004 少女は白旗を上げる
魔王を倒して少女に変化していた元男勇者のドタバタときどきラブコメディー
魔王宮の中を、俺は一人でうろついていた。
「フフーン♪、フンフーン♫」
とても上機嫌になっていた。そうなってしまう理由が、俺には確かにあった。
この世界に召喚されてからはや四年が過ぎていたが、つい先程にその大願を叶えられたのだから、気分はまさしく有頂天になっているというのも仕方がないというものだ。
ヒタ、ヒタ、ヒタ、
どこからともなく、何者かが急いで走っている足音がこちらへ近づいていた。
それは俺の目の前に見えている十字路のどちらかの側道、その奥の方から聞こえてくるようだ。
主とその取り巻きを失ってしまった城の中では、その下僕たちは誰も残ってはいないと踏んでいた俺は、この足音が魔物であろうことを予測できたことに多少は驚きながらも、悠然としながら刮目して待つことにした。
その十字路に飛び出してきた魔物は、兜をかぶった者を含んだ、ゴブリンの一団だった。
俺は思わず拍子抜けをしてしまった。だって仕方がないだろう、ゴブリンがこの最上級ステージの場所へ現れい出たのだから。
ゴブリンは魔物の中でも最下級クラスになる。相手が一匹なら、村人一人でもなんとか打ち倒すことができる脅威度だ。
ゴブリンたちもその辺りは織り込み済みなので、馬鹿正直にそのような戦いを挑みはしない。このようにいつも集団で行動して相手を束になって襲う、といった戦い方をするのが常になるのだ。
「魔王さまハ、どこダ?」
「おれタチ、援軍! 援軍! 強いエングン!」
会話の内容から、どうやら魔王戦のために遠くから駆けつけてきた、といったところだろうか。俺が漫然として立っていたら、やがてゴブリンたちが俺に気付き始めた。
「人間ガ、いるゾ! いるゾ!」
「あいツ、ガウン、着て、いるゾ!」
ガウン?
俺は自分の姿を確認すると、確かに少し引きずる形になった、大きめのガウンを羽織っていた。
ああ、どうやらこれは、風呂場で羽織った魔王のガウンか。
兜をかぶったリーダーらしきヤツが、手慣れたふうに片手を上げて合図をすると、控えていた二匹のゴブリンが、俺の左右を囲んで半円の陣形を取って戦闘態勢に入った。
「殺ス」
「ったくっ」
しかたがない。装備を召喚してもよかったのだが俺はそれをしなかった。ここで俺は気を纏うことにしたのだ。いわゆるオーラでこれを"威圧"として使うものだ。
これによって低級の魔物などは、相手と自分にある格の違いを気付かされて、恐れをなして逃げていくのだ。
、、、
「殺ス」
「殺ス」「殺ス」
あれ? 逃げていかないの?
、、、
「殺ス」
「殺ス」「殺ス」
ジリジリと俺を囲む距離がさらに縮まってくる。
どうしたことだ? だがいまは戦うしかない!
しかしなぜか俺の体は、彫像の如く固まっていて全く動かなかった。なんということだ!
俺の警戒モードは、ここで一気に跳ね上がった!!
ピトッ
後ろから首筋に冷たい金属のようなものが押し付けられていた。手入れがなされていない赤錆ていたナイフだった。
敵のうちの一匹は、ハイドを使ってまんまと俺の後ろのほうに回り込んでいたのだ。
いやまて、これは異議あり!
だっておかしくないか?
180cmの長身の俺が、小鬼の二倍程になる背丈の俺が、首筋にナイフだと?
「おかしくハ、ナイ。なぜナラ、お前ハ」
兜をかぶって正面にいるゴブリンはまた一歩、ゆっくりと近づいてから、ニタリと醜悪な歪んだ表情をしてみせた。
それから、どこかで見覚えのあるコンパクトタイプの鏡をゴソゴソと懐から取り出して、それを開いてから差し向けて俺の顔を映してみせた。
「お前ハ、少女、だから、ダ」
その鏡に映しだされた俺の顔は勇者ハルキではなく、別人のあの少女の顔だったのだ。
☆
チュンチュン、チュンチュン
チチチチチチッ
窓の外の景色は朝焼けがきれいに見える、明け方の模様を描いていた。
ーーー悪夢。
現実では、魔王宮で出会ったことのないゴブリンたちが自分を襲う、そんな悪夢だった。
寝覚めたときには、心臓が喉から飛び出るのではないかと思ったほどに、心臓の鼓動がバクバクと鳴っていた。
そして今は、現実の思考を取り戻したばかりなのに、俺はそれを早々に放棄しようとしていた。
いや、現実逃避をしたい気持ちでいっぱいなのだろう。
原因そのものは明白ではあるのだが。
頭をからっぽにするとすぐに浮かぶ、鏡に映っていたあの少女の顔。
銀髪の、、、それは元々だった。
長い髪の銀色の髪は、以前より青みがずいぶん増していたように見えた。
顔の造形は、、、元の東洋人であった俺のバーツは、一切見当たらなかった。
マツゲがながっ。唇ちっさっ。目鼻立ちくっきりであった。
肌の色は?、、、白過ぎる。例えて言うなら陶器のような白さ、病的に近いものがあった。
生まれてからこれまでに、一切お日様に当たらなかったというような、そんな白さだ、、、。
あれらはどこをどうとってみても、、、俺とは別人そのものである。
しかし鏡の中の少女は、俺が狼狽の表情をすれば同じような表情を作ったし、口をパクパクとすれば同じようにパクパクと口を動かしていた。
このことは、俺が鏡の中の少女と同一人物だと証明していたのだ。
しかし、まってくれ。俺は頭をブルブルと振った。
鏡が間違いを伝えているとは言わない。
俺が意識不明のときに訪れた調査員が、俺を勇者ハルキだとわからなかったことを職務怠慢だと言うのはやめよう。
でも俺は俺であるはずだろ?
だから、このことにどう向き合えばいいのかわからないのだ。
☆
陽は高く上がっていた。
「脈拍が少し高いかな。でも気にすることはないよ。正常値の範囲内だからね。これから来る人たちの事情聴取で、緊張してしまっているせいなのかもしれないしね」
センセイが俺の頭をポンポンと優しく叩いた。
小さな子供に対するその態度は、やはり自分が勇者ハルキに見えていないことを如実に示していた。
午前中の定時検診を終えてしばらく経った後に、ようやくにここにきてついに、この後の人生に関わる重大な問題について、一大決心をすることにした。
それは長考の末に、俺が自問自答をして下した結論だった。
前提としたのは、勇者ハルキの俺が、別人にしか見えないこの少女になってしまったことだ。これは昨日になって知ったことだった。
この少女の顔も体も性別も年齢も、以前の俺とは全く異なっていた。簡潔に述べると別人としか見えないものだった。
そんな姿の自分を、周囲にハルキだといくら主張してみても、それを本気で取り合う人などいるはずもない。それがあまりに過ぎた場合は、狂人に扱われてしまうのがオチになるだろう。
俺自身についても、この現実を拒み続けていたところで、解決のできない苦悩に責め苛まれる毎日の繰返しを、いたずらに続けることになるだけだ。
また現状では、この少女の姿から以前の姿に戻れる方法も保証も何もかもが不明なままだ。最悪なことを考えると、元に戻ることができない場合だってあるのかもしれない。
それらを材料にして総合的な判断を導くと、あるがままを受け入れておくことしかできない、ということだ。
今はこうなってしまったことを嘆いている場合ではなく、自分で解決を探っていくしかない。
こうして俺は白旗を上げて、別人の少女でいる自分自身を受け入れて、別人生のスタートを切ることにしたのだった。
☆
☆
☆
「それでは質問を始めます。あなたは勇者ハルキを知っていますか?」
ブンブンッ
「勇者ハルキと思わしき人物を魔王城でみかけたことはありませんか? 身長が180cmの男性ですが。髪の色は白に近い銀髪で、、、おや、あなたも銀髪なのですね。、、、偶然とはいえ珍しい一致ですね」
ブンブンッ、ブンブンッ、ブンブンッ
その後もいくつかの質問を答え続けて、冒険者ギルドの調査員と官憲の事情聴取を順調に終えることになった。
冒険者ギルドの調査員は落胆を隠さずに、大きなため息をついて、がっくりと肩を落としていた。
「そのご様子では、勇者ハルキの消息は分からずじまいになりそうですか?」
俺の事情聴取にはセンセイも立ち会っていた。
センセイはギルドの調査員にそう話しかけたのだ。センセイは案外、ゴシップ好きなのかもしれない。
センセイの近くで控えていた看護師は、センセイのこの質問を合図と受け取ったかのように部屋から出ていくと、部屋の外に用意されていたと思われるワゴンを引きながら戻ってきていた。
ワゴンにはすでに温められたティーポットとカップが載せてあって、それらはすぐにお出しできるように前もって準備がなされていたのだろう。
それらは事情聴取に来ていた各人に素早く振る舞われていった。
調査員はこれを事実上の足止めと思ったのか、苦笑いをこぼしながら参ったというふうに、肘を上げながらバンザイのジェスチャーをした。
それから差し出された紅茶を指に掛けて口元へ、ビスケットを一枚頬張ってポリポリと音をたててから飲み込みこんだ。
そのことですっかりと気を緩めてしまったのか、人差し指を口にあてる動作をしてから、これはどうぞご内密にと断りをいれて、彼が調査をした、ここ12日間の出来事を語り始めた。
「お恥ずかしいお話なのですが、全くその通りなのです。消息の手掛かりは一切何一つ掴めていません。今回ここにきたのも、ほんのわずかなことでもあればと、一縷の望みをかけてのことでした。ですがどうやらやはり、勇者ハルキは行方不明のままになりそうですね」
調査は始まりから手詰まりであったという。
勇者ハルキの実力からしてみれば、魔王城に中堅以下しか残されていなかった敵にやられた、というセンは当初から消されていた。
勇者の一行が最後に彼を確認した場所は魔王宮の浴場で、その後の行動は一切が不明。牢屋にいた勇者の仲間たちも、その後の勇者ハルキを確認したものはゼロだった。
緊急脱出をした魔法の痕跡を追うために、専門家で編成された調査隊が急ぎ派遣されたが、こちらのほうも成果は不調に終わったという。
もしかすると転移先がランダムになるアイテムを誤って使い、魔王城のどこかの壁の中にいる可能性は残されているが、その調査もあと数日で打ち切られるそうだ。
「このままですと、迷宮入りの事件として扱われることは確実でしょうね」
二杯目になる紅茶をここで飲み終えた調査員は、おや、だいぶ長居をしていたようですねと言うと、近くのテーブルに置かれていた自分の帽子を取り上げて席を立ち、残った各人にお辞儀をしてから去っていった。
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