002 目覚めると体は動かず声も出ず
魔王を倒して少女に変化していた元男勇者のドタバタときどきラブコメディー
目が覚める。
ーーーああ。寝ちゃっていたのか。
って、いつから寝ていたんだっけか、、、
えー・・・・・・と。
たしか魔王城の謁見の間で、長丁場の末にようやく魔王を倒して、謁見の間にあった王座の後ろの通路から魔王宮に入って、、、
そうだ、そこでパーティーの仲間たちが制止するのを振り切って、魔王の専用浴場に一人飛び込んで、、、
そこから出た後は牢屋ならぬ食糧倉庫に閉じ込められていた囚人の人間たちをパーティーの仲間たちが救出していたので、邪魔しないようにと隣の部屋に移動して、、、
ーーーその部屋にあった解体台の上で不覚にも眠ってしまった、と。
すると、ここはまだ魔王城の、魔王宮なのか?
眠い目を擦ろうと、、、する動作をしようとしたけれど、腕は動いてくれなかった。もしやと思って上半身を起き上がらせようとしても、それもやはり動いてくれなかった。
かなりゆっくりとになったが、首だけは上下左右に動かせていた。声はダメだった。出そうとしてもそれは言葉にはならない、ただのうめき声に似たものしか出なかったのだ。
これは異常事態だ!
このような状況で襲われたとしたら、それがゴブリンのような最弱になる相手だとしても、こちらはいとも容易く致命傷を受けてしまうだろう。
こういった突発的な事態のときにこそ、より一層の冷静さが求められている。まずは状況の確認がなにより先決だ。
起き抜けたばかりでどんよりとしていた頭脳の働きを、無理矢理にギアアップするためにこめかみに力をいれて、それから目で集められる情報収集を始めることにした。
まずは身近な範囲の確認をする。顎を引いて視線をできる限り下へ向けると、自分がベットに寝かせられていることを知ることができた。かけられた布団はとても清潔そうに見える。
この待遇から考えてみると、虜囚の類いになる扱いではなさそうだった。このことから最大限になっていた警戒を、一段低いモードへと落とす。
もしかするとこれは夢の中で目が覚めた、なんていうオチなのかもしれない。しかしそれを確認しようにも、首から下が動かないせいで、どこかをつねってみるといった痛覚による判断は不可能だった。
首を動かして部屋の全体を見渡してみると、ここは人間が暮らすための馴染みのある建物の内部であることが確認できる。とすると、ここはもしかして俺の使っている宿屋なのだろうか。
いやそうではないだろう。なぜなら俺の部屋は一流ホテルにある個室であり、長期貸し切りにしてある特等のその部屋はとても豪勢な造りであったからだ。対してここはとても質素な造りであり装飾はとても簡素、部屋には4つのベットが設置されていたのだから。
この部屋には、一角ごとにそれぞれ1つのベットが置かれていて、それぞれに専有者がいるのがわかる。取り敢えず俺は一番身近な距離の、首を横に振り向くだけで見ることができる隣のベットにいる人物を観察した。
その人物は俺と近い年代に見える女子で、ベッドの上で正座の格好をつくっていた。今は熱心に読み物をしている最中、といった様子を見せている。
彼女は巻物のいくつかを手にとって開いていて、書いてある内容を小声で読み上げてイメトレをしていて、俺が目を覚ましたことにまだ気づいていないようだ。
それならばと、今度は自分の足先にあるほうへと視線を移してみると、そちらのベットには全身を包帯で巻きつけられている人間が寝かされていた。
全くと言ってよいほどに少しの動きもみられなかった。今は眠っているのだろうか? もしかすると動くこと自体ができないのかもしれない。
最後に一番遠くになる対角のベットには、、、周りにカーテンが敷かれているが、、、でもそれは入り口からは1番奥の窓側に面したこちらからはすべて丸見えになっている。
カーテンで遮っている側は部屋の出入り口になる方角に限っているので、俺からは見られていても差し支えがないと判断しているのだろう。
そこでは二十代半ばの女性が肌を顕にして、洗面器の中にある水を湿らせたタオルを手に、裸身になった上半身を丁寧に拭っている姿が見えた。
そのカーテンの向こう側に見える、特に気になった部屋の出入口に目を向けた。
んんっ? なにか、、、 おかしい??
よく観察してみると、この部屋の出入り口にはドアそのものが取り付けられていないことに気づいたのだ。
これでは部屋の外側にある通路から、部屋の中が見放題になってしまうことになる。なるほど、あの女性がカーテンをそちらに引いていた理由はこれで合点がいった。
だとしたら一体ここは、、、?
、、、あーー、ダメだダメだ。
やはりまだ起き抜けの状態に違いはないので、まともに思考を働かせるには、ある程度の時間が必要になる。せっかくに得た情報を解析してみたくても、こう思考が鈍っていては処理が覚束無いようだ。
ふう、、、、、、
、、、、、、ん?
、、、ーーーーーーっ!!
まてまて、まてまてっ!
ちょっとまてぇぇぇ!!!!
部屋のことなどはこの際すておけっ!!
じゅ、そう重大っなのわっ!
そうっ、ここにッ!
なぜ女性の裸があるのだぁ~~~!!
そこは一番に早くに気づくべきところだろうっ俺!!!!
同時に気がついたけど、ここってそうなんだよ、この部屋にいる人が全て女性っていうのもおかしいだろッ!!
俺には悪いことではないしむしろ嬉しいけど!
でもこれって官憲的にはトテーモマズイ状況ですよね!!
おーちーつーけー
ここッ、こーゆーときにこそ、まずは落ち着くんだ、オレ。
、、、スーハー
、、、、、、スーハー
、、、、、、スー、、、、、、ブッハッ!!
ってムリだっ!!!!
ヤバイよ!ヤバイよ!
これってつまりは俺が性犯罪者になるんだ!
どッどッ、どうしたらいいんだ~~~!!
「あ、目がさめたんだね~、お早うさんだよ~」
俺がパニックになっていると、近くから俺に声がかけられていた。間伸びをしたホンワカする声だった。
聞こえたその方向に自分の視線を移すと、そこにいたのは最初に見た人物、巻物を持ってベットの上で正座をしていた女子だった。
よく見ると、彼女はふわ毛の赤みがかった髪で、顔の両頬には少しソバカスが残っている。体の全体の線は女性を主張するには幾分まだ控え気味であるが、バストのほうは標準よりも大きいと主張していた。
彼女は俺が口をパクパクとして言葉が出せていないのを見ると、それを声が出せないジェスチャーと受け取ってくれたようで、声が出せないの? 体も動かないの? と次々と質問してきたので、俺はそれにひとつひとつ、首を縦にコクコクと振る。
「そっか~、とりあえずは私の自己紹介をしておくね~。名前はシエルっていいます。16歳だよ~」
俺は声を出して挨拶を返そうとしたけれどやっぱり声は出なかった。なので首を縦にコクコクと動かすことで、シエルという女子にサインを送った。
その合図を受け取ったシエルは、具合のほうは平気? と聞いてきたので同じサインを出すと、それじゃあもっと話すぞ~と言ってきた。
「まずは、あれ? あなたのお名前がわかんないけどどうしよっか~ とりあえず~銀髪ちゃんでいいかな」
そう俺の髪は銀髪である。異世界にきたら何故だかこうなっていた。前にどこかの神殿の神官が教えてくれたけど、こちらの世界にくる異世界人は銀髪になる人が多いという。
そしてそれはどちらかというと白髪に近いものだ。プラチナと言えばわかりやすいかもしれない。とにかく色素が薄いのである。あー今は余計な話だったな。
「それでね、銀髪ちゃん。あなたはなんと10日間も意識がなかったのでした~ "もう無理じゃね"ってセンセイもそう言ってたんだ~ 意識が戻って良かったねー ワーイ パチパチだよ~」
ええええーーーーーー10日もかよッッ?!
ハァァァ、、、そんなに意識の回復がなかったとしたら、誰だって諦めてくるような頃合いになるよな、確かに。
え、いまセンセイって言っていた?
もしかするとここは病院なのかな?
この部屋にいる人たちをよく見ると、たしかに皆、病院で支給されているかのような寝間着の格好の人ばかりだった。そうか、それで全身包帯巻きの人がいるわけか。これでこの部屋の納得ができたよ。
そうなるとここは戦時下の病院ということなのかもしれない。平時と違うから男女別にできないことだって考えられる。なによりいまの俺は首から下が動かないから、有害な行為はできそうにないので、相部屋を許されているのかもだな。
あ、体を拭いている女性が、タオルを乳房の裏に移動している、、、ぅわー、あんなに揺れるものなのか生乳。ってチチがッ~ウーーー!
み、みてはダメッ!
ダメだッ!
俺が顔面を蒼白にしたり真っ赤にしたりを繰り返していると、その様子を具合が悪くなったのと勘違いしたのか、長話をしてごめんねーって謝ってきた。
それからシエルはベッドから降りて立ち上がると、用事があるのだろうか、部屋から出てどこかへ行ってしまった。
会話ができる相手もいなくなるととたんに暇になり、辺りを観察することしかすることがなくなってしまった。
先程まで体を拭いていた女性はすでに服を着ていたのでほっとすることができたが、やがてその女性は洗面器を持ちながら部屋から出ていってしまった。
これで部屋の中に動くものが全てなくなり、静粛が訪れるようになると、やがて自分の呼吸の音が大きく聞こえるようになった。
それからしばらくして、小さな心音にも気づくことができるようになると、やがて自分の内臓器官が働いていることまで感じとることができるようになり、、、
それは突然に招来した!
お腹にググッと押された感じがすると、その途端にすぐに用を足したい衝動にかられたのだ!
首から下が動かない今、ベッドから起き上がって自分でトイレにいくことができないのは自明の理。
緊張を少しでも解けば、、、やヴぁい。ここで失禁などをやらかしてしまったら、、、などと思ってしまうと、生理現象とは違った意味での悪寒が走った。
また何故か、以前と比べて尿意を我慢することに、とても制御が大変に思えたりするのはなぜなのだろう?
ムムム、、、と、とにかくだ。とりあえず声を出して、誰かに気づいてもらわなければだめなのではないのか?
少しずつだが確実に迫ってきているソレと戦いながら、喉の奥からは空洞を吹き抜けるかのような、ヒューヒューと小さなカスレた音が出されていく。
その音は不協和音を奏でながら、声の出し方に慣れてきたことで、ヴ、ァーァーといった鳴き声になってきた。
しかし音自体はまだまだ小さいままだ。なんとかもう少しでも声量を増やせることができれば、周りに気づかれるようになるのかもしれない。
だがまてよ?
今の状況を冷静に考えてみたら、いま部屋にいる女性って、全身が包帯巻きで動けない人だけだった。その人に気づいてもらえたとして、この状況は好転するのか?
などとしょんぼりして、ここで気合いを抜いてしまったのがマズかったのか、尿意はここで突然に、マシマシになってきたではないか!
「~~~ッ!、くうぅ~~~!」
ヤバイ、ヤバイ!
チクショウ、チクショウ!
静まれっ!
静まれよ!
あー、何だか不覚にも、涙が溢れるようになってきたよ。
俺ってこんなに涙腺が脆かったっけ?
てゆうか、そんなこといまは気にしている場合じゃねぇんだって!!
もはやこれまでか、と情けなくも諦めかけようとしたそのときに、俺の瞳はこれから部屋へ入ろうとしていたシエルを映していた!
シエルはすぐにこちらと目と目を交わして、俺がものすごい形相でいるのを見ると、それが緊急事態と伝わったらしく、こちらに駆け出していた!
シエルが立っていた部屋の入り口には、次に白衣を着たセンセイとおぼしき人物と、連れだっている看護師の姿が現れていた。
そうか! 俺が意識を取り戻したので、シエルは呼びに行っていたのか!
ハッハッー、これで助かる、助かるぞーー!!
シエル。いま俺には君が、とても特別な女神様に映ってみえていますよっっーー!!
いや、この世界では女神様って存在が本当にいるんだから、比喩としたって使っちゃいけないんだけど、そこはそこ、この緊迫感から思わず吐露してしまったことを察してくれ!
俺のすごい形相を見て走り出していたシエル。
そう、実は彼女は、俺の顔以外は見ていないで走っていた。
普段はおっとりとしていそうな彼女は、俺のベッドに近づくやいなや、突然何もないところで見事にコケてくれたのだ。
そして自分の体を、俺の下腹部を目標にして、ダイブする姿勢を見せて、、、
こんなときって本当に走馬灯のように、その瞬間がスローモーションでみえるんだ、って初めて経験したね。
俺はこの瞬間悟った。俺の黒歴史の中でも最上位になる出来事が、いま書き換えられることになったことを。
作品をお気に召して頂きましたなら、下記の評価にあります(☆☆☆☆☆)をポチりと推してくださいませ。ブックマーク評価も受け付けています。評価は作者のエネルギーとなります。