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14. 魔女

読んでいただき、ありがとうございます。

 風の音に混ざり、しかしはっきり聞こえた声に辺りを見回す。


 よく見ると遠くに長い黒髪の女性が立っている。

 吹雪の中のはずなのに、彼女の周りだけ全く風が吹いていない。


 突然現れた女性にみんな驚き戸惑っている。


 魔女だ。

 魔力を感じる。

 この山は彼女の家だったのか。


「あら、同胞もいるのね」


 彼女は真っ赤な口をニッと上げる。


「この山は私のものよ。帰りなさい」


 まるで耳のそばで話しているかのように声が聞こえる。


 騎士が一人女性に近づいていく。その身体が突然後ろへ吹き飛ばされる。

 別の騎士が反射的に抜刀する。

 しかしその剣が粉々に砕ける。


「あなたはもしかして魔女か?」


 殿下が声を上げる。

 魔女が殿下を見る。


 一瞬後、魔女は殿下の前に立っていた。

 赤い目を大きく見開いている。


「そう、そうね、もうここにはいられない。でもただでは出ていかないわ」


 魔女は私を見る。


「あなたの大切なものをもらいましょうか?」


 魔女は手を上げ、そこからキラキラしたものが生まれる。


「待って!」


 それは魔女の手から放たれ彷徨いながら、私が伸ばした手より早く殿下の胸へ吸い込まれる。


 次の瞬間、魔女の姿は吹雪の中に掻き消えた。


 私は魔女の姿を探すが吹雪で何も見えない。


 呪いだ。

 呪いをかけられた。


 殿下を見るが空な目をして空を見つめている。


「今のは何だ?魔女だって?」


 ラナンが叫ぶ。他の騎士達も消えた女を探す。


「このままここにいても危険です!とりあえず山を降りましょう!ここから結界を張ってみます!」


 風の音にかき消されないように大きな声で呼びかける。

 まだ山頂ではないがなんとか山全体を結界で包む。


 凄まじい風と雪が吹き荒れる中、一塊になり山を降りる。

 麓に着いた頃にはすっかり夜も更けて疲労困憊になりながら宿へ入る。

 殿下は相変わらず空な目をして呼びかけても反応がない。


 どんな呪いをかけられたのか?

 私の大切なものって?


 そのまま眠れぬ夜を過ごす。




 翌朝、殿下は目を閉じてベッドに横たわっている。

 手をかざして呪いの解除を試みるが跳ね返される。

 呪いをかけた魔女でなければ難しそうだ。


 彼女はあの山に住んでいたのだろう。

 私たちがあの山に入り、彼女の住処を奪ったから、呪いをかけて去った。

 自分も山に隠れ住んでいたのに、他の魔女がいるかもしれないことに考えが及ばなかった。


「医者の話では体はどこも悪いところはないらしい。あの時一体何があったんだ。あの女は本当に魔女だったのか?」


 今部屋には私とラナンだけ殿下のそばにいる。

 他の騎士や魔術師は山に入り魔女を探している。

 ラナンが心配そうに殿下を見ている。


「彼女は魔女です。殿下は呪いをかけられました。どんな呪いかは分かりませんが私と関係があるみたいです」

「呪い?なぜ君と関係があると思うんだ?」

「彼女が言ったんです。私の大切なものをもらうと」

「なぜ君の?」

「...分かりません」

「どうして彼女が魔女だと分かるんだ?」

「......それは......」


 その時、殿下が身じろぎしてうっすら目を開ける。


「殿下!」

「殿下、大丈夫ですか?」


 殿下は私とラナンを見て少し眉根を寄せる。


「ここはどこだ?」

「山の麓の宿です。殿下、体は大丈夫ですか?何かおかしなところはありませんか?」


 私は殿下の手を取り握りしめる。

 殿下はゆっくり起き上がり周りを見回す。

 そして自分の手を私の手から抜き取りながら聞いた。


「君は誰だ?」


 私は殿下を見つめる。その目にはいつもの熱がないのがよく分かる。


「...殿下、私です。アグネスです」


 声が震えてしまう。

 嘘、嘘

 私の大切なものって。


「アグネス?」


 殿下は問いかけるようにラナンを見る。


「殿下、覚えてないのですか?私は分かりますか?」

「ラナンだろう。何を言っている。彼女は誰だ?」


 ああ

 そうか

 私の大切なもの

 殿下の中にあった私の記憶が消えている


 血の気が引いていく。


「......殿下、本当にアグネス嬢を覚えてないのですか?」

「どこかで会ったのか?」


 私は思わず立ち上がる。もう聞いていられない。


「私も魔女を探しに行きます」


 扉を乱暴に開け廊下に駆け出す。山へ向かうと騎士達が集まっている。魔女は見つからないようだ。


「山の中腹に山小屋がありました。手入れされていたので、そこに住んでいたようですが、既に中はもぬけの殻でした」

「街の人の話では長い黒髪の女性が時々一人で買い物に来ていたそうです。どこに住んでいたかは分からないそうです」

「十年程前に鉱夫が落盤事故で亡くなり、その妻ではないかという情報もあります。ですが、あまり交流はなかったのでそれ以上はわからないそうです」


 目を瞑りあの魔女の魔力を追うが、すぐに切れ切れになり途絶える。

 遠くへ転移すればもう追えない。

 絶望感が胸を占める。


「殿下が目を覚まされました。お体は大丈夫なようです」


 私はそれだけ言うと、口を閉ざす。これ以上話すと涙が漏れそうだ。


 みんなで宿へと戻る。殿下は宿の一階にある食堂で昼食を取っていた。みんなも一緒に食事を取り始めるが、私は食欲がない。殿下の方を見るが私を見る様子もない。騎士隊長から報告を受けているが難しい顔をしている。

 ラナンが私の方へやってくる。


「アグネス嬢、殿下は君の事を忘れてしまっているようだ。君に関する記憶が全て抜け落ちてしまっている。今回ここへも魔獣討伐に来たと思っている。これが呪いなのか?」

「そうだと思います」

「殿下も君も彼女が魔女だと言っていた。まるで分かっていたかのように。どうして魔女だと分かったんだ?」

「......他の魔女にあったことがあるからです。あの力は魔女の力です」

「他の魔女に?どこで?」

「...隣国の山の中です」


 私が魔女だとは言えないが、あの力は私と同じだ。あの呪いも同じだった。


 呪いを解くには彼女を見つけなければ。でもどうやって探せばいいのか分からない。


「呪いを解く方法はあるのか?」

「多分呪いをかけた魔女でないと難しいかと思います」

「そうか。...君は大丈夫か?」


 思わぬ気遣いにラナンを見る。


「私を気遣ってくださるのですか?」

「当たり前だ」


 ラナンは少し怒ったように顔を赤らめて口を歪めた。


「ありがとうございます。正直大丈夫ではないですが」


 チラリと殿下の方を見るが、もう既に食事を終え姿はなかった。



 結界は無事に張られ鉱山に入れるようになり、街の民や鉱夫に喜ばれた。毎年魔獣の犠牲になる人が少なからずいたようだ。


 しかし私は手放しでは喜べない。結果的にあの魔女の住処を奪ってしまった。私もあの隣国の山小屋を追われるのではと恐怖した日を覚えている。


 終の住処を奪われた彼女か、愛する人に忘れられた私かどちらの方が不幸なのか。


 次の日、王都へ戻るために馬車に乗る。行きは殿下と二人だったが帰りは殿下とラナンが一緒だ。

 私の横にラナンが座り、居心地悪そうにしている。


「アグネス嬢が結界を張ったそうだな。よくやってくれた」

「ありがとうございます」

「それから私は魔女の呪いで君の事を忘れたと聞いたが本当か?」

「...そのようです」

「そうか。すまないが君の事は全く覚えていない。魔女の呪いが解ける見込みもないと聞いた。そのつもりでいてほしい」

「......はい、分かりました」


 沈黙が落ちる。今までと全然違う態度の殿下に涙が出そうになる。本来、殿下は他の人にはこう言う態度だったと思い当たる。


 その後も何度か呪いを解除しようと試みるが全て跳ね返されて終わった。


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