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(*´▽`)ノ 雪の短編集 ლ(╹◡╹ლ)

白球を追うあなたを、私はずっと追っている。

作者: 松内 雪

 白球を追うあなたを、私はずっと追っている。


 誕生日プレゼントで、初めてグローブを買って貰った時も、

 中学生になってエースとしてマウンドに立った時も、

 昨日、高校生になってから2度目の秋季大会で負けてしまった時も。


 私はずっと追っている。あなたのことを。


 だけど、あなたは野球のことにしか興味がないみたいだから、きっと私のことなんて、お節介ものぐらいにしか思っていないでしょ?


 私はこんなにもあなたのことが好きなのに。


 ――なんだかムカつく。

 いまに始まったことではないけどね。


 これもきっと、あいつが情けない姿を見せているからだ。


 いま目の前にいるこの男が。


「今日は朝練、行かなかったらしいね」

「なんだよ、いきなり」


「……珍しいと思っただけ」

 

 私は知っている。あなたがケガを隠して最後までマウンドに立っていたこと。

 チームメイトに悟られないように振舞っていたことを。


 ――ずっと見てきたんだから、そんなの私には分かる。

 でも、練習を休むとは思わなかった。昔から骨折したって練習に参加してたのに。


「それで、どうして行かなかったの?」

「……関係ないだろお前には」

 

 ――そう。私には関係ないんだ? そういうこと言うんだ。まあそうだよね。ただの幼馴染だしね。


「…………打たれて自信なくしちゃった?」


 私が言うと、彼は視線を逸らす。

 ――まさか図星? なんてね。そんなことあるわけない。


 野球だけのあなたから野球を取ったら、努力家で何事にも一生懸命。素直じゃないけど嘘をつくのが苦手。優しいのに口下手。そんな部分しか残らない。


「冗談。打たれて責任感じてるんでしょ? チームメイトに合わせる顔がないとか思ってる」

「……そんなわけないだろ。ただ体調が悪かっただけだ」


「それで、放課後の練習も休むつもり? もし休むなら、私から言っといてあげようか。体調が悪いので休むそうですって」


 彼は、都合が悪くなると口をつぐむ。


「それとも、自信なくして行けないみたいです。が、良い?」


 ここまで煽っても彼は何も言わない。ちょっと情けない。

 こうなれば私にだって意地がある。絶対に本音を引っ張り出してやる。


「まあ、打たれて当然。今のあなたなら私にだって打てる。クセだって丸分かりよ」

「……おい、なんだって? 俺の投球にクセがあるっていうのか?」


 ようやく食い付いた。野球の話になれば一発なんだから。


「あなたのことなんてお見通し。ホームランだって打てるよ」

「いますぐ教えてくれ。頼む」


 彼はいつになく必死になっている。私にもそれぐらい必死になってくれれば良いのにな、なんて思ったりもして。


「良いよ。今日の放課後、グラウンドで教えてあげる。私との勝負に勝てたらね」

「……よし、分かった。絶対に教えろよ」


 チャイムが鳴ったので、彼とはここで別れた。


 ――いくらでも教えてあげる。あなたのクセなんて。

 残念で嬉しいことに、あなたの投球()()クセなんてないけどね。


 

 そして放課後。グラウンドには彼と私の二人だけ。


 他の野球部員さんたちは、昨日の反省会があるらしいので、その間だけ無理を言って場所を貸してもらった。

 

 日頃から見学していたこともあって、話はスムーズに進んだ。

 監督さんに彼と勝負をしたいと伝えたら、「任せた」と言われてしまった。


 責任重大。ここまでくれば、やることは一つだけ。

 ――この男の根性、叩き直してやる。


「さぁ、練習の邪魔になる前にパパっと勝負しちゃうよ」

「……本当にやるんだな? 手加減なんてできねえからな」


 入念にストレッチをした彼は、ユニフォーム姿でマウンドに向かおうとした。


「ちょっと待ちなさい、そっちじゃない。あなたがバッター」

「いや、話の流れがおかしいだろ。さっきは俺の球なら簡単に打てるとか言ってなかったか?」


「なに言ってるの? だって、私がバッターボックスに立ったら危ないじゃない」

 

 ――そもそもケガしてるあなたになんか、絶対に投げさせない。それに、私があなたの球を打てるわけないでしょ。


「……それもそうだな。確かに危ないかもしれない」


 彼は納得して、バッターボックスに入っていった。


 ――まったく、単純な男で助かる。そういうところも好きよ。


 そして私は、借りたグローブに3球だけ球を入れてマウンドに立った。ボールを握るのは小学生の時以来。あなたとキャッチボールをしたとき以来。


 私が足元に2つボールを置いたとき、バッターボックスから彼が言った。


「ルールはどうするんだ? お前の球を打てたら、俺の勝ちでいいのか?」

「それでいいよ。1打席勝負。キャッチャーはいないから、振り逃げは私の勝ちね」


 私が言うと、彼は一瞬驚いた顔をして、すぐさま野球に真剣な彼に戻った。

 

 舞台は整った。

 ――ここからが私の勝負。あなたに私の球が打てる?


「……よく聞きなさい。これから私は3つの質問をするわ。質問に対して、肯定するならバットを振りなさい。……では、第1球――」


「ちょっと待て、話が違う」


 私が質問を投げつける前に彼が言葉を挟んだ。


「なに? 私をボークにでもしたいわけ? ズルいわ。スポーツマンらしく正々堂々勝負しなさい」


「……ズルいのはどっちだよ」


「マウンドで独り言を言うことも許さないんだ? 野球にそんなルールあったっけ?」

 ――彼の不満は当然。でも、残念。これが私の隠し玉。


 彼はしぶしぶバットを構えた。

 観念した様子を見て、改めて投球を始める。


「第1球、あなたは昨日の試合、終盤で肘を痛めていた。だけど、それを隠しながら最後までマウンドに上がった」


 手から離れたボールは、彼の背中の方へ大きく逸れた。

 けれども、判定はストライク。彼はスイングをしていた。


 ――あなたは野球よりも私の言葉を大事にしてくれるんだ。

 私の頬はきっと緩んでしまったに違いない。


 だけど、バットで応えてくれた彼に失礼がないよう、私も真剣に向き合わないと。


「第2球、自分勝手で口下手なあなたは、チームメイトに謝りたいけど、何を言えばいいか分からない」


 放ったボールは、バットが届かないボールゾーンへワンバウンド。


 判定はストライク。

 この特等席から、彼のスイングが見れたことは良い思い出になるかな。


 カウントはツーストライク、ノーボール。2球で追い込んだ。

 最後の1球は決め球――といきたいところだけど、聞きたいことは聞けちゃった。

 

 謝り方なんて、いくらでも一緒に考えてあげる。

 

 だから最後の1球は遊び玉。

 


『あなたのことが大好き。だから私と付き合って』

 なんて球を投げたら、あなたはバットを振ってくれる?


 それともボールを見逃して、私をフってくれちゃうの?


 ――なんてね。そんな卑怯なことはしない。

 最後は直球勝負。言葉なんて必要ない。ここまで付き合ってくれたんだから。


 私は、彼に向かって精一杯のボールを投げた。

 ちょっと山なりのボール。だけどストライクゾーンど真ん中。


 ――最後ぐらいは、気持ち良くかっ飛ばして貰わないと不公平だよね。


 そんな思いとは裏腹に、彼はバットを振らなかった。

 見逃し三振。私が勝ってしまった。


「……どうして振らないの」

 

 思わず口にしてしまう。


「質問がなかったら、答えようがないじゃねえか。卑怯だぞ」


 彼の言葉を聞いて、ついつい笑ってしまった。

 そんなあなただから、私は好きになってしまったんだろう。


「いつの間にかルール変わってるよ? ただの1打席勝負のはずでしょ」

「あれ? そうだったか? なら最後のは無しだ。もう1球投げてくれ」


「ダメ。最後の1球はストライクだった。振り逃げも無しだからね」

「なんかズルくないか?」


「ズルくない。しつこい男は嫌われるよ」

「……せめて俺のクセだけでも教えてくれよ。それまで俺も引き下がれない」


「そんな話あったね。……そういえば、私が勝った時のこと、何も考えてなかったじゃん。それこそ、不公平な勝負だと思わない?」


「確かにそうだな。分かった。お前のお願いを聞いてやる。だからもう1球だけでいいから勝負を……」


「そう……1球だけでいいの? そこまで言うなら……投げてあげる」


 ――全力投球。私は抑えてたのに、あなたが火をつけたんだからね。



「私はあなたのことが好き! だから、私と付き合って!」


 あなたが言うから投げてやった。なんだか大暴投?

 打ち返せるなら打ってみなさい。……お願いだから打ってよね。


 静寂の時が流れる。

 彼が言葉を発しようとしたその時、遠くに野球部員たちの姿が見えた。


「……答えは言わなくていいから。あなたはとりあえず謝る練習でもしてなさい。トンボがけしておくから」

 

「いいよ、後片付けは俺がやる。……答えは後で必ず伝える」

「……あなたは座ってて。ケガ人なんだから」


「でも……」

「お願いだから」


 ()()()という言葉を聞いて、彼は引き下がった。

 もったいない使い方しちゃったかな?


 まあいいや。さっきも使っちゃったからね。

 効果があったのかは分からないけど。


 グラウンドを整えたあと、私は監督さんへお礼を伝えた。

 彼は土下座をして謝っていたみたいだけど、他の野球部員は笑っていた。


 私はいつもの見学席で、その光景を見守っていた。


 最初から気にすることなんてないのにね。

 こんなに良いチームメイトに恵まれてるんだから。


 ――分かるよ。見てきたから、ずっとね。


 

 突然、見学席にいる私を彼はバットで指した。

 そして、私が今まで見てきた中でも一番のスイングを披露して見せた。



 ――バカ。ケガ人なんだから無理しないでよ。

 彼の答えに、涙で視界がぼやけてしまったけど、きれいな放物線が見えた気がした。




 その日の帰り道。私の彼氏は言った。


「それで、俺のクセって何なんだよ」

「…………そうねえ、靴ひもを結ぶとき、左足から結ぶ……とか?」


 不満げな表情を浮かべる彼を、私はからかってやった。


 それから毎日毎日、私は彼にクセを教えてあげるのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言]  こういうタイプは告白しないと伝わらないと思います。
2020/07/22 09:58 退会済み
管理
[良い点] 不器用な幼馴染同士の遣り取りが、軽妙且つ丁寧に語られていて、思わず頬を緩めてしまいました。 勝負の後に、彼氏がバットを全力でスイングするシーンから、私の彼氏と書かれている部分で、想いが通じ…
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