001 勇者はガウン姿で魔王城を歩く
魔王を倒して少女に変化していた元男勇者のドタバタときどきラブコメディー
ここは魔王城にある謁見の間。そこでは魔王と勇者のパーティーが、激しい攻防戦を繰り広げていた。
"ぐあぁァァぁっ!!"
戦闘を開始してから3時間が経っていただろうか。後半戦で自らの体を巨大化して4mとなっていた魔王は、勇者たちとの戦闘で致命傷となる深手を負い、悲壮な大声で最期の断末魔を叫び、大きな柱が倒壊したときに起こるような地響きに似た音をたてながら、床の上にその大きな骸を倒していった。
勇者たちの一行は全員が生き延びていたものの、各々の肉体は限界をとうに超えており、魔王の最後を見届けた瞬間には、膝を折り曲げてしまう者が続出しだして、ついには立っていられたものは一人としていなかった。
「やっと、、、、ぉ、わっ、、たの、か」
息も絶え絶えになって、乾ききった喉の奥から、ようやく僅かに絞り出した声を出す勇者ハルキ。
死の危機を幾十度もすり抜けながら、終わりが見えない戦いの果てであったために、この勝利を勇者のパーティーが実感するのには、時間的な猶予がしばらく必要だった。
☆
☆
☆
ザボーンッ!
「ヒャッハー!!」
若い男の奇声と共に、水場ではひとつの水柱と水しぶきが舞い上がっていた。水場では全裸になった若者が飛び込んだことで、その室内では大きな反響音がいつまでも響き渡っていた。
「くううぅー、、、ッハァーー、、、ああ、気持ちがいいィィーーー」
魔王を倒してから一時間ほど休憩した後に、一行は謁見の間のさらに先に通路を見つけて進んでいった。するとそこは、魔王の居住スペースになっていた。
勇者ハルキはそこを魔王宮と命名して探索を進めていくことにした。しかし魔物たちとの遭遇はついぞ一度も行われなかった。ここにいたはずの魔物たちは、恐らくは魔王戦のときに全て招聘されていたのだろう。
それから程なくして魔王専用と見られる浴場を発見できた勇者ハルキは、先程の魔王戦で疲弊しきっていた体の筋肉を、お湯が満面に張っている水場に沈めたいという欲求に抗えずに、先程の奇声をあげる下りにいたったのである。
「あれぇ? いま飛び込んだのは俺だけか? ここはほら、みんなで一緒に飛び込む場面だろ?」
現代日本からこの世界に召喚された勇者ハルキは、大きなお風呂場があれば大勢で入浴するのが当たり前だと思っている。
この浴場を発見した際に、みんなが自分と同じ行動をとると思っていたので、なぜお前たちは入ってこないのかと不思議がっているのだ。
「俺たちは後で入らさせてもらうよ。大将はここでゆっくりと休んでいてくれ」
勇者ハルキのこうした行動は、一行にはすでに慣れたものであるらしく、こうなることはしかたがないとばかりに、それぞれの顔を見合わせて苦笑をし始める。
結局は誰も勇者ハルキと同じ行動を続いて取ろうとはしなかったが、皆も筋肉疲労と汗の問題はかなり切実だったらしく、実際に勇者ハルキの後に順番を決めて、一人ずつ使うことを相談し合いながら、全員が浴場から出ていった。
「うーん。異文化や慣習の違いなのかな? あいつらとは一度裸の付き合いをしてみたかったんだが。残念だ」
これは仕方がないか。とはいえ、これでようやく、この世界での俺の役割は終わりを迎えた。
伝聞では、魔王は一度倒されると百年以上は出てこないらしい。次の魔王戦では次代の新たな勇者が選ばれるから、俺は今回でお払い箱になるのである。
「そうかあれから、、、俺がこの世界に来てからは、、、もう四年が経っていたんだな」
俺はいま19歳になる。勇者召喚されたのは15歳のときだ。魔王が現れたのはそれよりも一年前で、ここの魔王城はその時に現れたらしい。
なので召喚されたときから、この魔王城にいる魔王を倒すことが、俺に与えられた課題であり宿命でもあった。ようやくそれを達成することができたのだから、今ここでこうして我儘を貫いているのだとしても、ご褒美なんだと受け取らせていただきたい。
これからのことを頭の中で考えてみる。
しばらくは休みたいところなんだが、討伐成功の式典やらなにやらで、これからは別の忙しさが待ち受けている。面倒臭いんだが、まあ仕方のないものなのだろう。
、、、それよりも、これから元の世界に帰るのかどうかをそろそろ決めておくべきかな。ううーん、どうしたもんかね。
勇者稼業が忙しすぎていたから色恋沙汰もなかったし、こちらへ残す家族がいるわけでもないから躊躇しなければならないものはないはずなんだけど。
ブクブク
ーーーとっ、なんか思考に深く入りすぎて寝てしまうところだったよ。、、ここで残されていることをまずは片付けておかないとな。
☆
「あ~とてもいいお湯だった~」
浴場をタップリと堪能して出てきた勇者ハルキは、魔王用に用意してあった派手で大きなガウンを見つけるとそれを躊躇なく羽織った。
倒した魔王は巨大化で4mを超えていたが、普段の身長は2m付近だったようで、180cmの勇者ハルキには少し引きずることになったが気にしない。
「あっちぃ~」
ガウン一枚なのに、体はポカポカだった。これで扇風機とよく冷えた牛乳ビンがあったら最高なのになあ。つくづく日本人だな、俺。
とにかくさっきから喉がからからなのだ。一行に預けてある安全な飲み物が早く飲みたい!
ガウンの格好のままで魔王宮の中を歩き始める勇者ハルキ。そこに緊張感は全くないようだった。勝って兜の緒を締めよ、というコトワザは今のハルキの頭の中から抜け落ちているようだ。
ガウン姿ではあったものの、魔王と側近たちが全て一掃されていた状況なので、この魔王城で他の敵に遭遇したとしても、それらは勇者ハルキにとってなんら脅威になるわけもなく、それがガウン姿で闊歩する慢心を引き起こす理由になっていたのだった。
☆
行き先を定めずにしばらくふらふらとしていると、少し遠くからパーティーの仲間の声が聞こえてくる区画に差し掛かり、ハルキは自分の足の向きをそちらへ変えた。
「ここか」
仲間が中にいるだろうと見当をつけた部屋のドアの隙間から中を伺ってみると、その部屋の中は大きなフロアで、そこにはいくつもの牢屋が備えられていた。
隙間をさらに大きくして視野を広めてみると、各牢屋の中にはヒューマノイドタイプの囚人が数人ずつ入れられていることが目視できる。仲間はその牢屋の解錠をしている最中であったらしい。
囚人達は解放の時をいまかいまかと待ち焦がれているらしく、この部屋にいる全ての人間達は解錠作業の一点だけに意識を集中していたので、ドアの外にいるハルキの気配に気づいた者は誰一人としていなかった。
このときにふと、この城の魔王にはこんな噂があったことを、勇者ハルキは思い起こしていた。
魔王は人間を食している、それも初潮がまだなさそうな年齢の、ヒューマノイドタイプの少女たちだけを好んで食しているというおかしな話を。とすると、もしかするとこの部屋は、魔王のための食料倉庫に当たるものなのだろうか?
だがそれにしては、この部屋の牢屋の中にいる人間たちを見てみると、一番若くても15歳以上ばかりで、それも男性の比率がかなり多かった。
するとここにいるのは、魔王城に挑戦して捕まった冒険者ばかりなのだろう。そうだとすれば、女性は少数になるのも頷けるものだ。噂話の子供という話を除けば、人間を食する部分については本当のことなのかもしれない。
魔王の食料倉庫(?)になるこの牢屋は、アンロックの魔法もシーフの技能を持ってしても簡単に解錠できないような強力なもののようだった。
このために大変ながらも、鍵束になっているものの中から、1つ一つ鍵穴に合うものを探しながら解錠を試みている様子で、全ての牢屋の中にいる人間が解放されるのには、まだいましばらくの時間を要されるようだった。
「この格好では出ていきにくいな、、、」
自分のガウン姿を見やった勇者ハルキは、場違いの格好をしていたことで出ていくのに出られずに、考えた末にコソコソと隣の部屋へと避難するのであった。
☆
「うわぁ、解体台が置いてあるよ、、、」
隣の部屋は調理場になっていた。人間を食べるというのはこれで確定になったのかもしれない。ここで解体処理でもされていたのであろうか、ここの部屋の真ん中には一際目立つ大きな解体台が置かれていた。
それを見ていると気分のいいものではない。ここからさっさと出ていこうとしたその矢先に、勇者ハルキはとんでもないものを見つけてしまった。
それは片手で握るとちょうど良い大きさのガラス瓶で、中には茶色っぽい液体が入っているものだった。
「、、、もしかしてアレ、なのか?」
湯上がりの体はまだ体中がポカポカとしていて、喉はカラカラの状態である。床下に設けられた氷嚢庫の、ガラス戸の先に見えたその瓶はキンキンに冷やされていて、思わずソレを手にとっていたハルキ。
キュポンッ
クンクンクン
だがさすがに躊躇うものかあったのか、蓋を開けてからも、しばらくは匂いを嗅いだりしながら瓶を調べるだけだった。
見た目はアレとそっくりではあるが、それと同じものであるはずもない。しかし1日働いて(それも肉体的な重労働をした後で)風呂から出た後に、キンキンに冷やされた飲み物を見つけたなら、日本人としてそれに抗えるものがあるだろうか。
「くうっ、、、ええい。ままよ!」
一口、そうたった一口なら。ハルキは外気に出された瓶の、その表面にあらわれた霜を愛おしそうに眺めているうち、ついに我慢ができなくなって瓶の口を自分の唇に押し当てた。
「ナニ、コレハーー、激甘ウマダァーーー!」
瓶の中身はやはりコー○ー牛乳ではなかったが、甘い飲み物に違いはなかった。疲労している体にとって糖分の摂取は大歓迎になる。乾いた喉からはもっとよこせとハルキの脳へシグナルを出し続けていた。
今度は持っていた瓶の中身を躊躇なくまるっと飲み干すと、他にもあった瓶にまで次々に両手を伸ばしていき、気がつけばすべての瓶を空にしてしまっていた。
「ゲフッ。ご馳走さまッ」
飲み終えたハルキは、誰もいないのに手と手を合わせていた。これも日本人故の出来事である。仲間の分を残さなかったことに少しの罪悪感が芽生えたが、ここで疲労感がどっと出てしまったのか、すぐにでも眠たいといった衝動に抗うことができなくなり、目の前にあった解体台の上に体を乗せると、そこで意識を手放してしまった。
「グカー」
そのすぐ後で隣の部屋からは多勢の大きな歓声が上がったが、ハルキは熟睡に入ってしまった後だったので、それが聞こえるはずもなかったのである。
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