005 モデルなんてしたくない!
魔王を倒して少女に変化していた元男勇者のドタバタときどきラブコメディー
その都市名はデイルード。新興の大都市だ。
五年ほど前は近場に大河があるといった以外には、これといってどうということもない、辺境地の静かな田舎町だった。
そのような田舎町だったデイルードが、わずか数年間で大都市に変貌したことには理由があった。
それは皮肉にも、魔王と魔王城がこの世界に出現したことが関係していた。
魔王と魔王城が出現すると、その近くにあった都市群は悉く魔王軍の襲撃にさらされて、占拠をされるか、もしくは瓦礫に変えられてしまった。
こうした事態を重く見たこの世界の国家群は、魔王軍に対抗する諸侯連合軍の組織をつくると、次に長期的に有用になる軍事拠点を探すことにした。
できうる限りに魔王城から近い場所に、魔王軍をそこに張り付かせる目的を持たせた城砦を、どこに造るのか。軍需物資や兵士を大量に運び込むことを容易にするのには、どの土地を選んだらよいのか。
様々な条件を満たされた場所、その選定で選ばれたのがデイルードだったのだ。
大河を利用して水運力を駆使して、世界の各国から大量の軍需物資や兵士たちがそこに集められるようになると、デイルードは大規模な城塞都市へと様変わりをしていくようになった。
街道も立派なものに作り変えられて大街道が整備されると、陸路の側からは凄まじいほどの物と人の流入が激増することになった。民需物資の量や二次産業に携わる職人たちがたくさん増えたのである。
急激な大都市の成長に労働者の不足が心配されたが、各国にいた避難民たちがすすんでその役割を担うことになった。このようにして、一国に準ずる人口を要したデイルード市が誕生していたのだ。
そうした上り調子の急激な発展を遂げていたデイルード市も、3ヶ月前に魔王が討伐されると魔王軍も同時に瓦解してしまい、魔王軍を相手にする城砦としての目的は終えることになった。
しかしこの変化は別の変化も生じさせていた。都市の統治形態が、軍政から民政へと移管されたのだ。
諸侯連合軍が連れてきた傭兵たちや、異なる民族からなる様々な職人や商人がこの都市に残ることも多かった。大陸のほぼ中央にあるこの地は、貿易の中継拠点として実績を毎年上げ続けていたのである。
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俺が病院のベットの上で意識を取り戻してから、3ヶ月が過ぎようとしていた。
あれからまともな寝起きや会話ができるようになるまでに1ヵ月、リハビリなどに二ヶ月を要した。
そして今日、俺はようやく退院ができたのだ。
俺はフロントで退院の書類にサインをした。
"ハルカ"
これが俺の新たな名前だった。市民登記もこの名前で済ませていた。
「ハルカ君、今日が退院日だったね」
後ろを振り向くと、お世話になったセンセイと看護師たちが集まっていた。
まわりにいた女性看護士たちがドドドーッと俺を取り囲むと、すぐにもみくちゃにし始めた。
「このモッチモチのほっぺたにもうスリスリできなくなるのー」
「このサラサラの美しい青銀の髪の毛で、もうあそべないのねー」
「はああぁっん、この抱き心地ったら。これができるのもこれで最後かー」
スリスリ、ナデナデ、ギュウギュウ、ブッチュ
誰だ、どさくさにまぎれて過激なスキンシップまでしてるヤツわぁ!
「やぁー、やめ、やめー、やめてくりゃ、さいー」
「あああんもう! 可愛いすぎて拉致っちゃいたいっ!」
シュルシュル
そこ! 縄で縛るのはヤメテ!
しばらくされるがままにされ続けると、見かねたセンセイが助け舟をだしてくれた。
「おっと、君の家族が外で待っているようだよ」
「ゼェゼェ、ハァハァ、、、」
今のでずいぶんと余計な体力使ってしまった。ここにいた間は俺、毎日マスコットにされていたからもう大変だったのだ。
最後ぐらいはまともに見送ってくれると、期待をしていた俺が愚かだったようだ。
「お世話になりました」
「すっかりと元気になってよかった。ともあれこれからの君の前途に幸あれだ」
センセイは俺にエールを送ってくれた。
「ありがとうございました」
ぺこりとしていると、なにやらまた女性看護士たちの間から不穏な気配をかんじてきたので、俺は慌てて玄関に急ぐことにした。
治療費については幸いにも請求されなかった。
なんと大盤振る舞いで、魔王城に捕らえられていた全員には、国からの手厚い福利厚生が施されたそうだ。その上魔王の討伐に参加した冒険者たちには、国から報償金が出されたそうだ。
俺について語ると、魔王に攫われて解体台の上で食材にされかかり、そのショックから記憶喪失に見舞われた、非業の一般人と認定されることになった。自作自演の勝利だった。
こうして俺は一般人の少女として、新たな名前の"ハルカ"で生きていくことになったのである。
「退院、おめでとうだよぉ~」
病院の玄関先では、先に退院していたシエルが待ち構えていた。
とても嬉しそうな笑顔のシエルは、俺との身長差のせいでかがむようにしてから、両手を伸ばして俺の体を抱きしめてくれた。
「ちょっ!! 見られてる、周りの人に見られてるから~~!」
クスクスと、周囲にいた人たちからは笑い声がもれていた。
退院できた妹をお姉さんが迎えに来たかのようなこの構図は、さぞかし微笑ましい光景と映ったようだ。
俺にとって幸運だったのは、このシエルと出会えたことだろう。
話すことができるようになってから、身よりもなく行くあてのない身上をシエルに語ると、自分も教会の孤児院で育てられた孤児であったことを打ち明けられた。
シエルはこれも何かの縁だよね~と言って、退院後に保護者兼後見人になることを受け合ってくれたのだ。そうした経緯で、世間的にはシエルの妹として収まることになったのだ。
俺よりも先に退院していたシエルだったが、俺との面会によく訪れてくれていたことで、俺の入院生活は全てが退屈で染められることはなかった。
もっと正直に言うと、何度も訪問ってとてもうれしかったよ、シエル、本当にありがとう!
でも俺は日本人なのだ。てれくさくていえないシャイな民族の人間で、どうもスミマセン!
「ハルちゃん。お姉ちゃんとぉ、お手てを繋ぎましょうね~」
ひと目の多い公道上で、俺に手を差し出してきたシエル。その行動は俺をしばしの間硬直させた。
「どうしたの?」
どうしたのと問われても、年頃の元男子としては、どうにも気恥ずかしいものがあるのです。
俺がまだモジモジしている間も、シエルはずーっと手を出したままだった。
「恥ずかしがり屋さんなんだね~」
シエルはそう言うと、なかなか手を出さなかった俺の手を、シエルのほうから握ってきてくれた。
うわ、わぁ、シエルの、女の子の柔らかで小さな手が、、、、、、
「わー柔らかくて、小さくて可愛い手だぁ~」
その台詞が出たのは、なんとシエルのほうだった!
俺の手のほうがシエルの手よりも、もっと小さくてプニプニだったのだ。
嬉しそうにエヘヘ~と笑顔で俺の手を握っているシエル。
元男子の煩悩の夢想は、このときガラガラと音を立てて崩れ去った。
「さぁて~退院もできたことだし~、これから服や下着の買い物だぉ~」
しまったぁ! と思ったが、俺の手はすでにシエルの手にしっかりと握られていていた。
「さぁまずは、あそこに見えるブティックからいってみよぉか~」
「え? ブティックって、その服屋さんでしょ? シエルが用事あるの?」
「違うから~、ハルカちゃんのお洋服を買うんだよ~」
「この服があるのに? やだ、これだけでいいッ!」
いま着ている服は、二ヶ月前に病院から受け取っていたものだ。シンプルなデザインのワンピースで無地で飾りが一切ない。これでも抵抗があるのに、もっと女の子らしい服なんていらんわ!
「これは余所行き用になりえないのです~ それに服だけではなくて他にも色々必要なの~」
交渉は決裂した!
シエル、短い間世話になったけど、ここでサヨナラだッ!
「、、、ぐぇぇ! ゲホ!、、、 ゲーホ! ゲホ!」
繋いでいた手を素早く振りほどいて、全速力で走り出そうとした俺だが、首もとの襟をなんなく掴まれてしまい、敢えなく御用となってしまっていた。
「わかった。もう逃げないから緩めて。、、、はあ、楽になった。、、、それであの、せめて、スカートではない服なんてダメですか?」
「ダーメーでーす♪」
俺は女の格好をしたくはないんだぁーー!!
しかし保護者から本気で逃亡するわけにもいかず、俺は彼女に力なくついていくのであった。
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2番目に入った服屋は子供服専門店であった。
最初に入店したあのブティックは、ハルカの身長に見合う服はなかったのだ。それがここにいる理由であった。
ここ最近に新築でオープンしたばかりなのか、お店の中の空気は、新築時に漂う匂いが建物に強く残されていた。
「まあまあ、ご姉妹揃ってモデルさんのようにお美しいですね。この可愛い妹さんのお洋服をお探しですか? それでしたら、こちらとこちらがおすすめになります。ちょっと季節的にはまだお早いですが、こちらのほうもお似合いになられると思いますよ」
二十歳台と見られるやり手そうな女性店員は、自らのイチオシと薦める服をすでに両手に見繕いつつ、それを煽てられて警戒心が緩んだシエルに受け取るようにと差し出していた。
シエルはそれを受け取って俺にあてがい、目を爛々と輝かせていた。女性店員さんはシエルの後ろでニヤリとした表情になっている!
「さすがだね! 専門家さんは選ぶのが上手だよぉ~! ね、ね、ハルちゃんはどちらを選びたい~?」
「あの、何度もいってますけど、シエルさん。スカートのない服を選びたいのですが、、、」
「私だったらこっちかなぁ? あ、こっちもここが可愛いんだよ~」
聞いてくれないぃしぃ~~!!
シエルが店員から受け取ったものは、どちらも大振りになる特大のフリルがあしらわれた服だった。
正直言うと、どちらも選びたくはない。がしかし選んでいかないと、俺にとっては苦痛になる時間がそれだけ増えていくことになるだけだ。
苦渋の決断になるが、しかたがないのでフリルがなるべく目立ちにくいほうを選択してみた。
「えぇ? そっちほうを選ぶの? ん~でもね、お姉ちゃんの推しはこっちのほうだね! 迷ったら両方着てから決めちゃえばいいんだよ~」
ここが地獄の時間の始まりになった。
もう何度目になるかわからないほど、試着室のカーテンがまた引かれていく。こうして俺の意思に関係しない作業が延々と始まるのだった。
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入店してからすでに2時間ほどが経っているのだろうか。
「ふぉぉお~~!!」
シエルのテンションは、最初の頃よりもかなり急変していた。
「似合うよぉ~! カワゅすぎぃっ! ハァ、ハァ、モデルが良すぎで何でも似合うから困るよぉ~! ってあれ、なぁんで後ろ向きなのぉ。ハルちゃんこっちだぉ、こっちこっち。ほら向いて~~お披露目するんだよ?」
俺のうなじから上は、かなり前から真っ赤になったままだった。なぜなのかというと、シエルがはしゃぐたびにギャラリーが増え続けていったために、いつしか俺の試着室の前には、とても大勢の人だかりができていたからだ。
子供連れの母親たちは、すごく可愛い子なのね、キャー愛らしいわ! このお店の広告で使われる新モデルって聞いたわよ、とか勝手に色々に話す声があちこちから聞こえてくる。
店員はこの騒ぎを制止するどころか、俺のいる試着室の辺りにあった商品群を撤去して、観覧スペースをつくっていた。
服を両手に持った店員たちがシエルの後ろに何人も控えていて、これから俺に着せようとする服を、ギャラリーたちによく見えるようにして掲げていた。
ギャラリーの集まる場所には、店主らしき人物が手もみをしながら、あの服は先週に王都から入荷したばかりの最新作でしてとか、今年の流行になりそうなのであちらはオススメですよ、などと周囲に集まっていたご婦人方に、大きな声で解説していた。
あれと同じ服でこれこれのサイズはあるのかしら、はいございますよお任せください、ただいまお持ちいたします、などの声がそこここから濡れ聞こえてきては、ホクホクとしてご満悦な様子を見せている。
俺の近くにいた、裕福そうでアホ毛が立っている少年は、自分の人差し指を口に入れながら、あのキレイな娘を僕のお嫁さんにしたいから、ママあれを買ってよ~と言えば、身分は大事なことなの、お嫁さんは無理だけど愛人の枠なら許してあげるからそれでいいかしら? とわけのわからない会話をしていた。
とにかく俺は、一刻も早くここから逃げ出したい~~!!
シエル、正気に戻ってくれぇっ!
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