24. 魔女として
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その後、両親も交えて話をする。私が魔女であることを知っていて、帝国へ移住する予定であることも殿下には伝えてある。
「殿下はこれからどうなさるおつもりですか?アグネスは稀有な力を持っている。その力を利用しようとする者が現れた時、王太子で無くなったあなたにアグネスを守れるとは思えません」
「私は王太子であっても無くても、アグネスを必ず守ると誓った。命に変えてもその約束は守る」
殿下の言葉がすごく嬉しい。思わずにやけそうになるのを必死で手で隠す。
「...そうですか。その言葉をくれぐれもお忘れになりませんように。私からはもう何も言う事はありません。アグネスのことをどうかよろしくお願いいたします」
両親が殿下に頭を下げるのを見て、私も気を引き締める。
「ハイドレン卿はいつ帝国へ発つつもりだ?」
「こちらの後片付けが済み次第、出立するつもりです。殿下もアグネスと一緒に来られますか?」
「いや、これからどうすべきか、まだ少し考えたい」
「かしこまりました。城へ戻られないのでしたら、どうぞこの屋敷でお過ごしください」
次の日、私は殿下と一緒にキャサリンとナンシーに会いに行くことになった。実は少しずつ記憶が戻ってきている。昔のことはまだ朧げだが、最近のことを思い出して、二人と一緒に殿下の寝室を訪れたことも思い出したのだ。一人で行こうと思っていたのだが、殿下も他の魔女に会ってみたいと一緒に行くことになった。殿下と会いに行くと魔法郵便で連絡すると、明日空いてるとすぐに返事が来た。
「シオン様、お二人には呪いを解こうとして大変お世話になりました。それに、とても心配をおかけしてしまったので呪いが解けたことを会って報告したいのです」
「うん、アグネスに魔女の友達ができて良かった。僕も会えるのが楽しみだよ」
公爵邸へ来てほしいと言ったのだが着て行く服がないと断られ、結局いつもの劇場の控え室に集まることになった。
昼過ぎに控え室へ殿下と転移すると、既にキャサリンとナンシーが待っていた。
「お二人とも、お久しぶりです。その節はお世話になり本当にありがとうございました。あれから殿下の呪いが解けて、私も少しずつ記憶が戻ってきているのです。ご心配をおかけしました」
「そうなの、良かったわ!心配してたのよ」
「本当に王太子殿下なんですね。やっぱり寝姿よりカッコいいわ」
「キャサリン、余計なことは言わないの!」
ナンシーが慌てて釘を刺す。
殿下は「寝姿?」と不思議そうな顔をしている。
「それよりどうやって呪いを解いたの?呪いをかけた魔女が見つかったの?」
「いいえ、呪いをかけた魔女は見つかっていません...ん?そういえば...」
「アグネス、どうしたの?」
殿下が私を覗き込む。
「私、その魔女に会ったかもしれません。北の鉱山にあった山小屋の、階段がつながった先にいたのが黒髪で赤い目の魔女でした。呪いが完成していると言われて追い出されてしまって。その時はなんのことかわかりませんでしたが、今思うと確かに彼女です」
「階段?"求めの階段"のことかしら?昔の魔女の家には付いていたと聞いたことがあるわ。自分が求める場所へ連れて行ってくれるって」
ナンシーは顎に手を当てて考えている。
「私の山小屋にもあります。私が求めたから彼女につながったのでしょうか。彼女はこうも言っていました。"忘れられるのは幸せだ。私は忘れられない"と」
「亡くなったご主人のことかしら。でも呪いが解けた原因が呪いを跳ね返したのなら、彼女はもう全て忘れているかもしれないわね」
彼女には酷い目に遭わされたが、私にも非はある。もし呪いが跳ね返り彼女がご主人のことを忘れられたのなら、それは幸せなことなのだろうか?
それから二人に、エルランド帝国のイシス皇帝と先々皇后のアルタニア様に会い、彼らが魔女の復権を目指しているということも話した。二人がその話を聞いてどう思うのか知りたかったのだ。
「私は女優の仕事に誇りを持っているわ。ずっと女優を続けたいと思っているし、魔女だとバレたらトリックも魔法だとバレちゃうから困るわね」
キャサリンはペロッと舌を出し肩をすくめる。大変可愛らしい。
「私はもう歳だし娘夫婦や孫と平穏に暮らせることが何より幸せよ。私はあなたたちしか他の魔女を知らないし、魔女の暮らしやすい世界になればいいとは思うけれど、余計な争いに巻き込まれないか心配だわ」
「魔女は世界にどれくらいいるのでしょう?」
「さあ、昔の文献は魔女狩りで全て燃やされてしまったから、魔女に関する資料は何も残されていないのよ。一つの国に一人いればいい方なんじゃないかと思っているわ」
この大陸には、一番大きな帝国と大小六つの国の合わせて七つの国がある。他の大陸にもたくさんの国があるが魔女がいるのかは分からない。
私もナンシーの考えに賛成だ。この大陸に十人いればいい方だろう。こんな数では権利を主張するより力を狙われる危険の方が大きい。
「そうですか。魔女は力を隠して暮らした方が良さそうですね。もし戦争にでもなれば各国が魔女の力を欲するでしょうから」
「そうね、ここ数十年は大きな戦争が起こってないけど、いつその均衡が崩れるかはわからないものね」
「何かあれば私が必ず二人を守ります」
私は決意を新たにする。
「あら、私たちはもう家族も同じでしょう。お互い助け合っていきましょう」
「そうよ。水臭いこと言わないの!」
ナンシーとキャサリンの言葉に心が温かくなる。
二人と別れて公爵邸へ転移すると王宮の馬車が停まっている。
通りかかった侍女に聞くと、王宮からラナンが来て父が対応しているらしい。
殿下と二人でサロンへ行く。
「殿下、王宮へお戻りください。陛下がお待ちです」
「もう王宮へ戻るつもりはない。陛下には廃嫡してほしいと手紙を書いた」
「そんな!では殿下はこれからどうするおつもりですか?」
「まだ決めてはいないが、アグネスと共に生きていく。いずれはこの国を出るつもりだ」
「この国を捨てるのですか?」
「私は何度もアグネスを妻にしたいと陛下に願い出たが、ついぞ認められることはなかった。幼い頃よりアグネスとは支え合って生きてきた。今更アグネス無しでは生きてはいけない。この国がアグネスを捨てるというのなら私はこの国を捨てる」
ラナンは唖然とした顔をしている。父と私もだ。
改めて言われると、そんなに思われる記憶がない。確かに全ての記憶が戻ったわけではないが。
私は特に優秀でもない。顔はまあ美人の類になるだろうがやや吊り目できつい印象だし、女性にしては背が高く、凹凸もさほど無くスレンダーだ。考えれば考えるほどどこが良いのか分からなくなり落ち込みそうだ。
「...はぁ、わかりました。陛下へそのように伝えます」
「ラナン、ゼルとの契約を解いてくれ」
「もう後を追うなということですか?」
「そうだ」
「...わかりました。城に帰って契約を解きます」
ラナンは肩を落として帰っていく。
「ハイドレン卿、私とアグネスは帝国へは行かない。近々北の国キザラが動きそうだ。帝国も戦火に巻き込まれるかもしれない」
「それはどこからの情報ですか?」
「陛下が言っていた。確信はないが陛下はこの期に乗じて帝国へ攻め込むつもりかもしれない。気をつけてくれ」
「...私にそんな情報を教えてよろしいのですか?」
「アグネスのためだ。卿に何かあればアグネスが悲しむだろう」
「...ありがとうございます。早速、皇帝へ連絡を取りたいと思います。失礼いたします」
父がサロンから出ていく。
「シオン様、戦争が起こるかもしれないのですか?」
「アグネスは心配いらないよ。戦火の及ばない国へ二人で行こう」
「キャサリンさんとナタリーさんにも知らせないと」
「まだはっきり決まったわけじゃないし、不安を煽るだけになるかもしれない。分かってから知らせても間に合うよ」
殿下に優しく抱き寄せられるが胸は不安でいっぱいだ。