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30. 現実世界

読んでいただき、ありがとうございます。

誤字脱字報告いつもありがとうございます。

 時計の音がカチコチ聞こえる。目を開くとカーテン越しに僅かに明かりが差して部屋の中は薄暗い。

 まだ朝じゃない。もう少し寝よう。

 そう思って目を瞑り寝返りを打つ。


 ん?時計?

 当たり前の物がすごく違和感を感じる。

 もう一度目を開けて部屋の中をよく見てみる。ぼんやりと勉強机と箪笥の形が見える。

 立ち上がり電気のスイッチを押す。

 途端に眩しい光が部屋を照らし出す。


 私の部屋だ。でも違う。アグネスの部屋じゃない。

 渡辺香織の部屋だ。

 本当にこの世界に送られてしまった。


 しばし呆然と立ち尽くす。


 自分の体を調べる。生きてる。元気だ。

 私は死んだのではなかったの?


 スマホが目に入り、すぐ手に取り電源を入れる。アプリを探すと見つかり起動する。"君影"。すごく懐かしい。オープニングの絵が流れていく。殿下がいる。主人公の聖女が殿下に抱きしめられて笑顔で見つめ合っている。その絵を見ただけで心臓が冷たくなる。

 ゲームから戻る方法がないかと思ったが、ただ画面が変わって行くだけだ。魔力を溜めようとするが何も起こらない。魔法も使えない。


 どうしよう

 どうしたらいい?


 攻略サイトを開きパート2の情報を探す。近日中に公開とある。今はまだないということは、サラは未来から来た?そもそも、あの黒い穴から来たと言っていたが、生まれ変わったのではないのか?

 パート2の予告スチルがアップされていて、サラによく似ている。横には皇帝がいる。


 何か情報がないか次々ネットのページを開く。"君影"はヤンデレゲームと書いてある。確かにサラは少し病んでる感じがある。主人公がヤンデレ?

 そんなことはどうでもいい。"君影"の世界に戻る方法が何かないか。だが、目ぼしいものは見つからず、気がつけば部屋は陽の光が入り朝が来ている。


「香織、起きなさい。早く朝ごはんを食べないと遅刻するわよ」


 お母さんが呼んでいる。学校があるのか。休めないだろうか。


 部屋を出て台所へ行くとテーブルに朝ごはんが並んでいる。父が座ってご飯を食べている。大学生の兄はまだ寝ているのだろう。足元には犬のラッキーがいる。


「ラッキー、おはよう!」


 首の辺りをもふもふすると尻尾をはちきれんばかりに振っている。可愛い!


「お父さん、お母さん、おはよう。熱っぽいから今日は学校を休んだらダメかな?」

「明日からテストなのに休んで大丈夫なの?」


 母が額に手を当てるが、すぐに外し、


「熱はないから行きなさい」


 普段から低体温なのが恨めしい。大人しく朝ごはんを食べ、部屋に戻り着替える。

 仕方がないので学校へ向かう。そういえば明日からテスト?何も勉強してないけどどうしよう。背中に冷や汗が流れる。私の高校は進学校だ。いつも必死で勉強して上位に縋り付いている。


 学校に着くと、懐かしい友達がいる。席に着くと鞄から教科書を取り出して開いてみる。驚くほど覚えている。時間割を確認して今日復習する科目を確認する。何とかなりそうだ。ホッとして息をついてから、私はあちらへ帰るから勉強はいらないんだったと思い出す。


 でも帰れなかったら?

 首を振ってその考えを打ち消す。

 必ず帰る。方法はあるはず。


 やがて授業が始まり、テスト前の緊張感のある雰囲気の中、久しぶりの学校生活を送った。


 テスト前なので午前中で終わり急いで帰ろうとすると、隣の席の夏目が話しかけて来る。


「渡辺、国語得意だろ。ちょっと分からないところがあるんだけど、教えてもらえないか?」


 どうしようか迷ったが、困ってる様子だし丁寧にお願いされたので頷く。


「この問題、どうしてこの答えになるんだ?」

「これは、この文を受けてるから意味を当てはめるとこの言葉になるよね」

「ああ、そうなのか。国語ってさっぱり分からないや。じゃあ、これは?」


 理数系の夏目には国語は難解用語らしい。私にとっては数学が異言語だ。ついでに私は数学を教えてもらう。


「明日のテスト何とかなりそうだ。サンキューな」

「私も教えてもらえて助かった。ありがとうね」


 もう他の生徒は帰ったのか私達だけだ。急いで靴を履き替え外に出る。


「渡辺は文系クラスに行くんだろ」

「うん、夏目君は理系?二学期から数学漬けだね」

「うへぇ、今から憂鬱だよ」

「あ、じゃあ私こっちだから、また明日ね」

「ああ、またな」


 私は早足で家に帰る。急いで昼ごはんを食べ部屋に籠る。またスマホを開きゲームを起動する。ゲームを進めようかと思うが、主人公は聖女だ。何かヒントがないかと殿下以外を攻略していくが何も見つからない。時々、アグネスが主人公を貶めようと意地悪な顔で現れる。

 本来はこうだったはず。私が変えた?生まれ変わったから?


 ドアをカリカリと引っ掻く音がする。もう夕方になりラッキーの散歩の時間だ。部屋を出て首輪と紐を持つとラッキーが嬉しそうにクルクル回っている。マイルを思い出して笑みがこぼれる。


「テスト勉強があるでしょう?散歩、代わりに行こうか?」


 母が声をかけてくれるが気分転換になるので行くことにする。

 家を出ると初夏の爽やかな風が吹いている。ベルンで受けた風を思い出す。

 公園に行くと子供達の元気な声がしている。こちらも現実なんだと改めて考える。


 このまま帰れなかったら?

 不安が胸に込み上げてくる。

 もう二度と殿下に会えない。

 そう考えるだけで苦しくて息ができない。


 散歩を終え家に帰ると、またスマホで検索する。転生を扱った小説も数々あり読み返すが、帰る方法を書いた物は見つからない。焦燥感が募っていく。


 夕ご飯は食欲がなくあまり食べられなかった。母が心配してくれていたが、テスト勉強のせいにしておく。


 ノートを出しこれまでのことを書き綴る。渡部香織の記憶に大半を占められているが、アグネスの記憶も断片的に思い出せる。殿下、オルベルト国、魔女。何より心を占めるのは殿下への想いだ。


 時計を見るともう2時だ。家族も寝ているだろう。でも全然眠たくない。少し勉強でもしようかと教科書を取り出す。

 その時、きな臭い匂いが鼻をつく。

 なんだろうと廊下に出るが特におかしなところはなさそうだ。

 また部屋に戻るがやっぱり匂いがする。何か燃えている匂いだ。

 カーテンを開けて窓を開けると隣の家から煙が出ている。家の中に赤い光も時々見える。


 火事だ!


 私は慌てて部屋を飛び出し父と母を起こす。

 二人は起きて窓から隣を見ると、父はすぐに消防へ電話をする。私は兄を起こしラッキーを連れて家の外に出る。


 隣のインターホンを何度も鳴らすと、二階から隣人が顔を出してなんとかバルコニーを伝って外に逃げ出す。


 思い出した。

 私は前は火事で煙に巻かれて死んだんだ。


 間も無く消防車が到着して、隣の一階が激しく焼けたが火は消し止められた。台所の火の不始末だろうという事だ。


 怪我人もなく、隣の老夫婦も一応念のため病院へ搬送された。


 私達は家に戻り寝ることにする。

 しかし、私は眠れない。

 私は死んで君影の世界に生まれ変わったんだ。

 今回、私は助かった。

 ではもう生まれ変われない?

 これで君影の世界との繋がりが絶たれてしまった。


 絶望が胸を占める。


 一睡もできず、本当に熱を出した私は学校を休むことになった。

 火事のショックで熱が出たのだろうと学校も考慮してくれるらしい。でももうそんなことはどうでもいい。


 熱に浮かされながら、思い出すのは殿下のことばかりだ。私がこちらの世界にいることを殿下は知らない。きっと心配して探してくれているだろう。いや、もしかすると私が勝手にどこかへ一人で去っていったと思っているかもしれない。マイルの力でもこの世界までは追うことはできないだろう。マイルにもまた無理をさせてしまう。

 取り留めなくいろんな考えが浮かんでは消えて行く。

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