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12. ユリウス王子

読んでいただき、ありがとうございます。

 殿下は遠征の準備と溜まった書類仕事とで忙しそうなので、その間に私はダナーに頼まれていた毛生え薬を城の調剤室を借りて作らせてもらっている。

 髪の寂しい調剤師さんが興味津々に見ていたので少し分けてあげて、ついでに作り方を教える。魔力を入れなくてもそれなりに効能はあるので頑張って作って役立ててください。


 マイルはしばらく休んで力が戻ったようだが、殿下にはキツくまだ力を使わせないように言ってある。なので私の前にも現れず私も呼び出さないようにしている。


 私が婚約破棄された噂はみんなの知ることになっていたが、その後の殿下が私を必死で探し回る姿も国中の知れることになっていて、実は失って初めて私を愛していることに気がついたのではと実しやかに囁かれているらしい。そして、私を無事に連れ帰ってきた殿下の溺愛ぶりもその噂に輪をかけている。


 カーリーとマルチネは城まで面会に来て泣きながら謝罪してくれた。私の気持ちを知っていた二人は、殿下に頼まれ私のためにと協力したらしい。


「でも、アグネス様が行方不明になったと聞いて肝を冷やしましたわ。殿下に任せるのではなかったと後悔しましたのよ」

「私たちも心当たりを探しましたが見つけられなくて。でもあの時の必死な殿下の様子は今思い出しても鬼気迫ってましたわ」

「そうそう、隣国の辺境の山奥まで探しに行くと言い出した時には、みんなが止めたそうですが、単身出ようとするのを騎士隊が慌てて追いかけたそうですよ」


 そんなことがあったのか。みんなに迷惑をかけてしまって申し訳なくなる。でもあの時は私も自分のことでいっぱいいっぱいだった。


 この次会うのは秋にあるカーリーの結婚式ねと別れる。私も本当なら来年の春に殿下と結婚する予定だった。でも今の所その予定はない。


 王宮の庭を歩いていると殿下が足速にやってくる。どうしたのかと見ると、そのままの勢いで抱きしめられる。一応近くに護衛とか侍女とかいるので恥ずかしい。


「殿下、どうされたのですか?」

「はぁ、姿が見えないと不安になる。またどこかに消えてしまったのではないかと」


 もうこれ以上私をドキドキさせないでほしい。心臓が止まりそう。


「執務は終わったのですか?」

「今日の分は終わらせたよ。明日は忙しくなるから今日は一緒に過ごそう」

「明日は何があるのです?」

「証拠が揃ったからダラスを捕まえに行く。これでアグネスの無実も証明されるよ」


 その冤罪の証拠をでっち上げたのは殿下ですが。


「殿下、お疲れではないですか?最近忙しすぎるのではないですか?」

「アグネスが癒してくれる?」


 ぎゅうっと抱きしめられる。もうこれにも慣れた。

 されるがままに任せていたら後ろから含み笑いが聞こえる。


「まるで大きな子供ね」


 振り返ると王妃と殿下の弟のユリウスが連れ立って歩いて来るのが見えて慌てて礼をする。


「何の用ですか?邪魔をしないでください」


 殿下は不機嫌なのを隠す様子もなく二人を見る。


「アグネスの顔を見にくるのもダメなのですか?兄上」


 ユリウスが楽しそうに笑いながら揶揄う。

 15歳のユリウスはまだ少年を抜けきれていなくて細身で華奢だ。殿下も細身であるが体は鍛えられているのが服の上からでもわかる。


「久しぶりね、アグネス。元気そうで良かったわ。シオンが迷惑をかけてごめんなさいね」

「いえ、私こそご心配をおかけして申し訳ございませんでした」

「本当に大変だったのですよ。城にも帰らず国中を駆け回ってあなたを探して。まさか隣国の山の中とはいいところに逃げましたね。逃げきれなかったみたいですが」


 またユリウスに揶揄われ殿下はますます不機嫌だ。


「兄上、僕は王には兄上がなるべきだと思っています。でももし僕に王位を譲るつもりなら、アグネスも譲ってもらいますよ。僕はアグネスをもらえるなら王位を継いでもいいと思っています」


 ユリウスは殿下と同じ黒髪に王妃譲りの金色の目を煌めかせる。本心がどこにあるのか分からない話に困惑する。会えば話をしたが好意を持たれていた実感はないので、また揶揄われているのだろう。


「アグネスを誰かに渡すつもりはない。だかお前が王になったとしても僕はお前を支えていくつもりだ」

「王妃が誰になるかは父上が決めることです。その時は僕がアグネスをもらうことになるかもしれませんね。僕は決して愛人にはしませんから」

「まあまあ二人でアグネスを取り合って。本当に兄弟似た者同士ね」


 王妃がパンパンと手を叩き会話を止める。


「北の鉱山へ結界を張りにいくと聞いたわ。彼の地は魔獣の巣窟よ。大丈夫なの?」

「ご心配なく、準備は万全です。アグネスの力を存分に発揮してもらいますよ」

「随分な自信なのね。アグネスの力はそんなに強いのかしら?最近、光の精霊と契約したと聞いたけれど、アグネスは水の精霊と契約していたのではなかったかしら?」


 そういう設定だったと思い出すが急に上手い言い訳が見つからない。私がまごまごしていると殿下が、


「光の精霊とも契約したのですよ。隣国の教会で新たに儀式を受けた。稀にある話ですよ」


 確かに複数の精霊と契約することは可能らしい。制約がたくさんあるらしいが。殿下も闇の精霊ゼルと私の水の精霊マイルと契約している。でもそれは王家の秘儀らしいし、私が複数の精霊と契約できたと言うのは無理があるのでは。


「そうなのね。まあいいわ。くれぐれも気をつけて行ってくるのよ」


 王妃はそれ以上は聞くつもりがないようでホッとする。ユリウスは面白そうに私を見ている。

 その視線から私を隠すように殿下が抱き込み隠す。


「もういいでしょう。そろそろ解放してくれませんか?」

「本当にあなたは...相変わらずね。執着が過ぎると嫌われるわよ。ではまたゆっくりお茶を飲みながら話しましょう、アグネス」

「今度は兄上無しで話そうね、アグネス」


 王妃とユリウスが去っていく。


「北の鉱山にはそんなに強い魔獣がいるのですか?私は結界を張ることはできますが魔獣と戦ったことはありません」

「大丈夫だよ。アグネスのいたあの山小屋の周りほどじゃない。精鋭を連れていき魔獣を掃討すれば結界を張れる」


 山小屋周辺はそんなに強い魔獣がいたの?

 そういえば殿下は一人であそこに来たような。

 あの血だらけの殿下を思い出し、今更身震いする。


「心配しないで。アグネスは僕が必ず守るから」


 勘違いした殿下にまた抱きしめられて、再び体が震えた。




 次の日、ダラス侯爵を捕縛するため殿下や騎士達は朝早くから出かけて行った。内通者がいたようで危うく取り逃しそうになったそうだが、屋敷から逃げようとしているところを捉えたそうだ。最初、ダラス侯爵は罪を否定し嵌められたと騒いでいたらしいが、聖女に毒を盛った数々の証拠を突きつけられると、あっさり自白し情状酌量を迫ったそうだ。娘のアマンダも、学園で聖女に危害を加え、そしてその罪を私に着せたとして捕らえられた。


「侯爵家は取り潰しになったよ。侯爵夫妻は毒杯を飲むことになるだろう。娘のアマンダはパリスター修道院へ今日送られる。広く知らしめたからもうアグネスの罪は冤罪だとみんなが知ることになったよ」

「殿下、お怪我はありませんでしたか?逃げようとする侯爵の私兵と乱闘になったと聞きました」

「フフフ、ミハイルが全て倒したよ。相当怒りが溜まっていたようだ」


 リリアと共に毒で死にかけたのだ。それは怒りが積もっていたことだろう。いや、リリアへの愛ゆえか。


 しかしつくづく私は何も知らなかったと思い知らされた。アマンダが殿下を慕い私を貶めようとしていた事。リリアも殿下を慕い結婚を望んでいた。私は自分のことで精一杯で周りが見えてなかった。こんなことで殿下を支えていけるのかと不安になる。


「アグネス、十日後に北の鉱山へ出発することになった。君のことは必ず僕が守るからそばを離れないでね」


 優しく抱きしめてくれる殿下の胸に顔を埋める。

 背中を擦る優しい手に、どうしようもない焦燥感が生まれてくる。


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