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1. 突然の婚約破棄

読んでいただき、ありがとうございます。

 今日は学園の卒業式。思い思いの煌びやかな衣装を身に纏い卒業生や保護者が集まり談笑している。学園の大きなボールルームには天井からシャンデリアがいくつも輝き、夕暮れ時を思わせない華やかさを演出している。


 その最中、突然私は王太子殿下に名前を呼ばれ、みんなの前に連れ出された。


 殿下の横には薄い亜麻色の髪の美しい少女が佇んでいる。彼女は濃い茶色の瞳をわずかに潤ませながら、そっと王太子を見上げた。殿下はその瞳を優しく受け止め、そして冷ややかな目で私を見据える。


「アグネス、残念だよ。君がこんなことをするなんて」


 こんなこと?

 私は思い当たることがない。

 今まで私に向けられたことのないその冷たい眼差しにわずかに震えてしまう。


 すると、殿下のそばに控えていた宰相の息子ディランが紙の束を持ち前へ進み出る。


「アグネス嬢、あなたは王太子殿下の婚約者でありながら、その立場を利用し、聖女であるリリア嬢を害しようとしましたね」


 がいしようと?

 一瞬理解が及ばす思考が停止する。

 害?害しようと?

 何のこと?


「全て証拠は揃ってます。今更言い逃れはできませんよ」


 そう言うと、彼は持っていた紙の束を私に突きつけた。


「これは?...」


「あなたがリリア嬢に行った悪行の証拠ですよ」


 ディランは私を睨みつけると、紙の束を恭しく持ち上げ、一つ一つ読み上げ始めた。


「あなたはリリア嬢に嫉妬し、取り巻きに命じて、リリア嬢の服を破り捨てさせた。カーリー・サルドネが証言しています。あなたに命じられたと」


 私は辺りを見回し、カーリーを見つける。彼女は悲しそうな顔をして私を見ると、


「アグネス様、申し訳ございません」


 と頭を下げた。まるで証言が本当のことのように。


「次に、今度はリリア嬢の鞄を焼却炉に捨てるように命じた。これはマルチネ・ランカスターが証言しています」


 私はカーリーの隣にいたマルチネを見る。

 彼女も頭を下げて俯いた。


 私は震える手を抑えようと、必死で握った手に力を込める。手のひらには痛みが走り、爪が食い込み血が滲んでいることだろう。でも頭は混乱し、それどころではない。


 どうしてこんなことになってるの?

 なぜ?

 私は何もしてないのに。

 どうして?


 再び、ディランの声が響く。まだまだ続く私の悪行の続きを会場の皆が静まりながら聞いている。


 私は眩暈がして膝を突いて座り込む。でも彼は止めることなく紙に書かれている内容を読み続けている。いくつもいくつも酷い行いが明らかになり、時々、会場から響めきが起こる。


 でも私には何も覚えがない。一つも。彼が読み上げる内容に私は心当たりがない。カーリーもマルチネも私の友人だ。学園ではいつも一緒にいて笑い合っていたはずだった。それがどうして?


 その時、鋭い痛みが頭に走る。私は頭を抱え蹲る。そして数々の記憶、映像が怒涛の如く流れ込んできた。


 日本という国の女子高生の記憶。

 父と母と兄。

 幸せな平凡な家庭。

 犬のハッピーもいる。

 "スマホ"でゲームをしてる。

 今流行りの乙女ゲーム。

 もうすぐ攻略できる。

 ずっと思い描いていた理想の王子様。


 シオン・ルカ・オルベルト


 オルベルト王国第一王子であり攻略対象。


 痛みに耐えながら目を上げる。

 その先にいる人、少し目にかかる黒髪を左に流し、切長の深い青色の目をした彼こそ、シオン王太子殿下その人だ。


 これは夢?

 この記憶は何?


 混乱が最高潮になった時、愛しい人の声が会場に響いた。


「アグネス、どうしてリリア嬢を階段から突き落としたんだい?」


 え?


 確かに先日リリアが階段から落ちて怪我をしたと聞いた記憶がある。心配したが軽症だったと聞きほっと胸を撫で下ろした。


 それが私が突き落としたことになってるの?

 顔から血の気が引く。

 殿下の顔を見るが変わらず冷たい目で私を見下ろしている。まるで温度の感じられない目で。


 そして、これがさっきの記憶の中にあった乙女ゲームのスチルと同じだと気づく。

 そう、私が先ほど思い出した女子高生のしていた乙女ゲーム"君の瞳に映る影"の。


 ふと殿下の隣を見る。そこにはゲームの主人公と同じ姿の聖女リリアがいて、私と目が合うと肩をすくめて殿下に縋り付く。その隣には宰相の息子、ディラン・カークライト。彼も攻略対象だ。その側には魔術大臣補佐の息子、ラナン・アリスタ。聖女の後ろにいるのは近衛騎士団団長の息子、ミハイル・エイブリー。彼らもゲームの中の姿そのままで、攻略対象であり、この立ち位置から姿、背景まで何もかもゲームと同じだ。


 そして、私は自分がゲームの悪役令嬢、アグネス・ハイドレンだと思い当たり、頭を殴られたようなショックが襲う。


「何か言うことはあるかい?」


 また愛しい声が聞こえる。殿下の声は姿を見ていなくてもすぐに分かる。悲しいほどに心が彼の声を聞き分ける。


 私は力を振り絞って立ち上がる。


「私には何一つ心当たりがありません、殿下」


 真っ直ぐ殿下の目を見て、はっきり声を出す。

 最後が少し震えたけど、気づかれてませんように。


 これは誰かがでっち上げて作り上げた話で、できれば殿下はそれを信じ込まされてるだけと信じたい。私の言葉に耳を傾けて真実を見つけ出そうとしてくれるのではないかと期待を込めて見つめる。


 しかし、殿下はふうっとため息をついて俯いた。

 心がヒヤリとする。


 殿下は私を信じてない?

 本当に私がしたと思ってる?


 あんなに私に、僕を信じていてと言ってたのに。


 確かに最近は殿下にずっと会えていなかった。殿下は学園に登校せず忙しくしていた。その間に彼はこの証拠を集めていた?


 2年前にリリアが光の精霊と契約し聖女と確認され学園に通うようになってから、殿下は彼女の力を借りて、魔獣の脅威に怯える国民のために各地に赴き結界を張り、共に力を尽くしていた。最近では魔獣被害が激減し国民は聖女を称え崇めた。

 次第に私との婚約を解消して聖女を王妃とするべきだと声が大きくなってきている。私も何人かに殿下の隣に立つべきは私ではなく聖女ではないかと言われた。ここにいる攻略対象者たちもそうだ。

 私自身も自分の気持ちより国のためを思えばその方がいいのかと悩み、殿下に進言したこともある。

 その時に殿下は、悲しげに笑い、


「私はアグネスと共にありたい。今まで寄り添ってきた。これからも僕のそばにいるのは君だけだ。どうか僕を信じて」


 と私を抱きしめてくれた。


 その言葉だけを信じ、私は今日まで殿下の婚約者として恥じぬように過ごしてきた。そのはずだった。


 宰相の息子ディランが深い緑色の目を見開き声を上げる。


「これだけ証拠、証人があるのにまだ言い逃れるのですか?あなたには矜持がないのか?」


 矜持ならある。というかそれしかない。それのために今まで死に物狂いで王太子妃教育をこなしてきたと言っていい。国のため、殿下のため、自分のことを二の次にしてきた。それなのに罪を捏造され、その矜持さえ疑われている。


 ふと虚しさが込み上げる。周りを見回すとみんなの視線が私に向いている。どの視線も好意的なものはなく、敵意に溢れるものや興味津々というもの、誰もがこれからの展開を見守っている。誰も私の味方はいない。


 最早、手は冷え切って感覚さえ無くなっている。私はどうやってここに立てているのかさえ分からない。気を緩めるとすぐに気絶してしまいそうだ。でもここで倒れるわけにはいかない。こんな時に王太子妃教育が役に立っているなんて皮肉だ。


 これは茶番だ。私が何も罪を犯してないことは私がよく分かっている。ここが乙女ゲームの世界なのかどうか、いや多分そうなのだろう。どうして私がここに生まれ変わったのかは分からないが、ゲームのストーリー通りの展開になっているらしい。


 私は殿下を睨みつける。


「殿下、なんと言われようと私はしておりません」


 殿下の目が僅かにすがめられた。もう私の声が届くとは思っていないが、最後までしてもいない罪を認めるわけにはいかない。


 殿下は悲しげに長く息を吐く。その様子を見ながら、彼の心中を押し測ろうとするが、目を上げた殿下の目を見た瞬間、私の心は抉られた。


 どこか蔑むような憐れむような目をして殿下は最後の言葉を私に告げる。


「アグネス・ハイドレン公爵令嬢、君との婚約は破棄する。君にはパリスター修道院へ行ってもらう。そこで一生罪を償うんだ」


 心臓が一気に冷たくなる。始めに心臓をハートといった人は(ハート)と心臓が繋がっていることを知っていたのか。私の体の中心は冷たい氷になったかのように冷え切って、このまま心臓が止まってしまうのではないか思うほどだ。


 このまま終わり?

 私は罪を着せられ修道院で一生過ごすの?


 この場所に来るまで、私は自分の幸せがずっと続くものだと疑っていなかった。今日、殿下と共に卒業式を終え、結婚への準備に忙しくなる毎日を想像して胸をときめかせていた。


 それが今や天国から地獄へ落とされたようだ。


 壁に控えていた騎士が二人私の元へやってくる。このまま私を連れていくためだろう。


 すると、殿下がそれを手で制止して反対の壁に控えていた女性騎士へ手を挙げる。女性騎士は無言で殿下へ礼をし私の元へ来る。


 こんな時にも彼は優しくフェミニストであるらしい。

 女性騎士は私の腕を捉え支えるように後ろの扉へ誘う。私はほとんど感覚のない足を引きずるように歩く。扉までの距離がとても長く感じる。みんなが私に道を空けて左右に引いていく。


 やっと扉にたどり着き廊下に出た時、最後に私は殿下を振り返った。リリアと目が合う。リリアは僅かに口の端を持ち上げ、ふらっと倒れそうな素振りを見せ、殿下が抱え込むようにリリアを支える。それを見て私は私の恋が終わったことを悟った。


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