面接?
急遽Web面接となった二次選考を終え、安藤菜月は、ため息をついた。
デスクライトに貼っておいたカンペをはずす。面接の出来は、はっきり言って最悪だった。
あの面接官どこ向いて喋ってんだよ!何言ってるか聞こえないわ!
怒りをぶつけるようにカンペをぐしゃぐしゃに丸める。
新型コロナウイルス感染拡大に伴って、Web面接が一気に主流となった。採用側も就活生側も不慣れなリモートでは、映像の乱れ、音声が聞こえないなどの不具合は頻繁に発生していた。
しかし、だからといって仮にもIT企業が、マイクに向けて話さず、接続に戸惑い、パソコンに不慣れな雰囲気満載なのは、如何なものなのか。
何度も聞き直しては印象が悪い。が、質問が半分以上聞こえない。どうしたものかと苦肉の策で予測に出るものの、あまり話が噛み合うことなく時間になり終了。
掲示板の情報が正しければ明日にもお祈りされるだろう。そのことを思うと少し憂鬱になる。
これでお祈り数は二桁に届く。菜月は、オンライン面接が苦手だと確信し始めていた。
そもそも、面接を自宅での実施となれば、やる気など出るわけがない。
緊張感がなくてリラックス出来るという利点を上回る勢いで、怠慢が顔を覗かせる。
だから、さっき受けたような滑り止めの企業なんて一発勝負で練習なんてしてない。
というか、練習の場なんてそもそもあっただろうか。
申し込んでおいた講座も練習会も全て中止。閉校直前に大学指定の履歴書を貰いに訪れたキャリアセンターの人も、オンライン面接の練習なんて対応してないと困り顔。
途方に暮れるとは、まさにこの事だと思ったのをよく覚えている。
こんなことになるなんて誰が予想できただろうか。売り手市場のはずが、急転直下で買い手市場になったような体感である。
就活イベントで業界を見て回るつもりが、中止になり、何となくで業界を絞っていて不安な上に、
説明会の段階から「このまま感染拡大していけば、採用人数減らします」と、更に不安を煽られる。
エントリーしていた企業からも、こぞって「説明会も選考も一時中止します。今後については未定です」なんて送られてくる。 持ち駒が受ける前から減っていく。
自分の人生を表しているかのようなこの状況は、真っ暗だった。
菜月が唯一良かったと思えたことは、周りの就活状況が分からないことだ。
焦らず自分のペースで就活を進められることは、メンタルの弱い菜月にとっては好都合だと、素直に喜んでいた。が、その見通しは甘かった。
友人からオンラインでの面接練習のお誘いを受けると、どうしても筒抜けになってしまうのだ。
自分が一次面接も通っていないのに、二次面接の話しやら三次面接の話しやらをされると、焦る。
業界によって選考時期が微妙に異なるとはいえ、焦るものは焦るのだ。おまけに、外に出てストレス発散!というわけにもいかず、1人で就活と向き合うと気分がどんどん沈んでいった。
Web面接のURLが添付されていたメールを閉じると、新着受信があった。
メールの件名に菜月は、自分の目を疑う。急いでメールを開く。
「この度は、弊社の採用試験にご応募頂き、誠にありがとうございました。厳正なる選考の結果、安藤菜月様を合格とさせて頂きます。つきましては、次の選考ステップである面接を兼ねた選考イベントにご参加頂きたくご連絡しました。」
合格?私が!?企業名を確認するが、応募した覚えのない 「伊賀専門株式会社」という名前の企業だった。レクナビ経由の情報漏洩かと青くなるが、ふと、一括エントリーした可能性が浮かんだ。
そういえば、気になる企業を登録したまま放置していたら、全てにエントリーされていたんだっけ。
菜月は、藁にもすがる思いで、すぐに参加の連絡を送った。
「え、どこいくの?」
犬の散歩から帰宅して、慌ただしく準備を始める菜月に母親が声をかけた。
「こないだ話したじゃん、今日一日選考会だって」
「聞いてないわよ、そんなの。何時に帰ってくるの?モアの散歩はどうするつもりなの?」
不機嫌さを隠しもせずに畳み掛ける母親へバレないようにため息をつく。
「一昨日、頼んだよね。御飯もその日は作れないって話したよね?」
「言われてません!それで、何、私にやれってこと!?あなた達を育てるのにどれだけのっ」
怒涛の勢いの文句を遮り、机の上のパンを掴んで玄関に走る。
「ごめん、もう行かないとっ!」
「ちょっと待ちなさい、菜月!」
後ろから追いかけてくる言葉は、閉める音で誤魔化した。
歩きながら、手にしたパンを見ると、あんぱんだった。
ついてない、クリームパンとの二択で外すとは。
パンをカバンに入れ、背筋をぴしっと伸ばして私鉄の最寄り駅へ急いだ。
花粉症の私にとってマスク公認は、有難いと思っていた時期が懐かしい。七月も終わりに近づくと、マスクの中が暑くて死ぬ。鼻と、顎に汗が吹き出て、気持ち悪い。
マスクを外して涼をとる。生温い風がマスクの中に入り込んでくる。手で扇いで風を送りながら、目の前の建物を眺める。
想像していたような高層ビルではなかったが、見る人が見ればオシャレと言いそうな見た目だ。つまり、凡人からすれば、デザイナーが趣向を凝らしすぎて、実用性が伴っていない風変わり四階建てビルである。まるでうちの大学と一緒だなと思いながら、値踏みするように見る。
一、二階部分は波打ったような曲線で、螺旋状に上階へと続いている。が、三階部分は正方形の部屋が無秩序に奇妙なバランスを保ちながら曲線の形を維持し、四階部分はなぜか円形になっている。窓ガラスも各階で形が異なっており、波線上に位置する窓はただの飾りなのか、強烈に光を反射している。
換気はどうやっているのだろうか、という現実的な問いが浮かんだ菜月は、手帳を取り出してメモをする。外観の質問でも無いよりはマシだろう。
この会社の事業内容について質問をいくつか考えて来ようとしたが、いくらやっても事業内容のホームページが開けなかったのだ。 就活サイトの情報だけでは、ありきたりなことしか書いておらず、この企業の実像がまるで見えてこなかった。
自動ドアをくぐると、かび臭い匂いが鼻をついた。火照った体に強めの冷気が心地よい。
中を見渡すと、ありふれた受付があった。外の奇抜さから見れば驚くほど、まともだ。
受付の後ろの白を基調とした壁に、社名が大きく紫で書かれている。
「伊賀専門株式会社 〜時を超えて〜」
エレベーターから降り、案内された二つ目の扉の前に立つ。重厚な木製の両開きの扉は、格調高い会議室を連想させる。個人面接の規模としては、大きい会場に緊張が高まる。
深呼吸を一つし、腕時計を確認する。時間まであと1分。
大丈夫。ガクチカも志望動機も頭に入ってる。ほぅーっ。息を吐き出して扉を三回ノックする。
数秒待って、開けようとした瞬間、内側から開かれて、ぎょっとする。
スーツ姿の若い男性は、笑顔で扉を大きく開いてくれた。小声でお礼を言い、部屋に足を踏み入れると、そこに待っていたのは、宴会場だった。
「は?」
挨拶しようと大きく吸った息を吐き出すことも忘れ、菜月はその場に立ち尽くした。
アメリカに行ったつもりが、到着した先がブラジルだったくらいの衝撃だ。
足あたりの良い真紅の絨毯に、100人は収容できそうな数のテーブルと椅子が整然と並んでいる。眩ゆい光に照らされた純白のテーブルクロスの上には、くもり一つないグラス、銀製のカトラリー、鏡のように反射している磨き込まれたお皿が置かれていた。頭上には、シャンデリアが爛々と料理を映えさせる。
暫しの沈黙の後、部屋を間違えたことに気が付いた。外に出ようとしたところで、まるで私が落ち着くのを待っていたかのようなタイミングで声をかけられた。
「安藤菜月さんですね?お待ちしておりました!さぁ、どうぞ、是非こちらへ来て一緒にお食事を!」
ぶかぶかのスーツに身を包んだ男性に促され、理解が追いつかないまま席に座らされてしまった。
辺りを見回すと、コロナなんて何処吹く風といった様子で、肩がパリッとした茶色や灰色の珍しいスーツを着た社員の人たちが親しげに若い女性社員と話している。
見るともなしに眺めていると、菜月のテーブルから一番近くにいるツーブロックの男性が、やおら顔を女性の髪に顔を近づけた。匂いを嗅いで手で触ってる。菜月は、眉根が自然と寄った。
この会社、大丈夫なのか?
コロナ対策もしてなければセクハラ行為と思しき行動。とてもじゃないが、時代の流れに乗れてるとは思えない。「時を超えて」とは、時代遅れの風習をいつまでもということなのか。
視線を感じたのか、こちらを向いた女性と目が合い、菜月は慌てて目を逸らした。
目の前に置かれた空っぽのお皿は菜月の心を映しているようだった。
恨めしい上に、機会損失この上ない。よし、食べよう!
面接はいつ行われるのか分からないのだから、と自分に言い訳しながら、菜月は、奥にある大皿に料理を取りに向かった。
油にのった香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。お腹がきゅーっとなった。
急いで長テーブルに駆け寄ると、一瞬で目が潤った。海老チリ、フカヒレスープ、北京ダック、和牛ステーキ、唐揚げ、ロブスター、カルパッチョ、お寿司、・・・。所狭しと並べて置かれたご馳走の数々に、取り分ける手が止まらない。
席について、黙々と食べ進めていると、隣に男性が座った気配がした。
「こんにちは。今日は来てくれてありがとね」
右を向くと、浅黒い肌の男性が笑顔でこちらを見ていた。目尻にシワがより、白髪も少し混じっているから四十代だろうか。
食べていたものをゴクリと飲み込み、
「あ、いえ、こちらこそご招待ありがとうございます」
ご招待?内心で焦る。パーティーにいる気分でうっかり答えてしまったが、採用試験できているんだった。が、今更訂正する場がない。
焦る菜月に笑顔で応じる男性。表情には何の変化もなかった。
「そんなかたくならなくて大丈夫、大丈夫!君みたいな四大卒の優秀な女性は、総合職でも一般職でも欲しいからね。もちろん結婚したいだろうから、一般職がいいよね?」
「え?」
菜月の困惑をよそに、その男性はどんどん話を進めていく。一般職で採用された過去の先輩達が、どれ有名な取引先の人と結婚したかの話から、有名大学の総合職と社内結婚して退職した女性が大勢いる話まで、気遣わしげに語った。就活生がそのことを重要視していることを理解しているとでも訴えているようだった。
「君は、魔女みたいで可愛いし、いくらでも紹介しちゃうから、結婚は安心していいからね」
ウインクをしてそう言った男性は、飲み物を取りに席を立った。彼の瞳の奥に、いやらしい光が一瞬宿ったのを、菜月は見逃さなかった。
ぶるりと身体が震えた。ぞわっーと気味悪い何かが腕や背中を這っていく感触に襲われた。菜月は、今すぐこの場から逃げ出したくなった。
浮かせかけた腰を頭の片隅が押しとどめる。
まだ何の内定も持っていないのに、ここで逃げちゃダメだ。
でも、こんな時代錯誤甚だしい企業でなんか働きたくない。確かにそうだけど……。
社会に出ればこういう理不尽は多いってSNSでも見かけるじゃん。
ぐるぐるする思考で、閃光のように考えがあらわれた。
いや、待って。この企業で働いて、いっそセクハラ、パワハラで自殺すれば、正当な理由で死ねるのでは?
そうなれば何のお咎めもなく死ねる。数少ない友人にも申し開きができるだろう。
積極的に死ぬわけじゃない。だから、これは別に裏切りでも何でもない。
菜月はその選択を振り払うことが出来ず、結局最後までこのパーティーに参加し続けた。