世界に行くなら一人の方がいい。
「あの、私やっぱり、」
「じゃあ、17時に駅に待ち合わせな!遅れるなよ」
夏目は返事も聞かずに走って帰ってしまう。
週末になり、私は机に家族に宛てた手紙を置く。
感謝と別れの手紙だ。私が戻らなければ家族がこの手紙を読むことになるだろう。
「マイル、行こう」
私は見えないが足元にいるはずのマイルに声をかける。
駅に着くと夏目がもう来て待っている。私を見つけて嬉しそうに笑う。
「ちゃんと来たな」
「強引だったけどね」
「じゃあ、行こうか」
電車に乗り目的の駅に着くと降りる人が多い。お祭りに行く人達だろう。人の流れに乗り神社へ向かう。夕暮れ時、まだ明るいが神社の参道には提灯が灯り出店がたくさん出て、浴衣を着た人たちもいる。
ゆっくり人の流れに添い進みながら参道の前を見ると、長い階段の上に神社へ入る大きな鳥居が見える。あれが異世界への門といわれていた鳥居だ。
階段を登りいよいよ鳥居をくぐるが、何も変化はない。振り返るが後に続く人並みが見えるだけだ。
半信半疑ではあったが、これが最後の希望でもあったので何も起こらないことに正直ショックだ。
俯いて歩く私に夏目が心配そうにしている。
「渡辺、しんどいのか?人混みに酔ったんじゃないか?」
「うん、ちょっとしんどいから私休んでいくよ。夏目君は参拝してきて」
「一人にできるわけないだろ。横に林があるからそこに入って休もう」
「うん、ごめんね」
私達は神社の横から林の中に入っていく。明かりがなく薄暗いが奥に鳥居が立って小さな祠が見える。こちらには誰もいない。
「ここならゆっくりできるだろ。何か飲むもの買ってくるよ」
「いいよ、夏目君。こんな人混みの中、大変だよ。私は少し休んだら大丈夫だから」
「すぐ戻ってくるから待ってて」
夏目は足早に行ってしまう。本当にいい人だな。
ぼんやりと人々がくぐる大きな鳥居を見る。
あれをくぐる人皆んなが異世界に行ったら大変だよね。そんなことある筈なかったんだな。
目に涙が溜まっていく。目がだんだんぼやけて景色が見えなくなる。
もう殿下に会えないんだと現実を突きつけられたようで胸が痛い。
「殿下、ごめんなさい」
最後に名前を呼びたい。
「シオン・ルカ・オルベルト、あなたを愛しています」
涙がポロリと落ちる。
足元から光が立ち上がる。
なんだろうと下を向くと、マイルがいて光っている。
「...マイル、見えるわ。マイルが見える!」
マイルはクルンと回り、林の奥へと入っていく。
私は慌ててマイルを追いかけて奥にある鳥居をくぐる。
マイルは立ち止まり、じっと空を見上げている。私もつられて空を見上げる。
何か音が聞こえる。
音じゃない、声だ。
なんて言ってるの?
空に黒い点が現れる。その点は段々と大きくなる。
次第に大きな穴が開き、中は黒く渦巻いている。