15. 結婚相手は
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行きと同じ五日間で王都へ戻る。初めの日は殿下と一緒だったが、次の日からは違う馬車になった。
殿下は私に甘かったので気づかなかったが、他の人と話している時は的確な差配をしてみんなを動かしている。まさに王になるべき人だ。
殿下は私のために王位を捨てると言っていたが、本当にそうなっていたら私は後悔しただろう。
だから殿下に距離を取られるようになって寂しいが、この方がいいのだと自分に言い聞かせる。
もう聖女との結婚はないし、まだ殿下は王太子のままだ。このままいけば、結界の力を手に入れた私との結婚は陛下に認めらるかもしれない。殿下の気持ちはもう私にはなくても、殿下をお支えしていけたらそれでいいと思い込もうとする。
王都へ着き一日休養を取ってから陛下へ謁見する。でも私はその場には呼ばれなかった。どのような報告がなされたのか分からないが、その次の日の晩餐に呼ばれることになった。
晩餐の席には王と王妃、殿下、ユリウス王子、宰相と隣国イスタン王国から留学しているサリタ第二王女がいた。サリタは16歳で学園の2年生だ。
私の向かいに殿下が、その隣はサリタが座っている。
「北の鉱山までの遠征ご苦労だった。見事結界が張られたと聞いた。アグネス嬢、よく頑張ってくれた。礼を言う」
「陛下、もったいないお言葉でございます」
「それでだ、ナリス地方の西の洞窟に張った結界がもう解けかかっている。ユリウスと一緒に行き結界を張り直して来てほしい」
私は陛下の目を見つめる。不敬だが、どう言う意図があるのか知りたい。なぜユリウスとなのか。
「西の洞窟周辺は強い魔獣は出ないから心配しなくても私でも大丈夫ですよ」
隣に座るユリウスが笑みを浮かべながら私を覗き込む。
「かしこまりました。私の力が役立てるのでしたら喜んで参ります」
殿下の様子を伺うと、目が合うがまるで関心がなさそうだ。陛下もその様子を見て満足そうに頷いた。
「ではよろしく頼む」
その後の晩餐では、サリタがしきりに殿下に話しかけ、殿下も優しい笑みを浮かべながら受け答えをしている。
「兄上が気になる?」
食事の手が止まっていた私を気にかけユリウスがまた私を覗き込む。
「いいえ、そう言うわけでは......」
「魔女の呪いの話は本当だったんだね。あれだけアグネスに執着していた兄上がまるで無関心だ。信じられないよ」
皿の上の肉を小さく切り口に入れるが、食欲が無く飲み込めない。いつまでも噛み締めてすっかり味がなくなり、それを無理矢理喉の奥へと飲み込む。
「また食欲がないみたいだね。アグネスは落ち込むと食べられなくなるから」
そんな事にもユリウスが気づいてくれていたのかと驚く。小さい頃から登城していたので何度も話した事はあるが、私に関心があるようには見えなかった。
「帰ってきたばかりで疲れているだろうから、西の洞窟へは1週間後に出発しよう」
「わかりました。よろしくお願いします」
私はまだあの白い一軒家に住んでいる。
晩餐が終わり一人で家に入る。この家は何故か鍵が中から開けられないようになっていたが、私が魔女の力で転移魔法が使えると分かってから、殿下によって中からも鍵を開け閉めできるように変えられた。どうしてそのようになっていたのか殿下に聞いたが、その辺りの説明はなかった。
壁にかかったあの絵もなぜこの家に飾られているのか聞かないままだった。もう答えを聞く事はできない。
遠征に行っている間にダナーからアグリ宛に手紙が来ていて、毛生え薬をまた作ってもらえないかと書かれていた。次の遠征まで私は特にする事もない。また王宮の調剤室へお邪魔する事にする。
「お久しぶりです。また調剤室をお借りしてもいいですか?」
前回、毛生え薬の調剤方法を教えた薬剤師の方がいたのでお願いしてみる。前より毛が増えてている。効果があったようで良かった。
「どうぞ、どうぞ。お使いください。それで、また、少し分けてもらえないでしょうか?」
「調剤方法をお教えしましたが上手くできませんでしたか?」
「作ってみたのですが、あなたの作られたものと効果が全然違ったのです。確かに分量も工程も教えてもらった通りのはずなのですが」
「そうですか。私のものでよければお分けしますよ」
張り切って材料をたくさん用意してくれたのでたくさん作れた。半分をダナーさんに送ってもらう手配をして、半分を薬剤師さんへ渡す。
また役立ててください。
庭園を散歩しているとユリウスが現れる。
「ユリウス様、またここでお会いしましたね」
「アグネスが来るのではないかと思って待っていたんだ」
本当かどうか分からない事を悪戯っぽく言う。
「何か御用でしたか?」
「いいや、ただ顔が見たかっただけだよ」
「私の顔など見飽きてるでしょう?」
「アグネスの顔を見飽きる事はないよ」
じっと見つめられて戸惑ってしまう。
「ちょっとは意識してくれるようになったのかな?今までは兄上しか目に入っていなかったよね」
「年上を揶揄わないでください」
「たった3歳の差なんて関係ないよ」
「3歳は大きいです。私はもう大人ですよ」
この国の成人は18歳だ。ユリウスはまだ15歳なのでこの差は大きい。
「50歳になれば53歳と50歳なんて同じだよ」
「それを屁理屈と言うんです」
二人で笑い合っていると、殿下がサリタとやってくる。彼女は賓客として王宮の客間に住んでいる。
「兄上、サリタ王女と散歩ですか?」
「ああ、薔薇が見頃だから案内していた」
サリタは殿下の腕に自分の腕を添えている。
とても楽しそうだ。
「そうですか。そうだ!アグネス、温室に面白い花が咲いてるんだ。見に行こう!」
ユリウスは私の手を引き歩き出す。
その時、私の反対の手を誰かに取られ、振り返ると殿下が私の腕を掴んでいる。
「殿下?」
殿下は私の腕を掴む手を見て眉間に皺を寄せている。
しかし、手を離すと、「なんでもない」と立ち去ってしまった。
「ユリウス王子、面白い花とはどんな花ですか?」
「夜になると光る花なんだ。あっ、そうか、今見ても分からないな」
「ふふ、それは残念です。でも、私は祖母の生家でその花を見たことがあると思います。白い長い花弁の背の高い花ではありませんか?」
「そうだよ。アグネスのお祖母様はどこの出身なの?」
「タリチス侯爵家です。王都の南の方に屋敷があります。その花は暖かいところに咲く花らしいです」
「だから温室でないと咲かないんだね。あっ、この花だよ」
温室の中程の小さな池のそばにたくさんの白い花が咲いている。長い花弁を重たそうに頭を下げている。
「夜にもう一度観に来よう。夕食後に迎えに行くよ」
「わかりました。楽しみにしていますね」
夕食を食べて少しするとユリウスが迎えに来てくれる。一軒家は林の奥にあるので夜は暗く月明かりがないと足元も見えない。
「アグネス、騎士が巡回してはいるけれど、あの家に一人では危険だよ。城の客間に移らないか?」
「城の敷地内ですし、基本夜は家から出ませんので大丈夫ですよ。ご心配していただき、ありがとうございます」
「でも心配だな。何かあればすぐに僕に言うんだよ。いつでも客間に移れるようにしておくから」
「ふふ、ユリウス様は心配性なのですね」
「アグネスじゃなかったら心配しないよ」
最近、もしかするとユリウスは私のことが好きなのでは?と思うことがあるが、自意識過剰だと打ち消す。
温室は灯りが灯され、ガラスが輝き眩しいほどだ。中に入ると夜の寒さが少し和らぐ。小道を奥へ進んでいくと昼に見た白い花たちが仄かに光っているのが見える。
「灯りを消すともっと光るよ」
ユリウスが灯りを消すと、白い花が先ほどより強く光りだす。辺り一面白く浮かび上がり光の絨毯のようだ。しばしその光景に見惚れる。
「本当に綺麗ですね。祖母の家ではこんなにたくさん咲いていなかったので、ポツポツとしか光っていなかったのです」
「喜んでもらえて良かった。少しは元気が出たかな?」
ユリウスを振り返ると優しく笑いながら私を見ている。また心配をかけていたらしい。
「どちらが年上か分からないですね」
「だから歳なんて関係ないっていっただろう」
「ふふ、じゃあ、私が妹でいいですよ」
「妹は困るな、結婚できなくなる」
その言葉に私は固まってしまう。
ユリウスは私の右手を取り両手で包み込む。
「アグネス、僕は君が好きだ。もうずっと前からね。兄上の婚約者だからと気持ちを伝えるつもりはなかったけれど、今の兄上を見ていると君を幸せにできるとは思えない。僕なら君を絶対に悲しませない。僕との将来を考えてくれないだろうか?」