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11. リリア嬢は

読んでいただき、ありがとうございます。

 謁見の間から下がり、殿下の執務室へ向かう。

 執務室にはディランがいて、眼鏡を押し上げながら書類の束と格闘している。


 「アグネス様、お久しぶりです。お元気そうで何よりです。できましたら殿下に執務に専念していただけるよう進言していただけるとありがたいのですが」


 相当鬱憤が溜まっているのか流れるように嫌味が放たれる。

 いや、私のせいではありませんよ。殿下が悪いのです。


「ディラン様、お久しぶりです。ディラン様もお元気そうで何よりです。いつぞやは大変お世話になりました。殿下と北の鉱山地帯に行くことになりましたが、予定は調整できますでしょうか?」


 私も笑顔で応酬する。これも殿下のせいですよ。

 ピシッと青筋を立ててディランが殿下を睨む。


「やっと帰ってきたと思ったらあなたは。また面倒ごとを起こすつもりですか。決裁が溜まって各部署から悲鳴が出てますよ」


 殿下は慣れてるのか、ハハっと笑って、


「今日中に済ませる。それより、リリア嬢呼んでくれないか?」

「また何を企んでるんです?」

「アグネスが帰ってきたんだ。もう僕には彼女しかいない」


 ディランは私を見ると頷き出て行く。


「リリア様を呼んでどうするのですか?」


 書類を読み始めた殿下に声をかける。


「リリア嬢が望むなら弟のユリウスに王太子の座を譲り婚約者になってもらう」

「えっ?そんな!駄目です」


 決裁印を押し手早く書類をまとめながら殿下はこちらを見る。


「アグネスがいなくなって分かったんだ。王位なんてちっぽけなものだと。王なんて誰でもいいんだよ。僕でなくてもいい。でも君の代わりはいない」


 熱い瞳で見つめられて、顔が赤くなるのを感じる。

 王が誰でもいいわけがないが、とても反論できる雰囲気ではない。

 殿下は立ち上がり私の方へ来ると抱きしめる。ゆっくりと顔が近づきあと少しで口が触れそうな時、部屋にノックの音が響いた。


「チッ」


 殿下は舌打ちすると、「入れ」と不機嫌に言う。


「リリア嬢をお連れしました」


 ディランと共にリリアが入ってくる。後ろには騎士のミハイルも控えている。


「リリア嬢、久しぶりだな。卒業式以来か?」


 殿下は私の肩に手を置きながら声をかける。

 リリアはそれを見て苦笑しながら、


「殿下、お久しぶりです。アグネス様も無事にお戻りになられて良かったです」

「リリア嬢、君が良ければ弟のユリウスと婚約してほしい。私は王太子位を返上し弟へ譲るつもりだ」

「殿下、その心配には及びません。私はもう諦めましたから。結婚さえすれば私に振り向いてもらえる自信があったのですが、今回アグネス様を必死で探しまわる殿下を見て、私の入る余地はないとよく分かりました。それに私は真実の愛を見つけたのです」

「真実の愛?」

「はい、実は先日、私は毒を盛られて死にかけたのです。その時、ミハイル様が私の毒を吸い出し命を救ってくれました。聖女の力をもってすれば解毒はできるのですが、即効性の毒だったようで一気に意識を失ってしまって。ミハイル様のお陰で意識をかろうじて取り戻し解毒できました。ミハイル様も死にかけましたが私が解毒し助けることができました」


 私のいない間にそんなことが。聖女に毒を盛るなんて誰がそんな酷いことを。


「そんなことがあったとは知らなかったが、二人とも無事で良かった。では真実の愛とは?」

「はい、私はミハイル様と結婚したいのです。陛下にはもうお許しを得ました」


 リリアとミハイルは見つめ合って微笑んでいる。


「そうか、それは良かった。おめでとう」

「おめでとうございます」

「ありがとうございます」


「ところで、その毒を盛った犯人が誰だか分かったのか?」

「ええ、間も無く証拠が集まると思います。毒の成分が特殊なため入手先から割り出せそうです。おそらくダラス侯爵かと」


 ミハイルがアイスブルーの目を細め眉間に皺を寄せながら怒りを含ませて言う。

 ダラス侯爵。確か私と同じ歳の娘がいたはず。アマンダだったか。


「やはりそうか。ずっと親子で王太子妃の座を狙っていた。学園でのリリア嬢に対する嫌がらせも彼らだろう。アグネスも何度か狙われていたからね」

「え?私は狙われていたのですか?」

「怖がると思って言えなかったんだ。護衛が全て未然に防いでいたんだよ。だからやり方を変えて、君が聖女を害しているとして陥れようとしたようだ。アグネスがいなくなって、今度はリリア嬢が婚約者になると思い毒を盛ったのだろう」


 護衛がついていたのか。それも知らなかった。私は殿下に守られていたんだと初めて気づく。


「では証拠が揃い次第、ダラスを拘束する」


 殿下とミハイルは頷き合う。

 二人が部屋を出る時、リリアが私に近づき耳元で囁く。


「殿下があんまりあなたの話ばかりするから悪戯したくなったの。卒業式で最後に目が合った時、殿下に抱きついてごめんなさいね」


 上目遣いで見つめられて、その可愛さに、なぜ殿下はリリアより私を好きなのか分からなくなる。

 殿下は私のどこがいいんだろう。

 殿下の好きなところは幾つでも挙げられるけれど。


 二人が出て行き、ディランが殿下に執務に戻るように促す。殿下は渋々私から離れ執務椅子に座る。


「陛下はわざとリリア嬢がミハイルと婚約したことを言わなかったな。僕を試そうとしたのか」

「どういうことですか?」

「僕が王太子位を捨ててアグネスを取るのか、王太子位のために聖女を取るのか試したんだよ。ぼくはアグネスを取った」

「陛下はどうされるおつもりでしょうか?」

「さあ、でも僕はもう王位にこだわってはいない。アグネスがいればいい」


 ごほん、とディランがわざと咳をして、


「殿下、手が止まってますよ。今日中に終わらせるのでしょう?」

「ディラン、せっかくいい雰囲気だったのに」

「だからわざとですよ。私もいることをお忘れなく」


「陛下はなぜリリア様とミハイル様の結婚を許されたのでしょう?王族との結婚を望んでいたのでは?」

「聖女をこの国に止めることができれば誰でも良かったんだよ。他国に聖女の力を取られると困るからね。ミハイルなら近衛騎士だし父親は近衛騎士団長だ。家は由緒正しい伯爵家だからこの国を裏切ることはないと判断したんだろう。アグネスとの結婚の許しが出なかったのは、私との結婚をリリア嬢が強く望んでいたせいだ。今はもう違うけどね」


 リリアは殿下のことが好きだったのか。今は違うようだが、なんだかモヤモヤする。これがやきもち?


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