29. 南の国ベルン
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二日かけて船でベルン国へ辿り着く。船を降りると暖かい風が吹いている。港は荷の積み下ろしや船に乗下船する人でとても賑わっている。
「案内が待っている筈だよ。ベルンで投資の手伝いをしている男なんだ。馬車で迎えに来ると言っていたんだけど」
「ルカ様!お久しぶりです!」
声の方を振り返ると、日に焼けた顔に白い歯を見せながら背の高い男が笑顔でこちらへ駆けてくる。
「やあ、テオ、久しぶり。こちらが僕の奥さんのアグリだよ」
「おくっ?!は、はじめまして、アグリです。よろしくお願いします」
「はじめまして。テオと申します。ルカ様が言っていた通り綺麗な方ですね」
「早速だけど家へ案内してくれるか?」
「はい、あちらに馬車を停めてます」
もう奥さんなんですね。恥ずかしいけど嬉しいです。
私達は人混みを抜けて馬車の方へ歩いて行く。その時、ふと魔力を感じた。
振り返るが人が多く行き交い分からない。
「アグリ、どうしたの?逸れてしまうよ」
「あ、はい」
もう一度振り返るがやっぱり分からない。
私達はテオの馬車に乗り、しばらく走ると街の外れにある二階建ての屋敷に着く。玄関前には馬車停めがあり、南向きの前庭もある。そんなに大きくはないが手入れがされていて小綺麗な感じだ。
「この屋敷です。ルカ様のご要望に沿う様に探したつもりですが、どうですか?」
「中を見てみるよ」
殿下に手を引かれて中に入る。40歳くらいの夫婦が出迎えてくれる。とても気の良さそうな人達だ。
「この屋敷を管理しているタリスとアナです。こちらに住まわれるならもう少し人を雇います」
一階はサロン、食堂、台所、使用人室がいくつかあり、二階には大きな寝室とあと三つ寝室がある。
どこも綺麗に掃除がされていて古さを感じさせない。
「いいね。アグリはどう?気に入った?」
「はい、とても。でも二人で住むには大き過ぎませんか?」
「そんなことないよ。これでも小さいくらいだ。気に入らなければ他を探そうか」
「いいえ、ルカさ...ルカが気に入ったのでしたら、私はここでかまいません」
危うく様付けするところだった。
「ではここにするよ。今日からここに住めるかな?」
「後はサインだけですので大丈夫です。早速不動産屋を呼びます」
私達はサロンへ通され、間も無く不動産屋がやって来る。小太りで額の汗をしきりにハンカチで拭いている。
「この物件は大変お買得ですよ。この辺りは王都から少し外れていますが静かですし、建物は古いですが改築もされていて丁寧に使われてたので新築同様です。住んでいたのは子爵夫人なんですが息子さんと暮らすことになって売りに出されたんです」
なかなか上手いセールストークだ。
「もう一つ気になる物件があるんだが、どうしようか」
「こちらに今決めていただけるなら、お安くさせていただきますよ」
「ふーん、どれくらい?」
殿下が思わぬ交渉上手で驚く。その後、納得のいく価格で取引が成立したようだ。
「では、手続きは以上です。ご購入いただきありがとうございました。また何かございましたら、是非私にご用命ください」
不動産屋が帰っていく。しかし、ポンと即金で買ってしまうなんて、殿下は一体いくら儲けているの?
「ルカ、私も少しですが貯金があるのでそれを使ってくださいませんか?」
「アグネスのお金を使うなんてできないよ。心配しないで。実は他にも金鉱が見つかったんだ」
「......そうですか。それは凄いですね」
「内装はアグネスが決めて良いからね。落ち着いたら二人で教会に行こう」
私は黙って頷く。もはや何も言える事がない。殿下は私の様子を見て眉を下げる。
「僕が勝手に決めたから怒ってる?ずっとあちこちを転々としていたから、二人で早く落ち着きたかったんだ」
「怒ってなんかいません。私は何もできず申し訳なく思ったのです。私もルカと落ち着けるところが見つかって嬉しいです」
「アグネスは何も心配しないで、この家にいてくれたらいいんだよ」
殿下は優しく私を抱きしめる。
次の日には新しい料理人と使用人が二人雇い入れられた。テオが全て手配してくれたようだ。
「ルカ、テオとはどこで知り合ったのですか?」
「ああ、彼はイスタンのスパイだったんだよ。でも交渉してオルベルトの二重スパイをしてたんだけど、子供ができたというからスパイを辞めて僕の事業を手伝わないかと声をかけたら二つ返事で応じてくれて、ベルンへ来てからも何かと役立ってくれているよ」
「...そうですか。スパイだったんですか」
段々、殿下の言葉に驚かなくなってきたと思っていたけれど、まだ上があったらしい。
殿下は時々昼間にテオと出かけるので、私は家の内装を選んだりしている。
「マイル」
マイルが出てきて嬉しそうに頭を寄せて来る。
最近は殿下とずっと一緒なのでこき使われることもなく元気だ。マイルに再度契約を解除しようかと聞いたが嫌だと首を振られた。殿下にもこれからは一緒にいるのでマイルとの契約を解除してほしいとお願いしたが断固拒否された。
「マイル、庭に噴水があるの。行ってみる?」
マイルはうんうんと縦に首を振るので二人で庭へ行く。小さな噴水だけど常に綺麗な水が地下から汲み上げられて流れている。マイルは水に入るとバシャバシャはしゃいでいる。
思えば卒業式から数ヶ月、色々あり過ぎて疲れた。やっと落ち着いて平穏な日々が送れると思うと感慨深い。
しばらくマイルが水の中を泳ぐ様子を見ている。時々跳ね上がる水滴が日の光に照らされてキラキラ輝き綺麗だ。
後ろから足音が聞こえ、殿下が帰ってきたのかと振り向く。
「あなたがアグネス?どうして髪が短いの?」
黒髪に黒色の瞳の魔女が立っている。歳は20歳くらいか。とても綺麗な子だ。
どうして私の家の庭に魔女がいるのか。
「あなたは?」
「私?私はサラ。あなたは悪役令嬢なのになぜ王太子と結ばれるの?悪役は修道院へ送られるはずでしょう?シナリオを変えたら駄目よ」
「な、何の事?」
「あなたがちゃんと役割を果たさないからパート2が始まらないじゃない。私と皇帝が結ばれるはずなのに出会うこともできない」
「パート2って?」
「ゲームのパート2よ。してないの?」
もしかすると"君の瞳に映る影"の事?
「"君影"パート2はね、皇帝と庶民の少女のシンデレラストーリーなのよ」
「皇帝は隠しキャラでしょう?」
「やっぱりゲームを知ってるのね。だからちゃんとストーリーが進まなかったのよ。皇帝は隠しキャラだけど聖女とは結ばれないの。パート2で私と運命の出会いをして魔女と結婚するのよ」
「...そうなの、知らなかったわ。じゃあ、今から出会えばいいんじゃないの?」
「出会いイベントも戦争回避イベントも全部あなたがしたくせに、よく言うわよ。今から好感度を上げたくても上げられないわ」
「あれはイベントだったの?私がしたくてしたのじゃないわ。巻き込まれたのよ」
「もういいわ。だから、あなたがいなかった事にすることにしたの。あなたがいなくなればまたイベントが起こるかもしれない」
「何言ってるの?」
言ってる意味がわからない。ちょっと怖い。
「あなたには元の世界へ帰ってもらうわ」
「そんなことできるわけがないじゃない」
「私ならできるわ。さあ、帰ってちょうだい」
サラの手から魔力が放たれる。私は咄嗟に防御魔法を放つが、彼女の方が早く私に魔法が降りかかる。
頭の上に丸い空間が開き、中は黒く渦巻いている。身体が浮き上がり、その中に吸い込まれる。
「私もそこから来たの。だから大丈夫。ちゃんと帰れるわ」
サラが笑いながら手を振る。
私は必死で穴に向かって魔法を放つが吸い込まれる力が強く止められない。
「嫌!止めて、」
真っ暗な中に放り込まれ意識を手放した。




