神とて万能では決してない
とある一室、ギルドマスターともう1人が話し込んでいた。
「このウルフの死骸を見て下さい。頭から尾まで綺麗に真っ二つになっています。その他の死骸も綺麗な断面で骨まで一刀両断されていました」
「凄まじいな。腕もさることながら剣も相当な業物なのだろうな」
「はい。そしてそれがギルドに登録して2日目の成人したての奴なのです。それから薬草に関しても其方に纏めていますが・・・はっきり言ってあり得ない数です」
「これ程までとは・・・」
「Fランクしましたが・・・Cランクくらいに上げて高難易度の討伐や採取をさせたらと思うと・・・」
「分かる分かるが・・・」
「年齢が年齢ですからね。長い目で見守っていこうと思います」
「そうだな。一度うちに招きたいな。興味がある」
「それとなく伝えて置きましょうか?」
「いや、まだダメだ。それこそ高難易度の魔物を討伐でもすれば褒賞を与えるとして呼べるかもしれないがな」
「ではこちらも様子見と言うことですな」
「うん。久しぶりに楽しみな逸材が我が街に我が国に誕生したな。慎重に育ててくれ」
「御意」
♦︎♦︎♦︎
そんな事があったとは知らずにゼノは冒険者生活を満喫していた。
「人間は本当に忙しい。だがそれが楽しい。よし今日はいつもと違う森での散策だったな」
いつもは東門から出るが今日は西門から出て半日程のラングラー大森林だ。
採取依頼、B中級ポーションの材料パラスト茸の採取である。
木の根に生える乾燥したキノコである。
ポーションの材料を全知全能に探して貰いながら森の中を歩く。
昼を少し過ぎた頃、マップに強者の反応だ。
直ぐに駆け出し強い反応の出た付近に近づく。
相手も気づいた様子で勢いよくこちらに近づいてくる。
「はて、こんな時は全知全能が騒ぎ出すのだがな」
ゼノスに危機が迫ると全知全能は粟立ち、ゼノスを操り回避、又は反撃をするのだ。
しかし今回は何も反応しない。
視界に捉えても動じない全知全能。
次第に露わになる巨大の正体にゼノはため息混じりに名を呼んだ。
「フェンリルか?」
「はっどうして人の姿でここにおられるのですか?」
所謂神獣と呼ばれる者だ。
この世界には5匹の神獣がいて、それぞれが圧倒的な力で同族を纏め世界のバランスを保っている。
フェンリルは獣王だ。
野生の動物を統べて魔物化した獣を間引いている。
その他には竜王、海王、妖精王、聖霊王がいる。
全て創造神の眷属である。
「神界は暇で暇で、だから転生して人間となってこの世界で暮らしておるのじゃよ」
「そうなんですね。ならこの私目もお供致しましょう」
「そうか・・・ちゃんと大人しくしていてくれよ。今の儂は一端の本当にただの人間なんじゃから」
「勿論で・・・グゥ〜おい人間、私の主人に何してくれとんのじゃ。噛み殺すぞ」
「はぁ・・・おいフェンリル、お主森へと帰るのじゃ」
「な、な、な、何故です?」
「森での約束を覚えているか?」
「はい。大人しくしていろと言われました」
「で?今ギルマスに覆い被さり何をしているのじゃ?」
「あっ」
「あっではないわい。すまないギルマスよ」
「この大型の狼がフ、フェンリルだと?」
その言葉を聞いた獣人達はその場で膝を付いて頭を下げた。
収集が付かん。
「フェンリルハウス」
「あ、主?」
「ハウス!」
「えーと」
「ハ・ウ・ス」
フェンリルは泣きながら森へと帰っていった。
「迷惑を掛けてすまなかった」
ギルマスはフェンリルなら仕方ないと許してくれた。
そしてその日から獣人達によく声を掛けられるようになった。
勿論目当てはフェンリルだ。
数週間後
「今更じゃが従魔の狼として登録してくれんかの?」
「狼ですね・・・」
「うむ、獣人達が会わせろ会わせろ煩くてのぉ」
「わかりました。一応ギルマスにも報告致しますね」
「勿論じゃて、ギルマスにはすまんことをしたからな」
「名前は如何致します?フェンリルでいいじゃろ?」
「流石にそれは種族名ですし・・・」
「ならフェルじゃ安直すぎるかの?」
「いえ、いいと思います」
そしてフェンリルによくよく言い聞かせて街へと戻した。
「暫く頼むぞ」
「勿論です」
はぁこれから先、他の神獣に会うのが怖くて堪らんのぉ。
フェンリル改めフェルを連れ立って依頼を受けている。
フェルを従魔にしたことで効率よく依頼をこなせている。
森だろうが山だろうがフェルに乗ればあっという間に到着する。
鼻や気配察知に長け採取から討伐までなんでもござれのの活躍ぶりだ。
そして最速で冒険者ランクがEとなった。
だがこの頃、隣国とアルガルベ王国が戦争に入った。
隣国、アダモア帝国が一方的に宣戦を布告すると何も準備をしていないアルガルベ王国は一気に3領地を敵に奪取される形となった。
アルガルベ王国も直ちに兵を召集し進軍、アルガルベ王国の守りの要、ドムトルシエラ辺境伯領で対峙した。
しかし、帝国は前もって準備をしていたらしく戦況は帝国有利で進められた。
10日もすると冒険者に対して戦争への召集が行われた。
ギルド側も国の依頼という事で破格の条件を出す。
傭兵として各ギルドから召集された冒険者は戦地へと赴いていった。
ゼノは創造神としての矜恃から早々に戦争には不参加を決めていた。
勿論、その事に関して誰も責める事はなかった。
冒険者は全てに対して自由なのだ。
次の日、普段混雑する時間帯のギルドには10名程が依頼を吟味している。
この光景を見ただけで数多くの若者達が戦禍に飲み込まれてしまった事がわかる・・・。
星を誕生させ、人類が誕生すれば100%戦争が起きる。
これは神界とて同じこと。
神界も邪神との戦争や、邪神によって生み出された魔族やその王と幾度となく戦争が起こっている。
そう、隣にいつ如何なる時も他人がいればいつか険悪になる。
そしてその諍いこそが戦争を生む。
神は決して万能ではない、全知全能と言えどもこの星の戦争を止められはしないのだ。
街には夫や子、主人を待つ者で溢れている。
これは侵略戦争だ、侵略されている側は負ければもう篭城以外防衛する術を持たない。
侵略されれば女は慰み者にされ、その他はよくて奴隷、最悪殺されるだろう。
開戦から約半年、王国軍の勝利で終わった。
生きて帰ってきた者、重症を負って帰ってきた者、そして帰らない者。
抱き合って帰りを喜ぶ者、帰らぬ者を待ち続ける者、泣き崩れる者、父の名を必死に呼び続ける声、戦争の爪痕はこの街に暗い影を落とす。
あれから数週間、街は少しずつだが元に戻りつつある。
冒険者ギルドも多々犠牲者を出すも、街の雰囲気が良くなると共に活気が戻ってきていた。
敗戦した帝国は賠償金を払うことが決まっていたが直後、目の敵にしてきた獣人国家によって地図から消滅した。
そして獣人の王が帝国の3分の1を王国に譲渡した。
帝国は人族至上主義を謳い獣人を容認する周辺国や、獣人国家と国交を結び、獣人を積極的に擁護してきた王国、そして獣人国家に対して戦争を仕掛けてきた歴史がある。
今回、大規模な進軍で敗戦し、大打撃を受けた直後に獣人国家にが進軍してきたこと、そして王国に帝国の一部を譲渡した事から王国と獣人国家間でなんらかの裏取引があったようだ。
今日も儂は依頼を淡々とこなす。
動いているうちは余計なことを考えなくて済むからだ。
神の無能さ、自分の不甲斐なさを忘れる為に。
♦︎♦︎♦︎
「おい、帝国の犬、うちの亭主を返せ」
「うちの子はまだ16才だったんだぞ」
まだ幼さの残る少女は様々な罵声を浴び憎悪と石を投げつけられていた。
帝国では姫騎士と呼ばれ、今回の戦争にも参加した。
王国兵を何十、何百と斬り伏せた。
敗戦し帰城するも直ぐに獣人達に攻め落とされ父と母、男兄弟は私の前で獣人に殺された。
私は奴隷に落とされ、王国のまだ戦争の傷痕が残る辺境伯領へ引き渡されたのだ。
私は私の名はアリア・フォン・ダシュタール、ダシュタール帝国第4皇女・・・いえそれは20日前までの名前ね。
今は奴隷のアリア。