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003 勇者が行方不明ってナニソレ?

魔王を倒して少女に変化していた元男勇者のドタバタときどきラブコメディー





「ゴメンナサイ、、、ゴメンナサイ、ゴメンナサ、、、ィ、、、」



シエルは俺の脇で泣きじゃくっていた。先程彼女がダイブして飛び込んだことで、俺の下半身から放水するかのような勢いで出されたものが、今も止め度もなく床下に落ち続けている。



この現状だと、布団を捲ってしまえば盛大な世界地図のシミができあがっていることは明白で、恥ずかしさ指数がMAXを振り切っている俺の顔色は、赤を通り越して赤黒になるほどの勢いで、この事態には目を瞑っていることしかできなくなっていた。





センセイと女性看護師は、シエルが駆け出したのを見て何事かと一旦は近寄ってきていたものの、この惨状を知るやいなや、これからどうしたらよいかと行動を倦ねていた。



しかしそれもわずかな時間の間だけで、そこは職業柄によるものなのだろうか、センセイもこうした対応にはかなり手慣れているようで、



「いやー良かったねー、本当に目がさめたんだね。ああ目出度いな。ホントウニ、オメデトウ!」



と現在進行形のことには一切触れずにスルーにすることにしたらしく、別の話題を被せて和ませようとする、見え見えになる作戦を実行したのだった。



センセイのそのスマイルがとってつけたようなものであることは言うまでもないだろう。俺が10日間も意識不明になって、もうダメなんじゃねって宣言していた同じ人物だと知っているから、その笑顔が余計に白々しく見えるわッ!





看護師はこの間に仲間を呼んで淡々と業務をこなしており、近くの窓を開けて換気を取り入れながら、俺のベッドの周りにあるカーテンを引き閉めて、周囲の患者さんからこの惨状が見えないように配慮をしてくれた。



それから湿ってしまった寝具一式を瞬く間に共同作業で回収してしまうと、今度は俺の着ていた物を剥がして、湿ったタオルと乾いたタオルを交互に使って、俺の体はきれいに拭かれていった。首から下の全身の感覚が戻っていないので、触れられている感触は相変わらず伝わってはこないが。



なによりも起こった内容が恥ずかしいので目を閉じているしかなかったのだが、シエルがその間にへーとかほーとか言っているのが聞こえてきていて、そのうちに可愛いなんて言ってきた時には、今すぐ俺を抹殺してほしいなんて思いましたよ。はい。







そんなこんなで次の朝。



「おっはーだよっ!」



俺にとっては黒歴史の最上位にランクされた昨日の出来事は、シエルにとってはすでになかったことにされているのか、平常運転をしていた彼女だった。





午前中の早い時間にセンセイが回診にやってきた。



「はい、あ~んして。はい結構。心音もとくに異常なしと。健康上の問題はなさそうだね、結構、結構と。言葉のほうは、、、うーん、まだまだのようだね」



センセイは心音器を片付けてから立ちあがった。それからカルテを持ってきて記入の作業に取り掛かろうとしたが、ふと思い出したかのように、



「ああそうだ。そういえば明日になるけど、朝の健診の後で冒険者ギルドと官憲の方がお見えになる予定なんだが構わないかい? 君がまだ言葉は話せないことは先方に伝えてあるから、応答するだけでも頼めるかな?」



とそう言ってから俺の顔の様子を見た。





そうか、魔王を倒した後に勇者ハルキが10日間も寝込んでしまったことは、世間ではちょっとしたニュースになっていたのだろう。



俺の体はなぜだか首から下は動かないし声も出せないけれど、あちらが是非に会いたいというのならば、やむを得ないが会っておいたほうがよいのだろう。



そう思うと、俺は首を縦にコクコクと動かしていた。それを確認したセンセイは満足そうにして再びカルテの記入に戻った。





「すまないね。あちらも相当困っているらしくてね。なにせあの超有名人の勇者ハルキが、魔王を討伐した後で謎の失踪をしたのだから、一刻でも早くそのことを聴取したいそうなんだ。ああでもあれだね、私の見解では10日以上経っているということは、消息はほぼ絶望的と見ていいだろうね。まあ君のほうは奇跡的に無事に回復できて良かったよ」



センセイはカルテに記入している時間の合間に、長い昏睡で世情に疎かった俺に、巷で大ブレイク中の噂話を親切にも教えてくれたつもりなのだろう。



書き終えたカルテを閉じると忙しそうにそこそこと形式的な挨拶をして、俺のほうを見ることもなく次の患者のほうへと立ち去っていった。



だがセンセイがもしも俺の顔色を見ていたなら、全く生気がなくなってしまった土色の顔を確認して、一体何事が起こったのかとさぞやびっくりとしたはずだ。





これは、、、どうしたことなのだろうか。





先ほどセンセイがいったように、こういってはなんだが俺は超有名人だ。人気プロマイド店では常に一位の常連組なので、俺が誰だかわからないといったことはまずありえないだろう。



センセイの話では、明日ここに冒険者ギルドと官憲の人たちがくるのは、勇者ハルキの消息を知りたいがためにくる訪問ということだが、俺がその勇者ハルキとわからないとは、一体どうしたことなんだ?





まさか俺をそれと認識できなくなるような阻害系魔法が働いているとでもいうのか? だが10日間以上ものあいだ持続を可能とする魔法など、俺はこれまでに聞いたことはない。



そうなると、ここに今いる俺は、、、一体誰なんだということになる。



俺は、、、俺ではなくなってしまったのか?





俺は一体、、、何者になったというんだ!





俺は試しに、恐る恐る心の中で、“勇者の呼びかけ”を試してみることにした。勇者のアイテムは勇者にしか装備が許されていない物だからだ。このアイテム召喚ができるのも勇者だけの特権なのである。





(召喚、勇者の剣)



これまでは、ただそう念じるだけでアイテムの召喚が応えてくれていた。





が、無情にもそれは顕現をしなかったのだ。





(召喚、勇者の鎧)



やはり同じだ。いくら待って見ても一向に出てくる様子はない。



俺はこのときに、”絶望”というふた文字の言葉の意味を悟ったのであった。









意識をとり戻したのは、自分のお腹がグゥーと鳴った、夕暮れを過ぎた頃だった。





「銀髪ちゃん起きているぅ? あ、やっとこっちに向いた~ よかったぁ。何度も呼びかけてもぉ、両目を開いたまま瞬きもせずに、何時間も動いていなかったからぁ、本当に驚いちゃったよ~」



シエルはホッとして、自分の大きな胸を撫でおろして安堵していた。





あのシエルさん。俺のことをその、銀髪ちゃん、銀髪ちゃんと呼ぶのはやめてほしい!



16歳の女子からそう言われるのは、年上として情けなくなるのでやめてほしいんです!



俺は当年で19歳の偉丈夫の男性ですから!



言葉が出せるようになったら、そこはぜひ改善させてもらいたい!





「銀髪ちゃーん? あれあれえ? また聞こえなくなっちゃったよ~? もしもし~聞こえてるぅ~?」



おっと。俺は首を縦に振って、意識がはっきりとあることを知らせるために鷹揚に頷いてみせた。シエルはそれならお話しでもしようか~と言ってきた。





「今朝にセンセイが話していたこと~あれのこと気にしてたとか? もしかぁして~勇者ハルキさんの失踪のこととか興味ある~?」





俺は嘗てないほどに、ものすごい勢いでコクコクと猛烈に首を縦に振る。きっと目は充血していて、とてもすごいことになっているだろう。





「そうかぁ~それならまず、私のことも少し話しておかないとだね~」



シエルの話を聞いてみると、彼女は魔王に捕らわれていた冒険者の一人だったという。魔王宮にあった頑丈な牢屋の中には、同じ境遇の人たちがたくさんいたということだ。





彼女は事件があった際には勇者ハルキの姿を見ていないそうだ。シエルの周囲にいた人の証言も同様だったとのことだ。



そりゃそうなるよ、その頃の俺は浴場にいて仲間とは離れて別行動していて。牢屋のあった部屋まで近づいたときにも、気づかれないようにそっと離れていたから、俺との接点がないと言うのは正しい。





「勇者パーティーの人たちと~私達が牢屋から出られたあとはみんなも手伝って、勇者ハルキの居所を徹底的に探してみたけれど~どっこもいなくて。でこれはもしかすると~なにか思わぬ事態とかに遭遇しちゃって、緊急脱出用のアイテムとかつかったんじゃね、って話におちついて。それで帰ってきたらこの騒ぎになったというわけね~」





なるほど。パーティーの仲間と牢屋から解放された人たちに大変な迷惑をかけてしまったようだ。だが俺は牢屋があったすぐ隣の部屋(調理場?屠殺場?)の中で不謹慎にも眠ってしまったはずだ。それなのに俺は、そこでは見つからなかったというわけか?



パーティーの仲間が捜索に参加していたというのなら、そこで俺を見つけたら見間違うわけがない。





これでどうして俺が見つかっていないという話になっているのだ?





俺がとても難しい顔でいると、それをシエルは不思議そうにしてしばらくは見ていたが、それからあっと思い出したようにして、



「あ~銀髪ちゃんのことなんだけど。私達の牢屋の隣の部屋でぇ、そのお部屋は人間を屠殺して調理しちゃうところだったらしくて。その解体台の上で大きなガウンに包まってたのを発見されてたんだよ~」





そうだ!



解体台の上で大きなガウンを着ていた人物というのなら、それはもう俺で間違いはない。この客観的事実は俺が勇者ハルキだということを立証してみせた!



あとは明日に来るギルドの調査員が、マトモな人間であることを祈るだけだな、うん。





シエルは近づいきて、そっと俺の前髪を撫であげてから、



「でも本当に良かったよね~こぉんな小さな、かわぃい女の子がミンチにされなくて。あのときにもし勇者たちが来てくれてなかったら、きっとその晩のディナーに使われてたのかもだよ~」





はあ? ミンチ? 晩のディナー?





えっと、シエルはなにを言っているんだ?



いやいやちょっとまて、それよりも今、とても聞き捨てならない単語があったような、、、女の子? ひょっとしたら俺の他にも今ここに誰かここにいるのか?





俺はキョトキョトと辺りを見回してその女の子を探していたのだが、



「安心してね~、昨日の世界地図の件があった後始末のときに、私が銀髪ちゃんの体を隅々まで確認したけど、傷跡なども無くてどこも厶問題だったよ~。あっ、とりあえず顔だけでも確認してみるぅ?」



シエルは持っていたコンパクトタイプの鏡をすぐに取り出すと、それに俺の顔を映し出して見せた。





「~~~✕△□凸凹!っ!」





俺がこの日、2度目の脳内パニックを起こしたことは言うまでもないことだろう。

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