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27. 忘れる幸せ

読んでいただき、ありがとうございます。

「シオン様、一度、私の山小屋へ行きたいのですが、よろしいですか」

「ああ、あの魔女の山小屋だね。僕もアグネスが暮らしていた家を見てみたい。行ってみよう」


私達は転移魔法で山小屋の前に立つ。久しぶりに見る山小屋はここだけ時間がゆったり流れているかのように落ち着く。


「シオン様、玄関で靴を脱いでスリッパに履き替えてください」

「どうして?」

「...靴で床が汚れるでしょう?その方が清潔だからです」

「ふーん、わかったよ」


殿下は素直に履き替えてくれる。

中に入ると前に出た時のままだ。薬草の匂いを胸いっぱいに吸い込む。ああ、帰ってきたんだと思う。

殿下は興味深そうに辺りを見回している。

私は食糧庫や衣裳室、調剤室を殿下に説明しながら見せる。殿下は改めて魔女の力に驚いているようだ。


それから、階段の扉の前に立つ。"求め階段"だ。

扉を開くと灯がつき階段を下の方まで照らす。私は殿下を振り返り頷くと、階段を一つ一つ降りていく。私にはどうしても確かめたいことがある。


階段を降りきり目の前に現れた扉を開ける。登りの階段が現れ今度は登っていく。登りきったところにある扉を開ける。

そこは寝室だ。前に来た時と同じ。

私は左の扉に向かい、そっと開ける。


彼女がいる。ソファに座って本を読んでいる。

私は少し迷って、扉を大きく開け部屋の中に入る。

彼女は私に気づき驚いている。


「急に来て申し訳ありません。"求めの扉"から来ました。あの、私を覚えていますか?」


彼女は私をじっと見て首を傾げる。私の後から来た殿下にも視線を送るが分からないらしい。


「前に会ったことがあったかしら?あなたも魔女よね?どうしてここへ?」

「私は以前あなたと北の鉱山でお会いしたのです。覚えていませんか?」

「北の鉱山?さあ、行ったこともないと思うけど。覚えていないわ」


どうやらほんとうに呪いのは跳ね返されているらしい。


「あの、あなたは以前私に、忘れられるのは幸せだと言っていました。あなたは今...呪いで大切な人を亡くした事を忘れているようなのです。それで...あなたは今幸せですか?」


魔女は怪訝な顔をしている。


「私が本当にそんなことを?大切な人って誰?」

「多分、鉱夫だったご主人ではないかと思います」

「私は独身よ。そんな人知らない。...もしその話が本当だとして、どうして私にそんなことを聞くの?」

「私には忘れることが幸せだと思えなかったので」


魔女は私を疑うような目で見ている。いきなりこんなことを言われても信じられないだろう。


「あなたが今幸せならいいのです。余計なことを言いました」


私は殿下を促し玄関へ行く。


「ちょっと待って」


彼女はどこか思い詰めたような顔をしている。


「その呪いはあなたがかけたの?」

「いいえ、あなた自身です」


呪いが跳ね返った事は敢えて言わない。言ったらもっと信じてもらえなくなるだろう。


「私?」

「そうです」

「じゃあ、私が呪いを解いたら、思い出すというのね」

「そうだと思います」

「そう」


どこか遠い目をして彼女が言う。


「教えてくれてありがとうと言うべきかしら。呪いを解くかどうか考えてみるわ」

「はい。どうするかあなたが選んでください」


わたしは今度こそ殿下と部屋を出ていく。

玄関を出ると暖かい風が吹いている。


「アグネス、どうして彼女に呪いのことを教えたんだい?」

「彼女が、本当に忘れたいと望んでいると思えなくて。私も大切な人との思い出は無くしたくないです」


殿下はそっと私を抱きしめると髪を撫でてくれる。


「僕達に呪いをかけた魔女を助けようとするなんて。彼女が思い出したら、また僕達に呪いをかけるかもしれないよ」

「もうそんな事はしないと思います。もしそうなっても、また殿下は呪いを跳ね返してくれるでしょう?」

「そうだね、もうアグネスを忘れたりはしない」


殿下は苦笑いをしながら、私の頬にキスをする。


「これから、イスタン国の知り合いに会いに行きたいのですが、よろしいですか?」

「アグネスの交友関係は全て把握しておきたいからね。もちろん一緒に会いにいくよ」


なんか引っかかる言い方だが、気にしないことにする。転移でダナーの店の裏に出る。


「以前、ここでアグネスを見失ったけど、こういう事だったのか」

「...あの時は、シオン様が私を修道院に送るために来たと思っていたので...」

「ふぅ、僕の愛がまだまだ足りなかったんだな。これからは疑う余地もないくらいに愛するよ」


なんだか寒気がするがこれも気のせいかな?


店に入ると、すぐにダナーがこちらに気が付きカウンターから出てくる。


「アグリ!無事だったのか?心配したんだぞ」

「はい、私は大丈夫です。ダナーさん、ご心配をおかけしてすいません」

「急に国に帰ると手紙が来たから、またこの騎士に連れ戻されたのか?」


殿下を指差して言う。そういえば、前回殿下は騎士服を着ていて一緒に帰りましたね。ザワリに攫われた事は心配をかけたくないので手紙には書かなかった。


「あの、この方は、私の、こ、恋人?です」


なんて言えばいいのか分からず、恋人と言ってしまって顔が熱い。


「アグリの恋人です。彼女がお世話になってます」


殿下はとてもご機嫌に私の肩を抱く。恥ずかしい。


「そうか、アグリを幸せにできるのか?抜けてるところもあるがとても良い子だ」

「よく知っています。そんな抜けてるところも愛しています」


二人して私を貶している。おかしい、完璧な淑女教育を受けてきたはずなのに。


「最近ザワリの羽振りがいいからアグリに何かあったんじゃないかと心配してたんだ。杞憂で良かった」


そうか、ザワリは私を売ったお金でいい暮らしをしているのか。許せん。


「私は今はエルランド帝国にいます。いつまでいるか分かりませんが、薬が必要なら送れると思います」

「帝国?戦争があったじゃないか。魔女がキザラ軍をやっつけたと聞いたぞ...もしかして...」

「...わ、私は何も知りませんよ」

「そうか、そういうことか。なるほどな」

「......」


あれ?もしかしてバレてる?なぜ?


「アグリ、じゃあまた毛生え薬と傷薬も頼む。戦争があったから備蓄に需要が増えてるんだ」

「わかりました。また送りますね」


ダナーの店を出て隣のベティにも挨拶をする。お昼ご飯時だったので、お祖母さんがベティのお子さんを連れてきている。


「こんにちは、ベティさん。お久しぶりです」

「アグリ!元気そうで良かった。ザワリが何かしたんじゃないかと心配してたのよ。その人は?」

「アグリがお世話になっています。彼女の恋人です」


殿下は私の肩に手を置きベティに挨拶する。

そう、ここでも恋人設定ですね。


「そう、あの時の騎士様ね。アグリは本当にこの人でいいの?」

「え?」

「二度も一人でこの街に来たでしょう?また捨てられるかもしれないわ」

「あ、あの...」

「ご安心ください。もう絶対、彼女を離しませんから」


殿下は私を抱き寄せる。恥ずかしいんですけど。

ベティはそれを見て顔を赤くする。


「まあ、とても素敵な方ではあるわね。でもまた何かあればいつでもここにいらっしゃいね」

「あ、ありがとうございます」


早々に引き上げることにする。


「殿下、もう一人会いたい人がいるのです」

「いいよ。次はどんな人なんだい?」

「私を誘拐して帝国に売った人です」

「それはぜひ会いたいな」


殿下が昏く微笑む。


前にザワリにもらった名刺を頼りに店を探していく。裏通りを少し行ったところに、大きな建物が改築工事をしている。その前にザワリがいて、作業を見て指示を出している。

私を売ったお金で店をきれいに直しているらしい。


「こんにちは、ザワリさん。お久しぶりです」

「うん?ああ!あんたは!なんでここにいるんだ?」

「ちょっとザワリさんとお話がしたくて。お店を改築しているのですか?」

「あ?ああ、そうだ...もうお金なら無いぞ。店に使ったからな」

「そうですか。それは残念です。では私を誘拐した見返りを何でもらいましょうか?」

「ははは、見返りだと?あんたも帝国でこれから稼げるだろう。もしかしてもう追い出されたのか?なら私が雇ってやろう」

「いいえ、皇帝陛下には良くしていただいています。ただ...あなたにはきちんとお返しをしなければいけないと思いまして」


どうしてやろう。お店を燃やそうか?でも隣のお店に迷惑かな。

私が思案していると、お店が徐々に地面に沈んでいく。異変に気がついた作業員が中から飛び出してくる。


「なんだ!どうしたんだ!」

「分かりません!突然、沈み込みだして!」

「なんとかしろ!私の店が!早く止めろ!」


見てる間にどんどん店が沈み込み、二階建ての建物は地面の中に消えてしまった。


「な、なんでだ?私の店が消えてしまった!どうなってるんだ!」


ザワリは膝をつき頭を抱えて座り込む。

私が隣を見ると、昏い笑みを浮かべた殿下がいる。


「お前か?お前がやったのか?」


突然、ザワリが立ち上がり私に詰め寄ろうとするが、素早く殿下が足払いをかけ、ザワリは転倒する。


「私が闇魔術で地面に沈めた。人を貶めて得た金で欲をかくからだ。これに懲りて改心しろ。さもなければ今度は命が無いものと思え」


殿下の言葉にザワリの顔色が青くなる。


「くそ!俺の店がー!」


ザワリは店のあった場所に這って行って、地面を素手で掘りだす。


「陰の中に入れたから地面を掘っても出てこないよ」


殿下は私の耳元で囁く。そのまま私達は転移で姿を消した。


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