007 ベッドでお遊戯はいけません
魔王を倒して少女に変化していた元男勇者のドタバタときどきラブコメディー
「ごめんねハルちゃん、、、無事でよかったよぉ、、」
迷子になってから酒場の主人に拉致されるというハプニングを過ぎて、俺が酒場のドアを開いて通りに出た途端に、シエルとすぐに再開することが出来たのは僥倖だった。
俺と同じようにシエルも迷子の鉄則を踏んで、この付近を中心にして探してくれていたのが幸いしていたのだろう。安堵したのか、シエルの目からは涙がポロポロと落ちてきた。
「グスッ、、心配したよ、、、ホントに、、グスッグスッ」
「オ、私のほうこそ心配させて、ごめ、ん、、、なさい」
今回はカルロとかいう親父に拉致られていた間中、俺が外にいられなかったことはこちらの手落ちで、どちらかというと心配を長引かせたと言う点では、シエルから責められても仕方がないはずで、逆に謝られるというのはなんとも釈然とできなかった。だから俺もすぐに謝ることにした。
「あ、これ以上遅くなるとマーシャさんにさらに心配かけちゃうよ! ハルちゃん急いで!」
シエルは宿先の夕飯時間がかなり迫っていたことを思い出して、ハルカに急き立てるようにして話した。こうして歩く人が少なくなっていた通りの中を、二人は足早に宿屋へと急ぐのだった。
急いではいても、ハルカの小さな手が自分の服を掴んでいるのを何度も確認していたシエルを見ると、ハルカはとても嬉しそうにしてはにかむのだった。
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「ここが私たちのお宿なんだよ。さぁ遠慮なく入るんだよぉ~」
「、、、これ?」
シエルが両手を伸ばして大仰に向けたその先にあるその宿屋は、田舎町にはよくある素朴そうな建物に見える、ピンク色に塗装されている壁色が特徴的であった。ペンションのようなものだと思えばいいんだろうか?
以前の勇者ハルキの頃にはこのような安宿を使うことはきわめて稀だった。デイルードのような大都市なら三ツ星や二ツ星のつくホテルで、浴室付きの個室を常宿で使っていたから、こうした宿はとてもシュールに映るのだ。
ただしその評価は勇者ハルキだったときの話で、今や絶賛一般平民の身分になった俺には、この宿屋でもかなり贅沢になるのかもしれない。
「わ、わぁー、シュールな、いえ素敵な宿です、ね。、、、」
俺は上手にお世辞を言うことができただろうか?
中に入ってみれば、古めだが館内は隅々まで清潔感があって好印象を持てた。聞けば女性専用の宿屋になるそうで、そのあたりのポイントはかなり高いと思われた。大通りから1本裏にある立地は治安もそこそこで良いだろうし、宿泊料金もリーズナブルだったので、これは掘り出し物件と言えるかもしれない。
「マーシャさん、ただいまですぅ~」
「ああシエルさんかい、予定よりずいぶんと遅かったんだね。夕食はこれから用意するから、少しまっとくれ」
ロビー内で忙しく動いていた女将さんは、シエルをみると親しみを込めた挨拶を返してきた。シエルの後ろからついてきた俺に気づいたのか、女将さんは忙しそうに見えた動きを休めて俺に近づくと、俺の目線と合うように屈んでくれた。
「この子だね、今朝言っていたのは、、、ようこそ小春日和亭へ。私はマーシャっていうんだ。よろしくね! 小さいお嬢ちゃん」
女将さんは子供の俺に丁寧な挨拶をしてくれたのだった。
よし、俺も挨拶だ!
「よ、よろひく、お願みッ!、、、いひゃい、ます!」
なんでだろう、子供になってからは緊張すると呂律がうまく回らなくなったのだ。
うまく話そうとすればするほどに失敗しちゃうのだ!
後半は舌を思い切りかんでしまっていた。
女将さんはそれを見て、笑いをこらえようとしたのか頬の筋肉をピクピクと総動員させていたが、それが堪えられなかったらしく、屈んだままで俺に背を向けると、くくぐもった笑いを起こしていた。
ううっー、恥ずかしい。
☆
部屋に向かうために館内ではシエルが先頭になって進み、その目的の部屋の前にくるとシエルはドアを叩いた。
「どうぞー」
と言う声が中から聞こえてくると、シエルはドアを開いた。
すると部屋の中には、シエルと同年代の女子が机の椅子に腰掛けていた。
その少女は紫色で肩まで掛かるセミロングで、目じりがやや高くて少しだけきつめに見える印象を持っていた。シエルと比べてしまうと、体つきはスレンダーっぽい感じだった。
「ただいま~エンリカ。言ってあったとおりにハルちゃんをつれてきたぉ~」
「おかえり、シエル。それと、、、こんにちは、じゃなくてこんばんは、でもなくて、、、えーっと、初めまして。あんたの名前って、たしか、ハルカでいいのよね?」
「初めまして。合っていますよ。私の名前はハルカっていいます」
エンリカは初対面のせいか、少し緊張した面持ちとやや上ずった声を見せていたが、ハルカが年下で安心したのか、やがて緊張が打ち解けたかのようにしてくだけた話し方に戻っていた。
ハルカはエンリカの表情を見ていると、ふと以前どこかで会っているかのような懐かしさを感じた。しかしそれ以上は思い起こすこともできなかったので、その思考を放棄することにした。
「なら、あたしのほうはあんたのことをハルカって呼ぶわね。あたしのほうはシエルが入院していたときにハルカには会っているんだけどね。でもあの時のあんたは昏睡状態だったから、もちろんあたしを知っているわけもないだろうし。これからよろしくね」
エンリカはシエルと同じパーティーの一員だそうで、パーティーリーダーが自分の兄という関連があるのだそうだ。そのパーティーはその兄を含めて男性が三人いて、そちらは別の宿屋にいるのだとか。
そうこうしていると階下から女将さんが「夕飯の用意ができたよ」と呼びに来たので、三人は揃って食堂へと移動することになった。
食卓につくと、ハルカは食べる前のいつものクセで、「お百姓さんに感謝します」と声を出していた。
カシャンッ
ハルカが音がするほうを見ると、エンリカが恐ろしいものを見たかのように固まっていた。手元のフォークが落ちていたのだ。
「あれはハルキさんと同じセリフ、、、」
エンリカが何かを呟いたがその声はハルカには届かなかった。エンリカもそれからは食事を始めていたので、ハルキもそれ以上は気にすることもなく、後は食事の時間が進んでいった。
さてせっかくなので、この食事の時間を利用して、これまでの経緯を簡単に振り返ろう。
俺の勇者ハルキとしての記憶の最後は、魔王城の中の魔王宮の調理室にあった解体台の上で眠ってしまったところまでで、次に意識が戻ったのはそれから10日も経った後だった。そこは病院のベッドの上で、声は出せず体は動かないといった状態だった。しかも俺の身体は少女になってしまっていた。これで勇者ハルキは行方不明の扱いになって、俺は記憶喪失にかかった別人として戸籍がつくられて生きることになった。この世界では15歳が成人からなので、10歳に認定された俺は身元保証人が必要だった。幸運なことに、病院で同室だったシエルが、俺の身元保証人になってくれたのでこうしているわけだ。
ーーーーーと、まあこんなところかな?
☆
「わっはっはっはーーー♫」
食事を終えて部屋に戻ると、俺は服を脱ぎ捨ててキャミソールとパンツの下着姿で自分専用になっていたベッドにダイブする。体重がないせいか、スプリングも入っていないのに、飛び込んだ反応で体が大きくバウンドしてしまう。
「こらぁ~、女の子がそんな遊びしちゃダメェ~」
シエルは一応怒った風を装うが、窮屈だった病院生活からようやく開放されたばかりの俺の気持ちを理解しているのか、暖かな眼差しを向けながらやんわりと制するだけだった。
続けて飛び込みするのを諦めた俺は、次にベットの上でゴロンゴロン作戦を開始、それはもう延々と続けてみた。体力の限界に挑戦だーーー! とゆうどうにもアホなことをかんがえながら。
「もーお布団がめちゃめちゃじゃないのぉ~」
「ウサギさんが描いてあるパンツが丸見えになってるわよ」
やがて天地がひっくり返るような目眩に襲われて頭がおかしくなってきたのと、食事をしたものが胃の中でヤバイことになってきたので作戦は中止した。あ、俺しばらく再起不能になるわ、コレ。
クカァー
「こいつ、寝ちゃったみたいね」
机での用事を終えたエンリカは、ベットの上でいつの間にか寝ていたハルカを見てそういった。
「今日は退院してぇ、帰りも遅くなっちゃったし~疲れがでちゃったのかも」
子供服専門店で購入したものをたたんでしまっていたシエルは、ハルカを見て微笑んでそう言った。
「さてと。あたしはこれから銭湯に出かけるけど、シエルたちはどうするわけ?」
エンリカはすでに準備していたお風呂セットを小脇にかかえて、シエルに振り向いて立ち上がっていた。
「私もいくよ~、今日は汗かいちゃったし~」
シエルはそう答えて手早くハルカに服を着せなおしていた。
「ハルカも連れて行くの?」
「ハルちゃんもたくさん汗かいてるはずだしぃ。こっち持って~」
シエルはハルカの片手を持つと、エンリカに反対側を掴ませた。
「二人で疲れたって、病院から子供服専門店に寄っただけで、汗をかくってどんな理由なのよ?」
「それはぁ、、、普通にしていただけだよ?」
シエルの目はエンリカの質問で目が泳ぎ始めていた。嘘とわかるのでツッコミを入れるか迷ったが、銭湯へ行く時間が遅くなってしまうのでそれはあきらめたようだ。
こうしてハルカは、シエルとエンリカに両腕を掴まれて引きずられながら、そのフォーメーションで宿屋の外へと歩き始めた。
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