008 奇遇だけど皆で銭湯へ行こう!
魔王を倒して少女に変化していた元男勇者のドタバタときどきラブコメディー
全体をピンク色に染めていたその建物は、玄関の上にある看板名に"小春日和亭"と読むことができた。ここは女性客を限定にした宿屋で、男性客は足を踏み入れることもできない場所だった。
その建物の前では、年若い男女の喧騒が起こされていた。
「なんでまた、ここにいるのよ、お兄ちゃんはっ!!」
「そういえば何でだろうな? 自分の宿屋にいたはずなのに、気がついたらここにいたみたいだ。俺の体が無意識に、、、なのか?」
「怖いわよ、それ! とにかくあたしたちは、これから銭湯にいくんだから、ついてこないでよね!」
「外はもう暗いんだぞ。いつ不埒な輩がリカを襲うかも分からないんだ。お兄ちゃんと一緒に行こうな」
「そうやっていつまでも、あたしを子供扱いしないでって、いつも言っているでしょ、お兄ちゃんっ!」
二人はどちらも紫色をした髪を持ち、面立ちも似通っているということから、よく見るならこれが兄妹だとすぐ分かるだろう。
シエルとエンリカの二人に引きずられていたハルカが宿屋を出たところで、建物の物陰から出てきた若い男がいた。
それはエンリカの兄のエンター(21)だった。そしてこの騒ぎが始まることになったのだった。
「その話が本当だとしても、なんでお兄ちゃんは銭湯セットまで持ち歩いてるのよ、それっておかしくはないの?!」
「リカはいつもこのぐらいの時間から銭湯へ出かけるだろ? だから今日もそうなんじゃないか、、、って違うぞ! 、、、そそ、そうだ! 無意識で、銭湯に行きたくて、そこへ向かって歩いてたのかもしれないぞ。それでリカたちをたまたまで見つけたんだ。いやあ、奇遇なこともあるもんだなぁ!」
「そんな訳がないでしょっ! もうもうっ、お兄ちゃんなんてしらないんだからっ!」
膨れっ面をしたエンリカは、目の前に立っているエンターにそう言い放つと、体を反転させて後ろを向き、体をフルフルと震わしている。
「クックックッ。そうだぞ~エンター。まったく妹さんの言うとおりだぜ。お前さんがいつまでもそうだと、エンリカは恋人を作ってもお前には紹介ができないぞ?」
エンターが出てきた場所からはまたさらにもう一人の男が現れる。その男は彼の古馴染みの親友であり、エンターのパーティーではサブリーダーを務めているアルフレット(20)だ。
「なっなにぃいッ! おい、そいつは誰だ! アルッお前は、リカが付き合っているその男を知っているのか? リカッ、そいつは誰なんだ! いやそれより、そんなことはお兄ちゃんが許さんぞ!」
「ちょ、ちょっと勘違いしないでよ。つ、付き合っている人なんていないけど、でも、好きな人なら、、、ってもう、嫌い嫌い~、お兄ちゃんなんてだいっきらい!!」
またいつもの愉快な劇が始まったぞ、とアルフレットはこの成り行きを愉しんでいた。そのアルフレットの様子を見たシエルは、アルさんはいつも本当に悪趣味な人なのですぅ~と言って、彼にジト目を向けていた。
「だあってよ、こんな愉快なものを見られるのなら、仕掛けないってのは観客達には失礼に当たるだろ」
エンリカからバリバリと爪を立てられて顔に縦縞の傷をつくったエンターを見て、アルフレットはさらに大笑いをしながら体をくの字に動かしていた。
「アーハッハハッ。まあ、いつまでもこうしてはいられ、ない、、ん、んんー? シエル、お前さっきから、一体何を掴んでいるんだ?」
しまった、とシエルは慌てた顔になって、掴んでいた腕を動かして、ハルカを自分の後ろに動かしたが、すでに遅しで、アルフレットはシエルの間近まで歩み寄っていた。
怪訝そうにして、シエルの影に隠されたものを知ろうと、それを覗き込むようにしていたアルフレットだったが、ハルカの姿をしっかりと確認するやいなや、アルフレットはこれまでのクールさを、どこか遠くへ放り投げたとばかりに、怒涛の変態アピールをし始めだした。
「おおっ!おおおおっ!! これはロリィィィーーー! 9~11歳の年代物とみた! 、、、ほおぅ、、、フンフン。ロリだというのに、この目鼻立ちの美しさはどうだ!! そこいらの大人の美女でも敵わないな、、、稀になる稀少種ではないかっ! 俺の判定ではS級に? いやこれはもう破格のSS級でいいんじゃねえか、、、、、、んんっっっふおおおおおっ!、、、超極上大満点天使ぃキターーーー、、いやいや。これでもまだ表現が生ぬるい。、、、そうだ、ロリ神様だ、ロリ神様がここに、ご降臨されたのだ~~!!」
シエルと手が繋がれていた、まだ目覚める様子のない少女を崇め始めたアルフレットは、西洋の宗教絵画に登場するような予言者が、神から天啓を与えられたときのような恍惚とした表情で、一心不乱にしてハルカを崇め讃えるようになっていた。
「ありゃりゃ~、やっぱり、こおなっちゃったんだぉ~」
シエルはこれはもう手遅れといわんばかりに、片手を頬に押し当てていた。
兄妹喧嘩を愉快に観覧していたギャラリーたちも、今度は何の事件が起こったのかと、シエルとアルフレットの周りに集まり始めていた。
エンリカとエンターの二人もアルの大奇声に気がつくと、それまでの喧嘩をストップして、すぐにシエルとアルフレットのもとへ駆け寄ってきた。
「ああ、またアルの病気が出ていたのか。ヤレヤレだ、しかたがないが許せよ!」
狂気にも似た恍惚の状態にあったアルフレットの後頭部を、エンターは遠慮なくチョップした。
それからは手慣れた作業といったように、倒れかかったアルフレットの体を、エンターは自分の肩に寄りかからせたのであった。
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銭湯の女の湯にある脱衣場では、トイレへ行ったシエルを見送ったエンリカが、悩ましげにしながらブツブツと独り言をつぶやいていた。
「シエルがまたさらに成長していたなんて。ウウウー、ますます差が開いちゃった、、、普段は目立たなかったのに、シエルってば着痩せさんになるタイプなのね」
大きなため息をついたエンリカ。
キョロキョロとして回りをうかがってから、そっと自分のバストを持ち上げてみる。
「ん、、、なんとかギリ、、、普通はありそうよね。、、、あ、あたしだってその内に、、、これからなんだから! 、、、はぁ、、、、、、ハルキさんの好みって、どうなのかな、、、」
エンリカは自分の胸に両の手を当てると、それからぼんやりするようになった。しかしそれは唐突に、かなりの後ろで小さな女の子の奇声が聞こえてきたことで我に帰った。
「んぎゃあやわやああっー!!」
おかしな声の出処を見てみると、それはこれまでベンチに横で寝かせられていたハルカが、眠りから目覚めたときに出した声のようだった。
今はベンチの上で体育座りで震えていて、自分の奇声を両手で口を塞いだ格好をしており、自分の奇声で周囲の注目を集めたおかげで、更に恥ずかしくなってしまったのか、遠くから確認ができるほどに真っ赤になっていた。
「なっなっっんで?ええ? ここ銭湯?、、、あれ、おっかしいな? さっきまでベットにいたはずで、、、なんでこんなところに?」
いまの状況を把握したハルカは、今度は口に置いた両手を両目へ移動させていた。羞恥心で身悶えしていると、その様子に心配をした女性たちが近くに集まり始めた。
「大丈夫? なにかあったの?」
「さっきまで寝ていた様子だったけど、もしかしてどこか具合が悪い?」
「お熱は、、、うんないようね、、、それにしても真っ白なお肌ね」
「本当にね。うちの奉公先になる貴族のお嬢様よりもぜったいに白いわ、これ」
「見てよ見てよ! 髪の毛は糸みたいにサラッサラじゃないのっ!」
「うっわー、なによ、このモッチモチのプヨプヨは!」
「ちょっ、そこ触られると、、、」
最初は心配をしていた女性たちも、小さく可愛い珍獣を発見したように、目的がすり替えってハルカをベタベタと触りだしていた。
「うひゃゃぅうん!」
いくつもの手がハルカを触り、誰かがお腹に手を伸ばしたのか、ハルカはピクンと跳ねてしまう。ここにいるのが限界になったのか、視界にエンリカを見つけたハルカは、もう大丈夫ですから、と周囲に断ってそちらへと走り出した。
エンリカの後ろに隠れると、集まっていた女性たちは残念そうにして解散した。ハルカは安堵のため息をもらしていた。
「やっと目が覚めたのね。そう、だったらあんたはさっさと脱いで、裸になっちゃいなさいよ」
ハルカは目線を床の一点に落とすと、覇気のないたどたどしい声で、エンリカにたどたどしく質問をし始めた。
「あのー、、、エンリカさん。もしも、ですが、、、そっ、そ、その、あの。この場に、、、男性がいたら、どう思われますか?」
ハルカが唐突にもおかしな質問をしてきたことにエンリカは一瞬だけ戸惑った。
しかし、これは子供のときにはよくある、前後に脈絡を伴わない与太話だろうと思い込んだ。
そしてその質問に隠れた真意を確かめることなく、自分が思ったままを言うことにした。
「質問には答えてあげる代わりに、あんたも裸になっておきなさいよね。そろそろシエルも戻ってくるんだから。、、、そうねえっと、そのもしもがあるのなら、、、その犯罪者には、当然死を与えるべきだわ」
エンリカがそう答えると、ハルカは途端にとても青ざめた顔になり、「犯罪者、オ、オレ犯罪者なんだ」と何度もその単語を復唱しながら、全身をカクカクと震わせ始めた。
ハルカはエンリカから見ても贔屓目も無しで、飛びぬけて目立って可愛いと思えるほどの美少女だった。
なのになぜこの美少女が、このおかしなことを質問してきて、そしてこうなることになったのかと、今度はエンリカのほうが考え悩むことになった。
「?、、、まさか! アルがどこかに隠れているわけ? ハルカは今狙われているの? 、、、、、、でもまって、お兄ちゃんの線も? 、、、お兄ちゃんが犯罪者? 、、、そ、そんなの、そんなの、、、絶対ダメだもん!!」
おかしな妄想に捕われたエンリカは、おろおろバタバタと一人忙しく動き始めた。ハルカはさきほどからブツブツと、ゆ、勇者が犯罪、者、、、犯罪者に、、、、、、と独白を繰り返している。
「エンリカはなにを賑やかにしているんですかぁ~。ハルカのほうは独り言ですか? おかしな事になっているのです。でもここでずぅっとこのままでいたら~みぃんな風邪をひいちゃいますのでぇ、さっさと移動しましょうねぇ~」
トイレから戻ってきていたシエルは二人の状況をよそにして、動かないハルカの下着をえいっと一気に脱がせると、二人の腕を掴んでから浴場へと移動するのであった。
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「はぁぁ~、ご~くらくぅ~ですぅ~」
シエルは浴槽の中のお湯に浸かると、なんともいえなさそうなご満悦の表情を見せていた。
「うぅーんんっ、っはぁ。きっもちぃいいー」
手と手を裏手に組んで、それを前から頭の上へあげてから、大きく伸びをするエンリカ。
「銭湯って勇者のハルキさんが創業したって聞きましたけど、誰もが思いつかないことをできちゃうなんて、すごい人ですよね」
五人がいる建物の外にある看板には、"ハルキ湯デイルード旧市街店"と書かれていた。それがこの銭湯の名称である。
ここでもうおわかりかと思うが、この銭湯は勇者ハルキが出資して建設した施設である。男女別に20㎡の大型浴場を備えており、経営はハルキ商会が一手に引き受けて経営している。ハルキ湯はどこの都市にも、また大小を問わずにどこの町でも存在していた。
ハルキがこの異世界に来て驚いたのは、体を清潔に保つために、川や湖へ入って水浴びをするとか、水で濡らしたタオルで体を拭いたりとか、或いは貴族たちがバスタブ内で体を洗うことはあったにはしても、大量の熱いお湯の中で首から下の体を入れる、といったお風呂の概念は、この世界には無かったのだ。
現代日本人からの転移者である勇者ハルキには、お風呂が無いことにとてもショックを受けてしまった。これが勇者ハルキを妙な行動に駆り立てる事になる。
勇者ハルキが旅先に出ると、温泉があれば必ず入浴することは有名な語り草で、緊急出動で依頼を早期達成させることを求められたときには、温泉が近場にある街道などはその移動ルートから必ず外すことがお約束になったほどだった。
どこへ行ってもお風呂に入りたい。いつでもどこででも。勇者ハルキのそうした願いはやがてカンパニーを立ち上げさせ、勇者の持てる潤沢な資金を使って、あちこちの町に銭湯を作らせてしまったのである。なかなかにして壮大な事業の冒険をしたわけではあったが、銭湯は健全な庶民の娯楽施設としてまたたくまに大好評を得て、現在も支店を次々と増やし続けているという。
☆
「どーしたのよ、あんた?」
銭湯からの帰り道、どんよりとして歩き、すみません、犯罪者です、ゴメンナサイ、と小声で話すハルカの姿がそこにはあった。エンリカはそれを、不思議そうな顔をして見ていた。
「それよりももうしばらくするとお祭りが始まるのね、楽しみだわ」
返答ができそうにないハルカの相手はもう諦めたのか、エンリカは今関心が一番あった話題を切り出した。
「私たちぃ平民にはぁ~お祭りでも認識は間違いではありませんけどぉ。あっふぅ。正確にはぁ~魔王討伐の成功記念式典ですねぇ~」
シエルは今日一日の疲れが銭湯の効果でどーっとでてきたのか、小さな欠伸を連発するようにしていた。
「そっか。行方不明になってから、もう百日近くになろうとしているんだよね、、、ハルキさん、どうかどこかでご無事でいてください、、、」
夜空を仰いで願いをかけるように、エンリカはそう言葉を紡いだ。瞳が潤んでいるようにも見えていた。さきほどまでの明るさは消えて、彼女は物憂げな表情のままで帰路へと向かったのであった。
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