表通りのエメラルドの森の小さな甘い家。
家紋 武範様主催、看板短編企画参加作品です。
ダイヤモンドを革の袋から取り出す。イエローピンクにブルーに水晶色した燃える石。
それを竈に放り込む。ひとつふたつ三つ。呪文を唱えて火を付ける。ぽうぽう。青い火の子が産まれ、手をぱちぱち叩いて、髪をボウボウ揺らめき踊り始めれば、準備は完了。
「今日も頑張らなくちゃね、お兄ちゃんが元に戻るようにね」
私は台所から出る。ここはおとぎの国。そして外に出る。振り向けば誰も来ない廃れてしまった、私の大切なの家。エメラルドの木漏れ日がきらきら、側に立つレバノン杉にはウネウネと太い蔦が絡まり、甘い香りの薄紫色の房が、幾つも下がっているの。
「天地満ちる精霊達。あちらとこちらを繋ぎなさい」
呪文を唱える。幹に浮かび上がる入り口。異世界に繋がる扉をギイィと開けた。
「店長さんおはようございますぅ、何時も突然でありすびっくり!」
そこは私のお店『メイド喫茶、エメラルドの森の小さな甘いお家』。ここなら私がトンチンカンな事を喋っても、誰もおかしく思わない。おとぎの国をモチーフにしているから。
「店長さんご主人様がいらっしゃいました、ご予約の『森でピクニックコース』です」
ありすがピンクのお仕着せを着て、笑顔で伝えてくれる。彼女は私と一緒。親に捨てられた。仕事が無くなり食べていけなくなったから、彼女を置いて出ていった。ボロボロになって倒れていたのを拾ったの。
お店に居る女のコは、ほとんどそんな感じ。ちょっと魔法が使える私は、上手く立ち回ってこのお店が入っている、四角い背高のっぽの建物を手に入れた。お店は1階、上はお部屋にして皆が住んでいる。
「店長さん!うふふ、見てください、プレゼント貰っちゃったのです」
酷い有様だったありす。ガリガリに痩せていて、可哀想だったわ。今はふっくらとしたほっぺが可愛く、贔屓のご主人様も多い。貰った贈り物をこっそり見せてくれた。
「これ、幾らしたのかな、売ったらどれ位?」
うっとりしながら眺めるありす。私は絞り取るのは程々にね、生かさず殺さずよ、と教えた。はぁい♡了解、兵隊さんの様に彼女は手を額に当てて、答えてくれた。
「お帰りなさいませ、ご主人様♡」
デレっと笑う男の人。毎晩ご飯をここで食べて、お休みにも来て沢山お金を使ってくれる、ピクニックコースのご主人様。
私は、お店の皆さんにご挨拶をしながら、手に用意していたバスケットを持ち、お待ちかねの彼の元へ。ご主人様って、この世界じゃ特別なお店に来ないと、呼ばれないんだって。不思議。
森でピクニックコースは、プラチナの会員カードをお持ちの常連さんの中でも、とっときのお方じゃないと利用できない。それが分かっているのか、とても嬉しそうなご主人様。
「嬉しいな、やっと予約が取れたよ、通ったかいがあったな」
「お休みでしょう?お子さんと、ご一緒に何処かに行かないのですか?」
「ハハハ、子供?そんなの俺には関係ないな、血を引いてるだけで、可愛くもなんとも無いよ」
パチン!私の中で何かが弾ける。それは薪が爆ぜるオト。
「子供なんてめんどくさいだけだな、妻が置いて出ていくから、ああ!大丈夫だよ、まだ小さいから、玄関のドアノブ開けれないし、それにコンビニで食べ物買って置いてきたから」
「ひどおい、パパしゃんでしゅね、ご主人様♡」
イライラしたけど、ここは我慢のしどころ。上手く茶化して話を終わらせた。
二人で楽しいお話をしつつ、テーブルスペースから出て行く。うふふ、そろそろ入れ替えの時期だから丁度良かった。
「このドアの向こうに、エメラルドの森があるのですよ、ご主人様♡」
そう言って私は、幼子を置きっぱなしにしているパパを誘う。手を取る、彼の魂の根源を私は読む。
ああ、違う、違う。私の欲しいモノをお持ちでは無いわ。でも仕方ない。しばらくなら使える、いつもの様に。どこに居るのかな、色んな世界でお店をしてるけど『お兄ちゃん』は何処。
魔女を竈に押し込んだ。彼女は私を焼いて食べる気だったから。自由になった私は震える手で、鍵の束を拾い上げ、地下室からお兄ちゃんを助け出した。だけど酷い暮らしで、おつむりをやられてどこの誰だか、分からなくなっていた。
「あ、聖女、さま?」
途切れ途切れに声を上げて、私にすがりついた。そして。
わんわん泣いた。泣いても泣いてもどうしようもなかった。魔女が生きてれば頼み込んで、何か出来たかもしれなかったのに。そう思った。
その時とってもお腹が空いてた。お兄ちゃんはたっぷりご飯を与えられていたけど、私は鶏のガラばかり。お腹が空きすぎて、お兄ちゃんを埋める事もできない。
お菓子の家は、いつの間にか普通の家に変わってる。食べる物を探したけど、魔女が生きてる頃に、湧いて出るようにあった食べ物は、食器棚を探してもヒトカケラも無かった。
パチパチパチパチ、ゴウゴウ、竈から肉がジュウジュウ焼ける良い香り。
だめよ、と私が止める。魔女だから、ニンゲンジャナイと、ワタシガ言う。
私は魔法使いになった。お兄ちゃんを助ける為に。やり方は分かっていた。身体に力が、耳に精霊の声が。頭に古今東西の知識が、目に魑魅魍魎がくっきりと。
『生きてる男の魂を身体に入れる、しばらくはそれで仮初に生きる。魂は転生輪廻の渦の中、くるりくるりと何処かで生まれて、何処かで終えて、再び始まる』
その通りにしたわ。魔法でお兄ちゃんを軽くして、菷にくくりつけると家に帰った。家族で暮らしていたあの家、最後の夜。
お母さんがお父さんが、何も食べるものが無い、隣の家では末っ子が居なくなった。親孝行だねぇ、そんな話をしていた。
二人で逃げたその家に戻った。お兄ちゃんを納屋に隠してから入ると、お父さんがガタピシの椅子に座って頭を抱えていた。お母さんは居なかった。
「グレーテル!帰ってきてくれたのか!」
「ええ、お母さんは?」
お父さんに魔女の家から持ってきた、宝石を見せながら聞くと、目をギラギラさせて手に取ると、お母さん!も、森に埋めた。慌てていたわ。食べる物が何も無いのに、痩せてる様子が無いのが不思議。
これを売って食べ物を買ってくるから、夜明けを待って、お父さんが出かけた。馬が居たけど食べちゃっていない。半日もすれば戻ってくる。腐敗の術をかけてるお兄ちゃんを、二人で使っていたベットに運ぶと、シーツで隠した。
とっぷり日が暮れた頃、羊の肉にパンをひとかたまり、葡萄酒、果物にチーズ、卵にハムにバターに野菜。ボロボロだった着物を着替えて、香水と白粉の匂いをプンプンさせて帰ってきたお父さん。機嫌が良くて何より。
「ご飯作るね、お父さんは座って」
料理の腕は任せといて、魔女に散々こき使われてきたもの。それに今は魔法が使えるの。どんな王様だって、私のご飯の前には、頭を垂れて、ひざまづかせる事だって出来るのよ。
パンはバターをたっぷり塗って、野菜とチーズとハムを挟もう。お父さんはそれが大好き。それに呪文をかけたらいい。ぐっすり深く深ぁく眠れる様に。
美味しい!パクつくお父さん。ゴトン!と床に転がるの。そしたら『魂』を抜き取るわ。お兄ちゃんに入れる、しばらくはお兄ちゃんは生き返る。そしてお父さんは私の言うがままに動く人形で、余生を過ごす。
お兄ちゃんの魂に出逢える迄、仮初を入れるわ。待っててお兄ちゃん、そしてこのご主人様には、良いパパになるように言わなくちゃ。
私はギイィと、エメラルドの森へと続くドアを開けた。
完。
なんとか3000文字で収まりましたー。お読み頂きありがとうございます。